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『週刊ダイヤモンド』 2009年3月28日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 782
台湾の野党民主進歩党の主席、蔡英文氏は40代、歯切れがよいうえにきわめて論理的な女性だ。
17日早朝に行われた記者会見では、今民進党の党首として高い支持を受け、台湾の将来の指導者となる可能性もある蔡氏の発言に注目が集まった。前主席で総統だった陳水扁氏が掲げた台湾独立路線を維持するのかとの彼女への問いは、米中両国が神経をとがらせる問いでもある。蔡主席は以下のように答えた。
「民進党は過去8年間、独立問題に対処しようとしてきましたが、その間に台湾人意識が急速に高まり、台湾の主権は台湾人によって管理されるべきという認識が強まりました。台湾の主権は2,300万人の国民が共有するものだというのが、わが国世論の合意です」
台湾は独立国であり、その独立の継続が国民の意思だと言っているのだ。このような主張の裏づけとして、党とメディアによる二つの世論調査を蔡主席は紹介した。
「CECA」(包括的経済協力協定)を進める件について、それが主権の維持にかかわっていくとしたら、それを受け入れるか否かは国民投票で決めるべきかと問うた調査である。ちなみにCECAは中国側が昨年暮れに提案した6項目にわたる中台協力の具体策だ。
馬英九総統は2月27日、台中経済関係の緊密化のために、同協定締結の交渉を始めると決定した。馬総統は、中国との緊密化こそが台湾の不況を救うと主張する。
だが、民進党の調査では、64%が、本格的な交渉の前に、国民投票で国民の意思を確認すべきだと答えた。メディアによる調査でも過半数が同様に答えた。「メディアの調査はCECAが主権にかかわる事柄かもしれないという前提なしで行われました。つまり経済問題としてのみ、CECAをとらえて調査したのですが、それでも半分以上が二国間の協力関係に踏み切る前に国民投票が必要だと答えています」と、蔡主席。
蔡主席は、記者会見に先立って取材に応じ、台中経済協力の“罠”について語った。
「中国はこれまで、台湾が各国と自由貿易協定(FTA)を結ぶのを、ことごとく、妨害してきました。台湾独自の対外経済関係を崩すことによって、中国の枠に封じ込める作戦なのです」
蔡主席がさらに語る。
「台中経済の現状は正常な国家間のそれとは言いがたい。中国はWTOの枠をはずれて、台湾と直接の関係をつくろうとします。きわめて短期間に事実上の経済統合を進めようとしているのです。台湾経済は十分な調整ができずに、伝統的な産業や農業が軒並み、深刻な打撃を受けています」
蔡主席は、中国との貿易関係も他国との経済関係とのバランスのなかで考えるべきだと強調する。
台中関係のもう一つの懸念は軍事力のバランスの崩壊である。台湾海峡における軍事バランスが、中国優位になってしまったことは明らかである。加えて、米国が中国の意向を気にして、台湾が必要とする対潜哨戒機P3Cやディーゼルエンジンの潜水艦、戦闘機のF16CDなどについて、売却が滞っている。
政治的な状況だけでなく、台湾にとって不利なのは、たとえば、潜水艦に関して米国が原子力潜水艦に移行していることだ。台湾がディーゼルエンジンの潜水艦を必要としても、もはや入手しにくい状況が生まれているのだ。
包囲網が狭まっているかに見える台湾情勢に、国民党が危機感を抱いている様子は見えない。中国に抗するのは民進党である。その若き党首は、最後に語った。「アジアと台湾にとって、鍵は日本の動きです」。日本の運命に大きくかかわる問題について、日本は台湾の期待に応えられるだろうか。
『週刊新潮』 2009年3月26日号
日本ルネッサンス 第355回
韓国の対日歴史観を根底から変えるきっかけともなる本が出版された。ソウル大学経済学部教授、李榮薫(イヨンフン)氏の『大韓民国の物語 韓国の「国史」教科書を書き換えよ』(文藝春秋)である。
昨年7月、韓国で会ったとき、教授は『物語』の下書きともいえる『代案教科書』という本を、同僚の教授らと共同執筆したばかりだった。『代案』では韓国の歴史が事実に基づいて見詰め直されている。たとえば、植民地時代、日本の総督府は1910年から18年まで、農地調査を行った。そのとき、農地の4割を奪ったというのが韓国での通説で国定教科書でも教えられてきた。
