「 どうする気なのか『道路公団』未曾有の大赤字 」
『週刊新潮』 2001年5月17日号
櫻井よしこ告発シリーズ 第2回
資本金約1兆8000億円、道路総資産32兆3000億円、同累計債務26兆余、職員8800人、子会社200社余りを抱える日本道路公団。日本国を食い潰す特殊法人の中でも、最大規模である。
昭和31年に設立された日本道路公団はこれまでに、東名・名神高速道路をはじめ、日本を経済大国へと押し上げる巨大インフラとしての道路を建設してきた。
だが、その公団がいま、旧国鉄を上回る経営悪化のなかで、借金と不良債権を膨らませ、すでに修復しようのない債務超過に陥っている。
道路公団の運営する有料道路には、東京湾アクアラインのような一般有料道路と東名・名神のような高速道路の2種類がある。が、双方とも経営破綻に陥るところまで、状況は悪化している。
にもかかわらず、その実態は容易には見えてこない。道路公団側の実態隠しが極めて巧みだからだ。狡猾とも言える手段は、主に3つである。
ひとつは道路公団独特の決算方式で、彼らは減価償却も除却も行わない。経理のプロはこのやり方を「粉飾決算の典型」と呼んだ。2つ目はプール制とよばれるこれまた道路公団独特の会計方式で、全国の高速道路の建設費、維持費、収入などを全て一括で勘定する方式である。3つ目は数年おきに組み替えられる召還プログラムである。
各々については後にさらに詳述するが、この3要素の組み合わせを活用して、道路公団は、経営は順調であるとの偽りの主張を展開する。計画調整課長で国土交通省から出向中の岡本博氏が述べた。
「過去10年間の実績でも高速道路の償還(借金返済)は順調です。99年度でみると、収入1兆8600億円から管理費と金利を差し引いた9200億円余りを償還に充てました。収支率は50です」
100円の収入を得るのに、50円の経費しかかけていない、だから、経営は順調だと言うのである。岡本課長は続けた。
「加えて、道路公団は、すでに8兆4907億円を償還済みです。高速道路の総資産27兆4000億円余りの31%を返済済み。経営は悪い状態ではございません」
「収支率」「返済率31%」を繰り返し強調する公団の立場は、もうひとつの要素によって完璧に補強される。それは道路公団の借金や資金繰りは、日本国が責任をもつという“暗黙の”了解である。
今年4月からの郵便貯金などの自主運用によって、道路公団を含む特殊法人は、財政投融資資金を自動的にまわしてもらえなくなり、財投機関債を出すことになった。
道路公団は今年、1500億円分の財投機関債の発行を予定している。その道路公団に、米国の格付け会社スタンダード&プアーズ社はなんとAA+という高い評価を与え、見通しを「安定的」とした。同社の福富大介氏が語った。
「なんといっても日本国政府の事実上の支援と有料道路から得る安定したキャッシュフローがあります」
政府支援、言い換えれば、国民の税負担があってこその道路公団への高い評価なのだ。しかし、国民は、その実態を知らされていない。国民負担を前提として壮大な借金を重ねる公団の嘘が、どれ程国民を愚弄するものか、東京アクアラインと現在建設中の第2東名を例に考えてみる。
全国に広がる「赤字」道路
今私の手元に「一般有料道路未償還額一覧表」がある。道路公団がはじめて外に出した一般有料道路の収支決済一覧表である。建設から一定の償還期間をすぎて一般に無料開放された時点で、道路建設の採算はとれたか否かを数字で示したものだ。
これまで、決して公開しなかった理由が、この表から見えてくる。リストの最後に載っているのが「新利根川橋」有料道路だ。茨城県五霞町と利根川対岸の境町をつなぐ全長3.2キロの同道路は1981年に開通、今年4月に20年の償還期限を迎えて無料開放された。借金は244億円、用地、工事費は129億円、費用の2倍近くの借金をつくっての幕切れである。
一覧表の63本の道路の内、新利根川橋を含む36本が赤字で終わっている。全プロジェクト中57%のプロジェクトが赤字で終わり、投下資本の6割の1283億円が借金として残された勘定となる。この無惨な結果を、道路公団は長い間、隠してきたのだ。民間企業なら間違いなく倒産するケースだが、道路公団は、倒産どころか以前にもまして赤字率も赤字幅も大きい道路運営を続けている。
たとえば現在営業中の有料一般道61本の中には、無料開放されたかつての赤字道路より遙かに経営悪化したものが目白押しだ。一例が2006年に無料化される日光宇都宮道路だ。約450億円をかけて76年に完成、開通から四半世紀、赤字を積みあげ続け、現在約500億円、5年後の無料開放までには、コストと合わせて1000億円を越える赤字となる。
