「 政治家が国民の代表ならば今こそ信念で発言すべき 」
『週刊ダイヤモンド』 2002年8月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 456回
7月22日、「朝日新聞」が一面トップで報じた世論調査の結果には、住民基本台帳ネットワーク施行への強い不安が満ちている。個人情報の流出や不正使用に不安を感じている人は全体の86%にも上り、住基ネットの施行は「延期すべき」という人が76%もいた。
かたや「産経新聞」も、住基ネットについて知っている人のうち76%が「不安」だと答えたことを報じた。両紙は社説で「凍結すべし」「実施すべし」と正反対の立場をとっている。正反対の社論を掲げる双方の新聞の世論調査で、巧まずして同じような結果が出たことを、私たちは重くみるべきだ。
片山虎之助総務大臣は、住基ネットの稼働は「国民の意思」だと述べたが、現実は片山総務相の言葉と裏腹なのだ。
それにしても、昨年9月に「国民共通番号制に反対する会」をつくり、これまで11ヵ月間、多くの政治家に会って住基ネットの問題について語ってきたが、政治家の言葉はよく分からない。彼らの言葉は信念を表しているのか、国家国民の利益にかなう政策を実現しようと考えているのか、強く疑わざるをえない。
たとえば、自民党前幹事長の古賀誠氏である。氏は21日に大津市で講演し、住基ネットについて「政府が約束したことは、やはりつらくとも約束どおり実行することが大事だ」と述べた。予定どおり、8月5日に施行せよというのだ。氏の主張は言葉上は正しい。8月5日の施行は、改正住民基本台帳法に書き込まれた法律である。法には従うべきだ。また、政府は国民への約束も果たさなければならない。
が、法律遵守の観点に立てば、住基ネット施行の前提を整えることも法律である。「個人情報の保護に万全の措置をすみやかに講ずる」ことが前提として法で決められており、これも政府の国民への約束である。
古賀氏が「政府の約束」はどんなにつらくとも守るべきというなら、まず前提条件を整えることだ。個人情報保護の「万全の措置」なしには、住基ネット施行は違法だが、古賀氏や同様の主張を展開する人は、都合のよい部分だけを取り出しているのだ。
自民党議員を中心に、住基ネットの問題点について説明してきたが、大多数の議員は問題については理解した。「では、よりよいかたちで電子政府をつくるために、住基ネットは凍結してほしい」と言うと、幾人かが、さまざまな理由で後退した。
某議員は「自治省の後輩がこれを担当しているから、反対はできない」と言い、別の人物は「こんな番号制は絶対にやめたほうがいいが、私自身は影響が大きすぎてオモテに立てない」と言った。影響力が強ければ責任も大きい。本当に「こんな番号は絶対にやめるべき」と思うなら、そのように発表せよと私は思ったものだ。
一番多い理由は「3年前にこの法案に賛成してしまったから、今さら反対できない」というものだ。だが、3年前と現在では、かなり事情が変化している。状況の変化に即して考え方が変わるのは、無節操や出鱈目とは無関係だ。3年前の賛成にとらわれて、誤ったシステムを導入し、国民全員を巻き込んで取返しのつかない状況に陥るより、個人のプライバシーを守り、国家の安全保障をも守り、かつ、効率的な電子国家を構築していくための最先端技術と知恵を導入すればよい。
政府が決めたことは国民への約束という表現で、何がなんでも施行しようという姿勢は、何がなんでも高速道路を造り続けるという姿勢と同じく、国民の意思を無視するものだ。政治家が真に国民の代表ならば、問題ありと考えるシステムをこの国に導入すべきではない。国民の真の代表なら、信ずることをオモテに出て力強く発言せよ。