「 国益を考えず訪ロする森首相は形容すべき言葉がないほどの愚者 」
『週刊ダイヤモンド』 2001年3月31日号
オピニオン縦横無尽 第390回
3月25日に森喜朗首相がロシアのプーチン大統領との首脳会談に臨む。私は長年、森喜朗という政治家は、国家論や戦略論を理解し身につけるほどの頭脳はないが、それでもこの国を愛し大切に想っている人物であると考えていた。「神の国」などの発言は軽率だったが、真意は「神々の国」という点にあり、人間とはしょせん小さく弱い存在であるから、大きな存在としての「神々」を敬うようにとの気持ちなのだろうと推測もしていた。
日本の旧きよき価値観を大切にするのだが、頭の回転が悪いために、いつ、何を発言してよいのか悪いのかの判断がつかないのだと考えていた。が、この評価は間違っていたと断ぜざるをえない。森喜朗氏は愚かであるだけでなく、日本の国益よりも自身の都合を優先させる私欲の人としか思えなくなった。そのことを象徴しているのが、今回のプーチン大統領との会談だ。
森氏が国益を優先すれば、この会談には行くべきではないのだ。氏が会談を受け入れたのは、首相としての任期引き延ばしのためと思われても仕方がないほどの切迫した状況がある。
今や、日露外交は惨めなほどにロシア側のペースで進んでいる。今回の首脳会談の日程も、2月25日に設定されていたのを、ロシア側が拒否し、新たに提案してきた日程だ。いったん合意した首脳会談の日程を、一方的にキャンセルすること自体非礼だが、その理由を推測すると、愕然とする。
今年1月に河野洋平外相がモスクワを訪れイワノフ外相と会談した。その際、河野外相は領土問題は四島返還が前提であると、日本側としては当然のことを主張した。河野外相の主張にロシア側は驚き、不快感を抱いたと思われる。外相同士の話し合いのなかで首相と大統領の首脳会談を2月25日に設定することが合意され、河野外相はこの件を記者発表した。
ところがその直後、ロシア側は2月25日の会談をキャンセルした。四島一括返還という正論を主張した河野外相へのしっぺ返しだとみられる。
ロシア側がこの種の外交を展開するのは、日本側にロシアにつけ入られる隙があるからだ。外交は水際まで戦いの連続といわれるが、日本側には、何を求めるために戦うのかを理解していない政治家とその政治家におもねる外務官僚が跋扈している。日露外交交渉の歴史的経緯を踏まえることなしに、過去の日本の外交努力を水泡に帰してしまう発言を、彼らはしてしまう。
たとえば自民党きっての実力者と評される野中広務氏である。野中氏は2000年夏、領土問題と平和条約締結を分けて平行協議するとの趣旨に取られかねない演説をした。氏は「領土問題と平和条約交渉を分離した」という報道は、自分の「真意ではない」と否定した。が、氏の否定にもかかわらず、日本の政界、とりわけ外務省に強い影響力を行使している政治家たちのあいだでは、その後も2つの問題の切離し論や、四島一括返還ではなく二島先行返還論などが、相次いで飛び出した。
しかも、外交の現場は、今や二元外交といわれるほど混乱している。このような日本の足元を見透かしたロシア側が、日本は押せばいくらでも引っ込むと考えたうえで、首脳会談の日程をキャンセルしたのだ。
プーチン大統領は、領土問題を解決するほどの国内基盤をまだ築き上げていないのみならず、領土を日本に返そうという気がまったくないのは、すでに2000年9月の訪日で明らかだ。だからこそ、日本側は、今、ここでロシアに行ってはならないのだ。いったん引いて国内意見をとりまとめることこそが重要だ。そんな時に出かけていく森首相は形容すべき言葉がないほどの愚者であり、日本の国益をこれ以上ないほど、損なうものだ。