だがこれでもまだ、東京湾アクアラインの失敗に較べれば、その傷は浅い。
同ラインの開通は97年12月、当初1日2万5000台の通行量を見込み、料金は片道4000円とした。わずか15キロの道の高い料金は不評を呼び、交通量は99年度9600台にまで下がった。1兆5000億円の投資に、収入は見込みの4割水準にとどまった。
そして2000年7月に道路公団は事業を見直した。
先の岡本課長が述べた。
「見直しには4つの柱がありました。第1は京葉道路・千葉東金道路とプール化です。第2は償還期限の延長で、40年を50年にしました。第3は金利軽減措置、第4は東京湾アクアラインと千葉東金道路を結ぶ新規道路の建設です」
だがプール化が、どれほど収支を改善するのか。公団の「JH決算ファイル2000」には、アクアラインの99年度の収入は144.2億円、費用の合計458.7億円とある。収支は314.5億円のマイナスだ。ざっとみて毎日、約1億円の赤字である。
一方の京葉・千葉東金道路の収支は、約321億円、費用は190.9億円で130.1億円のプラスである。
130億円の黒字で314億円余りの赤字を埋めると184億円余りの赤字が残る。プール化しても赤字構図に変化はない。
金利軽減措置は、当初から金利さえ払えない事業体にとっては解決にはなり得ない。
償還期限の延長と新しい道路の建設について、公団側はさらに詳しく説明した。
「交通量がふえます。2010年には日量3万5000台、2020年には4万1000台にふえる見込みです。
理由はまさにアクセスです。川崎側から木更津経由で館山方面、茂原経由南まわりで成田に行くルート、木更津から直接東金につなぐルートなどが整備されます。
加えて、上総アカデミアパーク、土地区画整理事業を南房総30ヶ所で計画し、15万人規模の人口が住めるようにします。
川崎側の埋め立て地、浮島には手塚治虫ワールドが2007年にオープンしますから、集客が可能です」
対前年比10.6%の驚異的な交通量の伸びが、これら周辺開発によって、10年間続くという主張である。が、アクアラインはこれまで平均すると対前年比で10.2%ずつ交通量をへらしてきた。実質20%をこえる伸び率での逆転がいかにして可能なのか、公団側は根拠を示さない。総務庁行政監察局でさえ「行政監察結果報告書99年8月」の中で指摘した。
「道路公団は、(中略)関東道路の整備、開発事業等経年的な計画交通量の増減の要因については明らかにしていない」
お役所の総務庁でさえあからさまに、交通量がふえるとの根拠がはっきりしないと指摘しているのだ。それでも岡本課長は強気に語った。
「現在、この3道路のプールには、未償還額1兆7000億円があります。2010年には2兆円に増えます。しかし、同年に収入は1000億円強、支出は900億円、プラスが100億円になりますから、償還期限に50年としてその最後の年の2047年には十分には返しきれます」
こうして彼らは平然と嘘をつく。その場限りの繕いと、机上の空論を振りかざす。そして彼らの誰も責任を取らない。憎き官僚ども。
彼らの論が、どれだけの詭弁か。まず、道路をつなげてネットワークを広げることが、必ずしも交通量や収入の増大に結びつかない点が第1だ。
京葉道路と千葉県東金道路は96年度末に、千葉東金道路が延長してつながり、ネットワークが広がった。岡本課長の主張に沿えば、交通量も収入も増えるはずだ。だが、2つの道路はつながった後、キロ当たりの収入を5.99億円から4.49億円へと減少させている。総収入もJH決算ファイル過去5年分を見れば横這い状態だ。
アクアラインも含めて、道路公団の一般有料道路の負債は、計4兆3021億円。これをどんなペースで返済しているのか。『決算ファイル』には、99年度で総収入は、2581億円、金利払いが1601億円、管理費628億円、損失補填引当金351億円を引いて1億円を償還準備金に繰り入れと書いている。
4兆3000億円強の負債に対して、年に僅か1億円の返済しか出来ないのが道路公団だ。金利が少しでも上がれば、この1億円は瞬時に消えていく。道路公団の一般有料道路部門は、あからさまな破産が目前に迫っているのだ。
驚くべき粉飾決算
道路公団の高速道路建設は、昭和30年代の東名・名神が第1世代だ。当時は日本国には資金がなく、世界銀行などからの借り入れが必要だった。建設費、土地買収費、予測交通量、返済計画など全てに厳しい審査があり、そうした条件を全てクリアしてはじめてプロジェクトは資金を得て実施された。
