「 ウイグルの母が告発した『中国の嘘と弾圧』 」
『週刊新潮』 2009年8月13・20日合併号
日本ルネッサンス[拡大版] 第374回
7月28日、ラビア・カーディル氏が来日した。国際社会では「ウイグルの母」として、ノーベル平和賞候補者として語られる一方、中国政府からは「暴動をそそのかした国家分裂主義者」と烈しく非難される人物だ。
氏は来日の翌日、東京内幸町の日本記者クラブで会見し、中国共産党機関紙の「人民日報」を含む内外記者団を前に、新疆ウイグル自治区(東トルキスタン)の実情について詳述した。7月5日、自治区の区都ウルムチで発生したデモ以降、万単位のウイグル人が行方不明なこと、中国政府の弾圧が続いていることを語り、日本は早急に国連に調査委員会設置を働きかけてほしいと訴えた。
三つ編みの長い髪と黒い瞳が特徴のカーディル氏はいま62歳、ウイグル自治区北部のアルタイで生まれた。成功して大富豪となり、国政諮問機関の政治協商会議委員に任命されたが、中国政府の新疆統治は公平さを欠くと演説し解任された。投獄を経て2005年、米国に亡命、06年から世界ウイグル会議議長を務める。
氏の来日に当たっては、後述するように、中国政府の激しい反発があった。カーディル氏の夫は政治犯として投獄歴9年、氏自身は6年、2人の子供は各々7年と9年の判決で、いまも獄に在る。実体験に基づく氏の証言は、中国政府の凄まじく非人道的な異民族政策を暴くものだ。
氏は、7月5日夕方、ウルムチでのデモ発生以来、「世界中のウイグル人が現地との電話やネットで情報を収集し続けた」と語る。ネットや携帯電話が遮断された後も、中国からの脱出者がいるカザフスタンやキルギスの同族の人々から情報を収集した。その結果把握した事件の概要を次のように語った。
「ウルムチに集まったウイグル人のデモに私服警官が入り込み、リーダーをいきなり逮捕して、学生らを暴動に誘い込んだのです。当局の暴力的対応に耐えきれなくなった一般のウイグル人も加わって、デモは3~4時間で1万人規模になり、暴力も激化しました」
デモは、事前にネットで予告されており、中国当局は万全の準備を整えていた。カーディル氏が指摘する私服警官の動きも、事件直後に中国政府が世界のメディアを現地に案内し、事件に関する写真やDVDなどの資料を配布したことも、そうした準備の結果であろう。
カーディル氏は、ウイグル人と漢人が攻撃し合い、多くの死傷者が出たデモの初期段階で、武装警官は周囲を包囲しながらもデモ隊の動きを放置したと語る。
「狙いは現場の混乱をビデオ撮影することだったと考えられます。彼らはいまそれをDVDにしてウイグル人の暴力行為の証拠として世界に発信しています。ところが、夜9時頃に状況が突然変わったのです。一斉に電気が消え、数ヵ所で銃声が響き始めた。武装警官による無差別攻撃です。ひっきりなしの銃声と暗闇のなかを人々が逃げまどう姿を、世界ウイグル会議のウェブサイトで確認して下さい。機関銃のような音は、4~5時間続き、ウイグル人も漢人も、見境なく殺された。そして、朝までに、ウイグル人の遺体は片づけられ、漢人の遺体だけが放置されたのです」
漢人の遺体を晒し、内外に、同事件はウイグル人による漢人襲撃だったと見せかけようとしたというのだ。ちなみに中国政府は犠牲者は197人、大部分が漢人だったと発表した。
「中国政府の映像を見て下さい。武器を持っているのは漢人です。ウイグル人は持っていません。『武装漢人と武装警官と軍隊』対『武器もないウイグル人』。武器を持つ側が持たない側より多く殺されるはずはありません。我々は1,000人以上のウイグル人が殺害されたと見ています」
加えて氏は語る。
「一晩のうちに、ウルムチからウイグル人1万人が消えました。拘束か殺害か。中国政府は行方不明者について説明すべきです」
中国当局は、暴動の翌朝から自治区全域で一軒一軒、家宅捜索を開始し、これまでにウイグルの男性4,000人以上を拘束したと発表した。
ヒステリックな抗議
カーディル氏はそんな数ではおさまらないとして、ウルムチ市競馬場近くの集落の例を挙げた。
「集落には約1,000世帯のウイグル人が住んでいました。7月26日時点で、同集落には10歳以上の男性は1人もいません。皆、連行されました。事件直後の7月7日に外国の取材団の前に駆け寄ってきたウイグル人女性たちの訴えを想い出して下さい。夫や息子の写真を見せながら、家族を探して下さい、返して下さいと叫んでいたではないですか。彼女らは、武装警官と戦車の前で国際社会に訴えた。それがどんなに危険な行為かウイグル人なら、皆、知っています。それでも訴えた。こうしたことから、一体何が起きているのかを想像して下さい」
氏は、中国共産党の侵略で「祖国東トルキスタン」が中国の支配下におかれて以来、約60年、ウイグル人の平和な生活が奪われ、若者は生まれ故郷で暮らすことを許されず、都市部での労働のために拉致され、断れば反政府、国家分裂主義者、テロリストと見做され、厳しく罰せられ、ウイグル語もウイグル文化も宗教も禁止或いは抹殺され、胡錦涛主席もウイグル自治区の王楽泉共産党委員会書記も、ウイグル人を徹底的に叩き潰す方針であると、事実関係を示して訴えた。
