「 『住宅金融公庫』はホントに国民のためになったか 」
『週刊新潮』 2001年5月24日号
櫻井よしこ告発シリーズ 第3回
特殊法人・住宅金融公庫は財政投融資の最大の借り手である。融資残高75兆円の内、74兆円までが財投資金、つまり、国民の郵便貯金や年金積立金及び、簡易生命保険からの借り入れである。
また、住宅金融公庫は、並みいる特殊法人の中でも飛び抜けて高い利子補給金の受け手である。つまり、国民が最も重い税負担をして支えている特殊法人である。
その住宅金融公庫は昭和25年に誕生した。設立当初、それは、家を焼かれ住宅不足に喘いでいた日本国民にとって力強い味方だった。
政府は敗戦直後の昭和20年9月4日に「罹災年応急簡易住宅建設要項」を閣議決定したが、その時に国庫補助を与えて地方自治体に建設させるとした住宅は、一戸当たり面 積が18.9平方メートル(5.72坪)だった。床面積のささやかさが当時の切迫した住宅事情を物語っている。
住宅金融公庫も、当初は融資対象の住宅床面積を「100平方メートル以内」とした。特殊法人問題に詳しい民主党の石井紘基衆院議員が語った。
「住宅不足、資金不足の時代に、庶民の建てる狭い家ほど低い金利で融資してやろうという精神が、公庫の底流にありました。とは言っても貸し倒れで損失を出しては、原資を提供してくれている国民に迷惑をかけますから、それなりに抑制された融資をしていたのです」
貸し出し限度枠は建設コストの75%まで、「確実な保証人」も条件とされ、公庫は庶民の住宅建設を助けながらも、慎重な融資の姿勢を保っていたのだ。
その時から50年が過ぎた今、公庫は日本最大の住宅関連金融機関に成長した。2000年3月時点で、公庫融資で建築された住宅は累計で1790万戸、戦後建設された全住宅の32%を占める。
公庫の融資総額は、累計で163兆円、現在の融資残高は、前述のように75兆円だ。これを民間最大手単独行の東京三菱銀行の融資残高30兆円、或いは日本興業銀行、富士銀行、第一勧業銀行が合併したみずほフィナンシャルグループの32兆円に較べてみても、いかに政府系金融機関としての公庫が巨大であるかが分かる。
かつては420万戸も不足していた日本の住宅事情は今や逆転し、総世帯数4421万戸に対し、住宅総数は5024万戸、603万戸もの余剰が発生している。住宅不足を解消した時点で、本来なら公庫は撤退していて良かったはずだ。
しかし、撤退どころか、公庫は自身の政策目標を大きく変えつつ成長を続けてきた。石井議員が語った。
「かつては狭いささやかな住宅に援助していたのが、今は広く高級な家ほど、低金利で援助するというふうに、公庫は大変質を遂げてきました。65年にはリフォームにも融資対象を拡大しました。85年には高規格住宅、87年にはセカンドハウス、つまり別 荘にも融資を始め、94年には、融資条件が床面積100平方メートル以下だったものがさらに280平方メートルにまで広げました。公庫設立時の政策目標は完全に変化してしまった。公庫の役割はすでに終わっているのです」
公庫は役割を終えただけでなく、その経営は壮大な利己矛盾に陥っている。超低金利の今、公庫が財投から調達している資金の平均金利は4.2%、貸し出し平均金利は1.7%で、平均0.5%の逆ザヤ損を出し続けているのだ。融資すればする程、赤字となる。98年度の逆ザヤは約4200億円、99年度は3800億円だった。
これでは年間120億円前後の職員の給料さえ支払えない。そこで、補給金、交付金などの名目で一般 会計から繰り入れる。つまり税金で穴埋めする。その額は、98年度5600億円、99年度は6200億円余りだった。前述のように、この繰り入れ額は全特殊法人の中でもダントツに高い。
それでもまだ足りずに、公庫は特別損失金を計上し続けている。98、99両年度は各々約8300億円と7500億円の特別 損だ。単年度ではカバーしきれない損失を、特別損失として、いずれ国民の税金で穴埋めするのだ。
国民の税を投入して、手取り足取り助けて、ようやく公庫の経営が成り立っているのだが、すでに住宅が余っている現在、これ以上の税を投入して、公庫に住宅建設を担わせる必要性は何処にも無い。住宅金融公庫は直ちに廃止するべきなのである。
失われた「長所」
公庫広報課の桑田俊一課長、小西雅臣調査役が反論した。