だが、李教授らは、土地台帳を丹念に調べ、右の通説が事実に反することを証明した。こうしたことを筆頭に、韓国の現代史の真実を掘り起こした『代案教科書』に続いて、世に問うたのが、『大韓民国の物語』である。
『物語』で、李教授は、韓国人の歴史のとらえ方の尋常ならざる問題に言及している。とどのつまり、「歴史は人々の記憶」である。「一般大衆の過去の出来事に関する集団的な記憶」が歴史となっている。教授は、韓国においては、その集団的記憶が「特定の利害関係をもつ集団や政治家によって作られたり、操作され」てきたと、強調する。だからこそ、歴史家は集団的記憶にうずもれてはならないというのだ。「集団的記憶が政治的に企画され操作されうることを、史料に基づいて」証明し、集団的記憶としての歴史のいかがわしさを一般大衆に知らせることが、専門家としての責任だと、言うのだ。
韓国の歴史意識の問題の一例として、李教授は、金大中、盧武鉉両政権時代に、盛んに行われた韓国の近現代史への批判をあげる。両大統領と彼らをとりまく人々は次のように主張した。「先人たちの尊い犠牲にもかかわらず、(日本からの独立回復後)正義は敗北し、機会主義だけが蔓延(はびこ)った」、「日本の植民地時代に民族解放のための犠牲となった独立運動家たちが建国の主体となることができず、あろうことか、日本と結託して私腹を肥やした親日勢力がアメリカと結託したせいで、民族の正気がかすんだ」と。
親日は売国奴
日本の敗戦で後ろ盾を失った親日勢力は、今度はアメリカにすり寄り、民族分断を煽り、その結果、いまの南北分断があるというのだ。つまり、国全体で大韓民国の建国の歴史を否定しているのだ。
李教授は、この種の歴史解釈や集団的記憶の呪縛を解かない限り、韓国の健全な発展はあり得ないと、繰り返し強調する。
言うまでもなく、従来の反日歴史観に逆らうような李教授の歴史解釈は、大きな危険を伴う。韓国で確立されている歴史観は、日本統治の時代は、極悪非道の日本人の、善良なる李朝朝鮮への弾圧の時代だったという決めつけに余りにも色濃く塗り固められている。高校の国史教科書には「日本は世界史において比類ないほど徹底的で悪辣な方法で我が民族を抑制し、収奪した」と書かれており、「日本の悪辣な統治」を具体的に生徒に教えるとき、教師は「今にも泣きそうな顔になり」、「生徒も涙」しながら聞くという。だから少しでも、日本に理解を示せば親日的だという批判が飛んでくる。それは、「売国奴」のレッテルを貼られるに等しい。
だが、『代案教科書』は、思いがけずも、韓国でベストセラーになった。『物語』も幅広い支持を得た。それは偏った歴史に食傷した韓国人が、まともな歴史書に餓えていたことを示すものではないか。
但し、『代案教科書』同様、今回の『物語』も、従来の反日一色の歴史観を正すものとはいえ、それでも、日本に対しては非常に厳しい内容もある。たとえば、強制連行があったとして日本批判を展開する吉見義明氏に「多くのことを学」んだ慰安婦問題である。教授は、女性たちが連れていかれたのは、日本軍の強制ゆえではなく、女衒の働きが大きいこと、女衒に売ったのは主として家族だったこと、女性たちの中には大金を手にした者もいたこと、だが行動の自由は与えられておらず、「奴隷」のように働かされたこと、などを指摘。そのうえで女性たちの連行に直接関わっていなかったとしても、このような働き方をさせ、未成年の女性を醜業につかせた点について、日本政府は責任があると結論づけている。
2004年、慰安婦問題について、韓国に横行する乱暴な議論に反論したために、李教授は暴風雨のような非難を浴びた。教授が日本にも、韓国にも、両方に厳しいことを直言してきたことがわかる。
作られた反日歴史観
李教授は1910~45年の日本統治の時代の韓国人の集団的記憶は「収奪」の一言でくくられると説く。高校教科書では、先述のように総督府が農地の4割を奪ったとされ、加えて、生産されたコメの半分を奪い、650万人の朝鮮人を労働力として収奪し、賃金も払わずに奴隷のように酷使し、数十万の乙女を挺身隊として動員し、慰安婦としたなどと教える。
「このような教科書の内容は事実ではありません」、「すべて、教科書を書いた歴史学者の作り出した物語です」と李教授は断言している。