ところが、2つの段階を踏んで事情は変化した。1つはすでにアクアラインで見たように、路線毎の収支決算をやめて7600キロの高速道の営業と建設をプール制で一括すると決定した1972年、2つ目は7600キロから一挙に高規格道路を1万4000キロに延長するとした1987年の第4次全国総合開発計画が出来た時だ。
この時以降「タガが外れた」ように道路公団は採算のとれない、建設のための建設に傾いていった。「タガの外れた」典型が、現在進行中の第2東名・名神だ。これが道路公団を破綻に追いやる決定打だと思われれる。
第2東名は、2020年には神奈川県の海老名・神戸間が開通し、1日5万台の通行量で現東名の混雑を緩和すると、公団側は胸を張る。岡本課長が説明した。
「予定路線は東京から神戸まで。基本計画は横浜から神戸まで。整備計画は海老名から東海市と、飛鳥村から神戸市まで。施行命令は海老名から秦野市、御殿場から東海市、飛鳥村から三重県菰野町、亀山から神戸です。施行命令の出ている区間は現在407キロ、総額9兆5000億円です」
第2東名といいながら「東京-神戸」をつなぐのは、「予定路線」でしかない。彼らが具体的に論じているのは横浜以西の路線である。しかし、問題は横浜から東京圏にどのようにつなぐかだ。99年度実績で、日量12万台に上る東京・厚木間の混雑緩和に目処をつけなければ、東京・名古屋路線は意味がない。この点について、岡本課長は述べた。
「白紙です。ただ、東京外環につなげるルート、また現在計画中の首都圏中央連絡道路につなげて南回りで横浜に流すルート、北側の方は中央道、関越、東北道にもつなげるルートも考えられます」
外環道はすでに30年も店晒しだ。また説明に登場したさまざまなルートは答えになっていない。東京・厚木間が白紙で、採算はどうなるのか。現在の東名高速道路の交通量と収入から類推すると、驚くべき結果となる。
道路公団の『年報』には現東名の交通量は日量7万6366台とあり、一方「決算ファイル」には99年度の収入は2692億円と書いてある。この営業実績をあてはめて計算すれば、第2東名5万台による収入は1762億円となる。経費は468億円だ。差額は1294億~である。
建設費9兆5000億円の巨大資産は1.4%弱の収益しかもたらさず、しかも建設費は全て借金で利子付きだ。
利息を5%とすると4650億円。1294億円を稼ぎ出すために収益の3.7倍もの利息をこれから何十年にもわたって払い続けるのだ。否、利息を払うための借金を何十年も続けていくのだ。こんなプロジェクトが許されてよいはずがない。
一般有料道路の経営の危うさが目に見えるのは、杜撰な会計方式ながらも個別路線毎の収支が出されているからだ。高速道路は1972年にプール制になった。同時に今日まで、6回の事業見直しが行われた。平均すると5年に1度の見直しで、その度に返済期間は引き延ばされてきた。
現在の高速道の全体計画は、99年度を起点として、2049年に返済が終了するというものだ。2021年には借金は34兆円にまでふえるが、その後は順調に返済し、ゼロになるという読みだ。だが、この方法が失敗の繰り返しだったのは、この30年間、6回の見直しの度に借金がふえ、返済期間が延びてきたことからも読み取れる。
見直しに際して彼らは決して、事業計画の失敗を認めない。必ず新たな口実を設ける。それが新規の道路建設である。
第2東名を作る、或いは東京湾アクアラインで東金道路とつなぐ新たな道路を作るというふうに、新規事業の組み込みをきっかけにして事業を見直す。新規事業用の新たな借金は、全体の借金を更に押し上げ、それまでの損失を全て隠してくれる。
未来永劫、道路を造ることが、公団の破綻と嘘を隠してくれる。新規建設を止めた途端、隠蔽工作の事業見直しは出来なくなり、破綻が明らかになる。だから彼らは造り続けるのだ。
もう1つ、どうしても触れなければならないのが、経理のプロが典型的な粉飾決算と呼んだ道路公団の会計方式だ。
公団の損益計算書はすでに述べたように、99年度で1兆8608億円の収入に対し、金利と管理費を合わせて9396億円を引き、残りの9213億円が返済分と示している。これを一般企業で見るとどうなるか。専門家に計算して貰ったら、減価償却が4992億円、除却費が2326億円となった。
減価償却は、購入した資材などを一定の年限内でコストとして償却してしまう事であり、除却費は、例えば資材やモノが、事故等で価値を失う場合、そのもの事態の価値を帳簿から消し去ることだ。高速道路で事故が発生し、ガードレールが破壊された時、このガードレールは消滅したものとして、帳簿からその分の価値を消し去る事をいう。