「公庫の役割はまだ多いと考えます。98年の住宅事情実態調査では、住宅に不満の人は47.1%でした。公庫には住宅の質を向上を牽引するという役割があり、一定以上の広さがないと、今や公庫の融資は受けられません。公庫は望ましい居住水準を設けて、4人家族なら123平方メートル以上、マンションなら91平方メートル以上の住宅に融資を付けることで進めています。公庫の融資を受けて住み替えをした世帯の78.9%がこの居住水準を満たす結果 となっています」
こんなことは民間銀行で十分、用の足りることだが、公庫側は更に語った。
「公庫の重要な役割はまだあります。長期で低金利の融資をすることです。公庫の融資は民間とは異なり、固定金利です。金利が途中で上がって返済計画が狂い、家計を圧迫するということが無いようになっています。35年もの長い期間、低い固定金利を民間銀行が提供することが出来るでしょうか」
現在、公庫の貸し出し条件は最初の10年間は2.45%から3.45%の固定で、11年目から4.0%の金利となる。2段階に亘るとはいえ、公庫側が強調する「長期固定」金利は、しかし、借り手にとって得なことばかりではない。その証拠に公庫から民間銀行への借り換えは、後述のように盛んである。とうの昔に公庫の主張は破綻しているのだ。
例えばソフトバンク・ファイナンスは、今年5月から新生銀行と組んでグッドローン社を設立、住宅ローン事業に参入する。彼らの提供するローンの条件は、公庫に負けない固定低金利である。同社の伊藤雅仁社長が語った。
「まず、公庫の金利は11年目から上がりますから、正確には長期固定とは言えないのです。融資の際に借り手が最も気にするのが、金利変動リスクです。我々はその不安を解消するために30年間の固定金利を設定しました。借り入れ総額3000万、期間30年、ボーナス返済無しの条件で比較すると、私たちのローンの方が172万円余りも得です。試算では、公庫の金利の中で最も低い当初2.45%、11年目から4%の金利と我々の2.9%の30年固定金利を較べました。我々は保証料はゼロ、公庫は約42万円必要です。但し、事務手数料と火災保険の費用は公庫よりも我々の方が約35万円多くかかり、合計するとそれでも我々のローン計画の方が172万円の得になる勘定です」
無論、グッドローンは今始まったばかりだ。当初1000億円の融資を目指すとしているが、その結果 がどう出るかはまだ未定である。その点に注意した上で尚、注目すべき点は、「低利、長期固定、安定した返済計画」と公庫が強調する“長所”という点で、民間金融機関の方が公庫よりも優れた商品を提供し始めたということだ。しかもグッドローン社には、私たちの税金が注入されることもない。
良く見ると同社の条件は、公庫よりも更に有利である。公庫でローンを組み、繰り上げ返済をする場合、単位 は100万円だが、グッドローンの場合は1万円から可能だ。
伊藤社長が強調した。
「市中金利が固定金利より下がった場合、公庫でも借り換えは可能ですが、その場合、借り手は新たな金融機関を自分で探さなければなりません。しかし、我が社は我が社の中で借り換えが可能なのです」
伊藤社長は、これによって固定金利のデメリットが解消されると強調したが、一連の事柄が告げているのは、住宅建設への融資市場が、大きく変わったということだ。かつてと異なり、大銀行は個人の住宅ローンを大きなターゲットとし始めた。
例えば、2000年度末現在で、日本全体の住宅ローン残高は約150兆円、内半分が公庫だが、そのシェアはここ数年確実に減少を続けてきた。大きな要因は、公庫融資から民間金融機関への借り換えである。1995年度は金額にして9兆8700億円余り、99年度は6兆5900億円に上った。そして、公庫の手元には、2001年度で貸し切れない財投資金2兆5000億円もが残っている。他方、ピーク時には、民間金融機関は年率10%台のローン貸し出し伸び率を確保した。昨年は4大金融グループに限れば、6%もの伸び率だった。
こうした変化に公庫は対処しきれていない。公庫の財政投融資資金からの借り入れは、23年間の固定金利である。しかも、途中での繰り上げ返済は許されない。公庫の資金調達は恐ろしい程硬直した仕組みの中で行われているのだ。
右肩上がりのインフレの時代には機能したこの仕組みは、過去10年間のように経済が停滞し、デフレの時代に入ってくればたちまち機能停止に陥る。
公庫の小西調査役が述べた。
「民間金利の方が低ければ当然、借り換えが発生します。公庫に前倒しで返済された分を、我々も財投の返済に充てられれば良いのですが、繰り上げ返済は認められていません。で、手元に戻された資金はその時の公庫の金利で再び回転させますので、またここで逆ザヤが再生産され、赤字が増えていきます」
ローン破綻の元凶