たとえば「コメの収奪」である。生産されたコメのほぼ半分が日本に渡ったのは事実だが、それは日本内地の米価が30%ほど高かったから移出(輸出)されたのであり、農民も地主も多くの所得を得たという。「朝鮮の総所得は増え、全体的な経済が成長しました。不足する食糧は満州から粟や豆のような代用品を購入して充当しました」「人口一人当たりのカロリー摂取量が減ったとは必ずしも言えないのが実情でした」と、専門の経済学の視点で解説するのだ。
輸出によって所得が増え、工業製品を日本から輸入。機械や原材料も購入して工場を作ることも出来た。大手の「京城紡織」のような会社がこうして作られたという。
日本が土地を収奪した事例は存在しなかったのみならず、むしろ土地台帳の関連資料が示すのは、総督府が土地所有の制度化において「公正」であったということだそうだ。
女子挺身隊と慰安婦が全く別物なのは、すでに日本では周知だが、韓国では未だに両者は一体だと思われている。教授は、市民団体や特定の政治目的を持つ団体が意図的言い替えをしているからだと指摘する。
経済の専門家から示された歴史の新側面は、現時点で政治学や社会学の専門家からは積極的な賛同を得ていない。だが、学術的な裏づけがあるために、無視もされていない。事実に沿った新しい研究を、よりよい日韓関係につなげていくべきであろう。
『週刊ダイヤモンド』 2009年3月21日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 781
大韓航空機爆破事件の実行犯、金賢姫元北朝鮮工作員と、金氏に日本語を教えた拉致被害者、田口八重子さんの長男の飯塚耕一郎さんが、11日、韓国の釜山市で面会した。八重子さん拉致から31年目、当時1歳だった耕一郎さんは、32歳になっている。
耕一郎さんは、母親のことを話すとき、必ず、少し言い淀んで「田口八重子さん」と言う。別れたとき、幼過ぎて母の記憶がいっさいないために、身内としての呼び方ができないのだ。
耕一郎さんは、八重子さんの兄の飯塚繁雄さんご夫妻に、実の子として育てられた。ご夫妻は、耕一郎さんが成人したときに、自分が飯塚家の一員であることになんの疑いも抱かないように、愛情こめて育てた。夏のプール遊びのときも、春や秋の小旅行のときも、そして日常の暮らしの場面でも、必ず、自分の子どもらと一緒に、いちばん幼い耕一郎さんを囲んで記念写真を撮った。幼い頃からの“家族写真”の集積が、耕一郎さんが疑問を抱いたとき、その疑問を消し去ってくれると考えた。
しかし、拉致が判明したとき、成人した耕一郎さんに、飯塚さんは真実を打ち明けた。やがて、耕一郎さんは、拉致問題の解決を訴える家族会主催の会合に顔を出すようになった。
いつもは物静かな耕一郎さんが、金氏と並んで、笑顔をのぞかせながら会見した。八重子さんについて聞くことができたうれしさが滲み出ていた。
麻生太郎首相は同日、官邸記者団に問われて、「感想? おお、よかったんじゃないですか」と答えた。
そのとおりではあるが、私には、麻生首相の軽い言い方がひっかかる。拉致問題で、旧宏池会の果たした負の役割が明確な記憶として残っているからだ。河野洋平氏や加藤紘一氏ら、拉致問題の解決を、むしろ、妨げてきた宏池会の系譜に、麻生首相も連なることが、気になり続けている。
拉致問題の解決に関して、長年、政治は機能してこなかったが、特に韓国の金大中、盧武鉉両政権は異常だったと言うべきだろう。北朝鮮に関する負の情報を強い圧力で封じ込め、事実の歪曲を図ってきたのだ。
北朝鮮の主体思想を理論化し、金日成、金正日父子の考え方を知悉している元朝鮮労働党最高人民会議議長の黄長燁(ファン・ジャンヨプ)氏が韓国に亡命したとき、金正日総書記は、「原爆を落とされたほどの衝撃を受けた」といわれる。黄氏はそれだけ多くの秘密を知っていたのだ。しかし、金大中、盧武鉉両大統領は、氏の情報を活用するどころか、事実上、氏を軟禁状態に置いて、発言を禁じてきた。米国や日本をはじめとする国々で、黄氏を招こうとしても、出国は許可されなかった。
金賢姫氏に対しては封じ込め以上のひどい状況がつくられた。政府寄りのメディアを通して、大韓航空機事件はデッチ上げで、韓国政府の陰謀だったという情報が喧伝され続けたのだ。
金正日総書記に肩入れする歴代韓国政府の姿勢は、韓国国民を欺き、韓国の拉致被害者、約500人を見捨てることにほかならない。