記者会見場では「人民日報」の記者が皮肉たっぷりに尋ねた。新疆で大富豪となった氏がウイグル人に自由がないというのはおかしいと。彼女は直ちに反論した。中国政府に従い、その枠内にとどまる限りは、約束されるものはある。しかし、刃向えば弾圧される。自分も夫も子供たちも、それでぶち込まれた。本物の記者なら目を開けて真実を見よと鮮やかに切り返した。
この質問は記者として恥ずかしい限りだったが、中国政府も恥ずべき行動をとっていた。外務省幹部が語る。
「カーディル氏来日阻止で中国政府はヒステリックなまでに抗議してきました。北京では中国外務省に日本大使を呼びつけ、日本では中国大使館から厳しい抗議がありました」
抗議の内容はいずれも、カーディル氏は「テロリストをそそのかした暴動の主謀者」「国家分裂主義者」で来日は「絶対に」認められない、「来日で日中関係が損われれば、すべて日本の責任」、というものだった。
抗議はメディアにも行われた。北京でも東京でも各社の記者が集められ、同様の説明とともにカーディル氏をテロ煽動者として描いたDVDが配布された。
前出の外務省幹部が語る。
「外国人の入国を許すか否かの判断は日本政府の主権行為です。外国政府から指図される筋合いはない。中国政府の反応は度を越しています」
ウイグル暴動が起きたとき、サミットを退席して7月8日に急遽帰国した胡錦涛主席は、直ちに、カーディル氏らを暴動の主謀者と発表した。カーディル氏を主謀者に仕立て上げたのは胡錦涛主席なのだ。であれば、胡政権下でその主張を取り下げることはないだろう。
そうした中、普段は大人しい日本政府がビザを発給したことは刮目すべきことだ。台湾の李登輝元総統にビザを出す出さないで揺れた暫く前の日本とは趣が違う。
李登輝氏の場合、まず心臓のバイパス手術のためという人道的な理由でビザを出した。次は、家族との観光旅行。但し、政治的発言は控えるという暗黙の条件があった。
失地回復の可能性
一方、カーディル氏は、李登輝氏同様民間による招待とはいいながら、真っ向からの中国政府批判は当初から予測された。氏は日本の政府と国民に中国の非道について語り、弾圧、虐殺、民族浄化に直面するウイグル人を救ってほしい、国連の調査委員会設置に力を貸してほしいと訴えるために来日した。それは必然的に厳しい中国批判となる。
それでも日本政府はビザを出し、自民党本部では氏の話をきく時間が設けられた。日本外交立て直しの一条の希望である。
ビザ発給に力を貸した安倍晋三氏が語る。
「党本部にも、中国側から反対の働きかけがあったようですが、カーディル氏への言論封殺は許されないわけです。日本は言うべきことをもっと言わなければならないと考えます」
いま、国際社会は大きな岐路に差しかかっている。7月末に行われた米中戦略経済対話では、オバマ大統領は「21世紀の枠組は米中2ヵ国が形づくる」と語った。中国側代表の戴秉国国務委員は「イエス・ウィ・キャン」と応じた。両国は、世界の指導国としての立場を過剰な演出で描いてみせた。だが、21世紀の枠組形成では、ウイグル問題もチベット問題も事実上、置き去りにされた。
ウイグル自治区で暴動が起きても先進8ヵ国首脳会議では、ウイグル問題は議題にもならなかった。
中国はGDPで今年中にも日本を抜いて、米国につぐ世界第二の経済大国となるだろう。軍事費においても、すでに世界第二の地位を得ており、文字どおり、米国につぐ大国となる。
それだけではない。2010年代半ばまでには、中国は西太平洋に覇権を打ち立て、米海軍の西太平洋へのアクセスは困難を伴う、つまり、日米安保条約が物理的に機能しにくい状況が生まれるとの予測もある。いま世界第二の中国の軍事費も2010年代半ばから2020年にかけて、米国に追いつき追い越すとの見方さえある。
パックスアメリカーナの時代からパックスシニカの時代に移行する時期は遠くないかもしれない。米国が米中関係を日米同盟に優先させる可能性も十分にある。
大きく変わる世界情勢のなかで、今回のカーディル氏へのビザ発給は日本の存在を支える力となり得るものだ。人間の根源的自由を尊重し担保する政策を掲げ、外交の柱とすれば、対米、対中双方で、日本外交の失地回復も不可能ではない。
カーディル氏は、日本滞在予定を繰り上げて、米国に戻った。7月31日の米国下院外交委員会で証言するためだ。会合自体は非公開だが、米国には、ウイグル問題について中国政府非難を避ける国務省に批判的な政治家は少なくない。自由や民主主義の価値観にこだわる人々である。
折しも、中国政府が新疆ウイグル自治区で行った46回の核実験で数十万の住民が死亡した可能性があるという日本発の研究が米国でも紹介された。中国政府の不条理な異民族政策の実態は確実に明らかにされていくだろう。だからこそ、中国にも米国にも怯まず、日本こそが北京の不条理の壁を打ち破る先頭に立つのだ。そこから日本の活路が拓けてくる。
ウイグル問題から見る中国の戦略
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