「モラルハザード」という表現が公庫にはピッタリである。手元に貸しきれない試算が2兆5000億円も積み上がっていても、逆ザヤが再生産されても、彼らはテンとして恥じることがない。むしろ公庫の融資は、住宅政策の一環として位 置付けるべきだと主張する。
2000年度、38兆3000億円の財投の運用の内、公庫は10兆4000億円を借りた。2001年度は32兆5000億円の総額から8兆4000億円を借りた。こうして現在74兆円の財投からの借り入れ総額は、すぐに80兆円を超えやがて90兆を超える。
この数字から窺えるのは公庫が財投資金消化の最重要機関になっていることだ。言い換えれば財投資金を回転させるための公庫なのだ。
これまでに公庫が受けた利子補給金は8兆6753億円、これからも毎年4000~5000億円の利子補給に加え、特別 損失もある。
こうまでして役割を終えた公庫を維持する理由は明らかに財投資金を消化し、高い利子を払わせ、それによって郵便貯金の国営を維持するためなのだ。諸悪の根源が見えてくる。公庫側が述べた。
「たしかに年間で4400億円程の利子補給を受けていますが、そこは公的な住宅供給の責任が反映されているところです。年間4000億円余りで55万戸の住宅が建設されるのですから、視点の問題です」
だが、住宅は余っているのだ。一体どんな人たちを対象にして、公庫は55万戸もの家を毎年作らせようというのか。
経済ジャーナリストの荻原博子氏が語った。
「住宅購入世代といわれる40代の人たちに、公庫はまず、融資をさまざまに拡大して、地価が高い時期に買わせました。彼らは今、借金の返済に四苦八苦していて、価格が下落し始めても購入する力がありません。そこで公庫は、販売対象者を50代、30代、20代に広げて来たのです」
地価が値上がりを見せ始めた時、政府は地価を下げるための政策を考えるよりは、金融機関に土地や住宅取得の融資を拡大することを推奨し、地価の上昇を煽った。
その際に、過去50年間に建設された全住宅の32%をカバーする公庫は最も重要な役割を果 たした。より多くの資金を貸しつけることによって、住宅取得世代の40代に多額の借金を背負わせた。借金を背負ったままの彼らはもはや新たな住宅購入者とは見なされず、公庫の狙いは40代の上下の世代にレったと荻原氏は指摘するのだ。
具体的には、融資の限度額は80%までという従来の枠を取り払い、頭金無しで100%の融資をするようになった。また、最初の5年間は金利を低くして6年目から金利を上げるステップローンという方法で、イージーローンも作りだした。
不動産研究で知られる、明海大学の長谷川徳之輔教授が憤る。
「ステップローンは低い金利で借り易くしておいて、6年目から一気に高くなります。一種の詐欺的なローンだと思いますよ」
一生の内で最も高い買い物である住宅は、取得にあたって十分な準備をしておかなければ、支払い不能に陥ったり、人生設計が狂ったりする。準備不足の人には「貸さない親切」さえも考えるべきところを、公庫はローンを借り易くするために、最初の5年間の金利を低く設定したのだ。
5年後には収入も増えて、返済はより容易になるという何の根拠もない無責任な楽観主義を煽ったのだ。が、5年間など矢のように流れていく。収入が増えない内に6年目から金利がグンと上がり、支払いも増えるのだ。こうして支払い不能に陥った人が急増していった。
頭金無しで全額融資が受けられる仕組みも同じことだ。
長谷川教授が語った。
「融資は頭金を払ったり、きちんと返済出来るという前提で成り立つものです。ところが公庫に主体性がなく、政府も公庫の個人融資を経済政策の道具に使った結果 、自己責任が無くても良いような融資を行うようになったのです」
こうまでして公庫は新たな融資先を拡大したのだ。景気対策の側面を担わされつつ、融資対象の無原則かつ無節操な拡大によって融資を続けることは、あるべき住宅政策とは何の関わりも無い。組織自体の生き残り策でしかない。
荻原氏が指摘した。
「政府と公庫が表裏一体となって、とにかく住宅を買いなさいと言わんばかりの政策を続けてきました。しかも未だに住宅ローンの減税を先延ばしする等と言って、まだまだ買わせようとしています。その結果 、住宅市場は滅茶苦茶にされてしまったのです」
こうして日本の住宅建設の価格は、恣意的に吊り上げられていった。また、無理に融資を広げた結果 、延滞債券額、つまり貸し倒れが増えていった。6ヶ月以上ローンの支払いが出来ていないケースは、過去5年間で倍増している。
95年度には1万4000件強だったがのが、99年度には2万8000件強となり、金額は1900億円から4200億円へと倍増以上だ。
