「 北朝鮮に譲歩は禁物 日本の主張を通してこそ交渉進む 」
『週刊ダイヤモンド』 2002年4月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 440回
拉致問題に関する3月22日の北朝鮮の反応は、私たちに重要なことを告げている。外交は善意だけでは決して解決できない。突破口は、国民を守り通すという強い国家意思を持ち、揺らぐことなく、その一点を起点にすることによって初めて開くことができるということだ。
日韓首脳会談のために韓国を訪れた小泉首相は3月22日午前、金大中大統領と記者会見に臨み、拉致問題について答えた。「拉致問題等懸案を棚上げにして日本がコメ支援をするのは非常にむずかしい」と。
首相は訪韓に先立つ3月19日、拉致被害者の家族らと面会した。有本恵子さんの母の嘉代子さんは「小泉さんは深刻な表情で聞いてくださった」と述べたが、面会後、首相は拉致問題を「国民全体の問題」と述べた。ソウルでの首脳会談でも、「解決を強く北朝鮮に求めていく」「国民は厳しく受け止めている」と述べた。拉致問題に正面から取り組むことに消極的だった、これまでの姿勢との訣別を示した言葉だ。
この流れのうえに先の記者会見での言葉がある。日本政府が、初めて本気で拉致問題に取り組む決意を示したのだ。すると何が起きたか。
その日の夜、北朝鮮側が昨年12月に中止していた「行方不明者の調査」を再開すると発表したのだ。北朝鮮中央放送は同国の赤十字社の決定として「調査継続」を伝えるとともに「日本赤十字社と相互関心事となる問題について、便利な時期に会談する用意がある」との北朝鮮側の立場も伝えた。関係改善を望んでいるのは確かだ。
日本政府は日朝交渉再開のために、あるいは拉致問題解決のためにといって譲歩を重ねてきた。1995年のコメ50万トン、96年の600万ドル、97年のコメ7万トン、98年の北朝鮮系信組(朝銀)への公的資金投入3100億円、2000年3月のコメ10万トン、10月のコメ50万トン、20001年朝銀にさらに2898億円、今年3月にはさらに朝銀への公的資金5000億円強の投入を決めている。
だが、北朝鮮側はなんら譲らず、ひたすら強硬策を取り続けた。そうした動きに屈してきたのが外務省であり、大半の政治家だった。最近も田中均アジア大洋州局長が福田康夫官房長官や安倍晋三副長官に「北朝鮮を刺激しないことが重要」と説いた。特に安倍副長官に対しては「タカ派路線で成果が上がると思うのか」と強い調子で詰め寄ったとされる。
だが、田中均局長が問うべきは、従前の外交で何をどのように解決できたのかということである。同時に「10人の拉致くらいで日朝交渉に影響が出ては困る」と槇田前局長らが述べていたこと、つまり外務省全体がそのような国民無視の価値観に染まって、25年の歳月を無為に過ごしてきたことの責任をどう取るのかということだ。
安倍副長官は、小泉首相から「拉致問題の調査はどんどんやってくれ」と指示されたと述べる。安倍氏は今、警察、法務、外務などの省庁の副大臣を軸にプロジェクトチームを結成、拉致事件と公的に認定した11件の洗い直しに取り組んでいる。拉致の手助けをした在日朝鮮人への事情聴取も行なわれるが、長年、歴代政府が放置してきただけに調査は容易ではなく、すでに死亡した関係者もいる。
2月16日に還暦の誕生日を迎えた金正日総書記が、祝いのために訪朝した朝鮮総聯の責任副議長許宗萬氏に、日本政府から出た公的資金を全額持って来るようにと指示したと情報筋が語る。朝銀は間違いなく北朝鮮御用達の金融機関だということだ。
だからこそ、日本側は節操のない公的資金投入を一時中止し、安易に譲歩しない姿勢を示すことだ。小泉首相は譲らずに日本の立場を主張することだ。