道路公団には、除却の制度など無いから、ガードレールは壊されても壊されても、幾重にも重なって元の価値を保ったまま、そこに存在する事に、帳簿上はなるのだ。
民間企業並みのこうした償却と除却を行うと、99年度の公団の利益は1894億円と計算された。が、公団は99年度、1640億円の利子補給金を、私たちの税金から受けている。従って、公団の利益は僅か254億円になる。
1兆8608億円の売り上げで利益は254億円、利益率は1%強だ。これは赤字転落寸前の数字である。
一方、貸借対照表からは債務超過が見えてくる。前にも触れたが、公団は道路資産は27兆4012億円、負債は18兆9105億円だという。返済額は累積で8兆4907億円、返済率は31%と彼らは繰り返す。
これを企業会計並みに処理すると、減価償却累計が6兆2072億円、除却累計が2兆4423億円となる。これらを引くと、道路資産は18兆7517億円となり、負債の18兆9105億円の方が多くなってしまうのだ。負債が資産を上回っている。公団はなんと債務超過なのだ。
これを旧国鉄と較べてみよう。国鉄が赤字に陥る前の年の1963年度、赤字になった64年度、償却前の赤字、つまり減価償却費を一銭も計上しないにもかかわらず赤字となった71年度、更に民営化が決まり、国鉄最後の年となった86年度との比較だ。
まず、営業費用比率だ。100円のお金を稼ぐのに、どれだけコストがかかるか。道路公団の数値は約99、国鉄の赤字転落直前の年より悪い。自己資本比率は、道路公団がすでに債務超過状態のため比較出来ない。
負債と営業収入を見てみよう。道路公団は収入の10倍以上の負債を抱えているが、旧国鉄は赤字に転落した時でさえ、負債は収入の2倍以内だ。借金を棚上げにして民営化された時でさえ、6倍以内だ。道路公団の負債の凄まじさが見えてくる。
負債と営業利益の比率を見て欲しい。旧国鉄は赤字に陥る前年、負債は利益の14倍に達していた。ところが、道路公団は営業利益の744倍の負債を抱えている勘定だ。これでは第2の国鉄どころか、事態は遙かに切迫しているのだ。
旧国鉄は減価償却も除却もしていた。あの国鉄でさえ、道路公団に較べれば健全な財務内容だったのだ。
日本を蝕む元凶
四全総で決められた全国1万4000キロの高規格道路のうち、1万1520キロが高速道路だ。その目標に向かって現在も公団は、毎年およそ200キロの道路を開通させている。うねりながらふえていく借金の音が聞こえてくるようだ。公団の累積債務は現在26兆円、これが20年後には34兆円にふえる。しかし、この数字さえもあと数年で事業見直しと共に、拡大されていくことだろう。
現状が示しているのは、終わりのない失敗の再生産とプール制を悪用した隠蔽だ。それを許してきたのはチェック制度の欠如である。公団は市場や株主の評価も受けず、国会で批判されることもない。実体不明なため、議論さえされない。
が、旧国鉄はどれ程足掻いても自力では二度と立ち直れなかった。そして公団の現状が旧国鉄に倍々して悪化していることは、既に指摘した。
この虚しくも野放図な道路公団の総元締めである国土交通省の木谷信之道路局高速道路調整官が指摘した。
「基本計画として決まっているのは1万1520キロの道路です。政府として作るか作らないかと言われれば、作ることにはなる。しかし、採算を度外視してもかといえば、必ずしもそうではありません」
所管官庁として歯切れは悪い。木谷氏は1万1520キロの中の、整備計画が決まっている9342キロ分までが「限界ギリギリ」だと述べた。
「今までと同じやり方なら、これ以上は難しい。つまり1万1520キロまで広げられないということです」
当の官僚たちでさえ疑問視する現行の道路建設に、国民もはじめて「ノー」を突きつけた。内閣府が4月21日に発表した「道路に関する世論調査」である。高速道路のこれ以上の拡充は不要と考えている人が急増し、46.6%にのぼった。必要とこたえた36.8%の人を約10ポイントはなして、はじめて「不要」が「必要」を上回ったのだ。
情報公開も行わず、プロも舌を巻く粉飾決算で官僚たちは身の保全に走る。自分のものではない気楽さか、国民の資産を気の遠くなる程に無駄遣いする。この精神の卑しさの中に、道路公団は浸っている。
続けることによって害のみ降り積もる道路建設を、国土交通省は思い切って一時中断せよ。孫の代までツケを回す建設を中止し、収支を洗い出し、道路公団そのものの解体を考えよ。
日本を蝕む特殊法人、なかでも最大規模の日本道路公団の改革と解体から、日本再生の可能性が芽生える。