この種の無責任な融資は、どのように実行されるのか。
公庫の職員数は、2000年3月で1141人、内、地方の支店等に勤務するのが700名余り、本社には400名程がいるのみである。この少人数で年間55万件の融資を実行していけるのは、手数料を払って民間銀行などに実務を委託しているからである。長谷川教授はこれを「公庫と銀行の持ちつ持たれつの関係」と呼ぶ。
「銀行は公庫から手数料を貰えますし、2番抵当を付けて公庫の融資者に向けて更に融資することも出来たのです。これを協調融資といいます。しかし、実態は民間銀行が公庫の出先機関のようになったということです」
公庫は財投と補給金で政府に甘え、銀行は手数料と顧客獲得で公庫に甘えてきたということだ。公庫と民間銀行の問題は裏腹の関係なのだ。
なぜ存在し続けるのか
75兆円に上る公庫の融資残高は現在、国民の資産である財投資金を注ぎ込み税負担で支えなければならない。いわば負の資産である。公庫が頑張れば頑張る分、逆ザヤ負担が増え、国民は民間より安い金利を求めて公庫から離れるという悪循環が続く。
この75兆円を民間に移転すれば、同じ融資残高でもその意味は大きく異なってくる。その際解決の鍵となりそうなのが、MBSという方法だ。
公庫は昨年3月、他の特殊法人に先がけて財投機関債を500億円分発行した。これはMBSのスキームによるものだった。同じスキームで今年も2000億円を発行する予定だ。格付け会社のスタンダード&プアーズ社はこれにAAAの格付けをし、利回り、つまり公庫の資金調達コストは1.75%で済んだ。平均で4.2%の財投資金の金利より、遙かに有利だ。
グッドローン社が他の銀行に先駆けて、有利な長期低利を固定金利でオファー出来たのも、MBSのスキームで資金調達が出来たからだ。
MBSは住宅ローン債権担保証券というもので資産担保証券(ABS)の一種である。グッドローン社の事例に沿って簡単に説明すると、融資を実行した後、住宅ローン債権をグッドローン社は提携先の新生銀行の売却、新生銀行はこれを証券化して機関投資家などに売って資金調達するというものだ。グッドローン社の伊藤氏が語った。
「私たちは、たまたまMBSのスキームで資金調達が出来ました。利回りは1.7%、これによって2.9%の低利が可能になります。公庫がこの種の保証をしてMBSの市場をもっと活性化すれば、我が社と同様のケースはもっと出てくると思います」
石井代議士も語った。
「公庫は現在のローン貸し出しを民間に移転して民間にやらせるべきなのですが、その際、公庫の役割を住宅ローンや住宅債権の保証機関に限るのです。すると政府保証が付くことによって、ローン債権が市場化され証券化されます。米国のMBS市場は、70兆円産業に成長していますが、日本にも同様の活発な債権市場が生まれることになります。このことは住宅債権が借金にならず、むしろ資産として運用できることを意味します」
住宅問題評論家の加藤憲一郎氏が語った。
「MBSの手法でのノンバンク系の参入は今後もふえるでしょう。低金利、長期固定を公庫より有利にクリア出来るなら、シェアは伸びていくはずです」
このような新しい発想の資本市場はしかし、日本にはまだ充分には育っていない。
MBS市場の育ち遅れは、民間金融機関の責任でもある。長谷川教授が語る。
「高度経済成長の時、銀行は国民からお金を集めて、産業に回すだけで国民に還元しようとしませんでした。1回に多額の貸し付けが出来る企業向けの融資の方が旨味があったからです。経済成長が終わりを告げた時、銀行は一時期話題になった住専を作りました。ノンバンク経由で利ザヤを稼ぐ姑息な方法です。その間企業は社債や株式で自己資本を調達し始め、お金の流れが大転換しました。銀行は、個人の住宅融資にもシフトせざるを得なくなったのです」
自ら望む形では一度も個人の住宅融資に乗り出そうとしなかった民間銀行と資本市場であればこその、さまざまなスキーム開発の遅れというわけだ。だからこそ最も大切なことは、公庫の政府依存、民間銀行の公庫依存からの脱却なのだ。
来年4月にはペイオフ制度が実施され、民間金融機関は文字どおり生き残りをかけて戦う日々がやってくる。そんな時代に備える彼らに、公庫の75兆円の融資残高のシフトは大きな活力になるはずだ。同時に、民間金融機関が潰れかねない競争の時代に、多額の税で支えられる公庫が存在し続ける正当な理由はどこにもない。住宅の質の向上を牽引するなどは自己弁明である。そんなことは民間の競争原理に任せ、1日も早く公庫を廃止すべきである。