李明博政権の誕生で、ようやく、北朝鮮と闘う姿勢が見えてきた。それが今回の面会の実現である。
喜びの対面のあと、私たちは、これまでと同じく、拉致問題解決のために、闘い続けなければならない。金賢姫氏は北朝鮮のプライドを傷つけずに上手に交渉することの重要性を説いていた。反対に、ソウルで取材した黄氏は、金正日には、力で対決する以外に方法はないと、強調した。過去の日朝および米朝交渉を振り返って、私は黄氏の立場に与するものだ。
そのときに最も重要なのが、日本政府の姿勢である。成功への近道は、筋を通して、圧力をかけ続けることだ。麻生首相にそれをする意思があるかが問われているからこそ、宏池会の流れと、気楽な物言いが気になるのだ。
『週刊新潮』 2009年3月19日号
日本ルネッサンス 第354回
全国の高速道路で早ければ今月下旬にも大幅な料金値下げが始まる。これから地方部で実施される値下げによって、休日の地方での高速道路は「1,000円で乗り放題」になると喧伝されている。値下げに必要な財源、年間5,000億円は、特別会計の財源で賄うことになる。
与党のこの政策は、民主党の高速道路無料化案に対抗する形で急遽編み出された。世論の反応は悪くはない。米国や欧州諸国と較べても、際立って高い高速道路料金の値下げは、それ自体嬉しいニュースであろう。しかし、目先だけ見れば嬉しい与党の政策も、民主党の無料化政策も、将来に禍根を残す誤った政策だと、宮川公男氏は警告する。
一橋大学名誉教授で統計研究会理事長の宮川氏は3月5日、有料道路研究センター代表の緒方弘道氏、元道路関係四公団民営化推進委員会事務局次長の片桐幸雄氏とともに「高速道路問題を考える会」を創設した。現在の政府及び野党の高速道路政策は誤りであり、根本から見直すべきだと、宮川氏は指摘する。
「なにがどう問題なのか。個別論の前に、私たちが問いたいのは、政府が一方的に料金引き下げを決定出来るような会社は、そもそも、民営会社といえるのかという点です」
旧国鉄は民営化され、いまJR各社に生まれ変わっている。たとえば東海道新幹線を運行するJR東海に、政府が突然、料金の大幅値下げを指示し、実施させることが出来るかといえば、無理であろう。
しかし、高速道路会社は、ほとんど抵抗せず、引き下げに応じている。経営の根幹に関わる料金体系の大幅変更が、時の政権の意向でこんなに簡単に決められることに疑問を抱くのは当たり前だ。宮川氏が続けた。
「経営方針を、会社が責任をもって決定出来ないとすれば、いま、会社が国民に約束している債務の返還も、守られる保証は一切ないのです。事実、採算がとれない高速道路建設の見直しは、すでに無視され、およそすべての高速道路が建設される見込みです。将来、必ず、膨大なツケが国民に回されてきます」
国民を欺いた民営化
先に進む前に、道路関係4公団は民営化でどんな会社に生まれ変わったか、ざっと振りかえる。まずは日本道路公団が3社に分割され、首都高速、阪神高速、本州四国連絡橋の各公団が株式会社となり、計6社になった。6社の上に「日本高速道路保有・債務返済機構」(以下「機構」)が置かれた。各社はパーキングエリアなど若干の資産を所有するが、肝心の高速道路は機構が保有し、6社は機構からリースして運営する。
各社のもうひとつの役割は、高速道路を建設するか否かを決定し、それに必要な資本を調達することだ。だが各社が建設する高速道路は、完成すると機構に所有権が移る。建設費用、つまり借金も、機構がすべて引き受ける。機構が全責任をとるのであるから、どれほど採算の合わない高速道路建設プロジェクトであっても、各社が独自の経営判断で建設を思いとどまることはない。
一方、機構は独立行政法人で、事実上、国の組織、つまり、道路局そのものだ。したがって金融機関は、どれほど採算がとれそうになくても、資金を出すだろう。こうして返済不能な借金を背負っても、最終責任のない会社は気楽である。また、会社は利益を出さなくてよいとされているために、企業としての経営努力など、期待すべくもない。この方式を「上下分離」と呼ぶ。
この名ばかりの株式会社各社は、機構に胡座をかくファミリー企業そのものだ。なんのことはない、民営化とは名前ばかりで、旧公団時代となにも変わらないのだ。道路改革をなし遂げたとして高い評価を受けた小泉首相も、民営化推進委員会委員の猪瀬直樹氏も、狡猾に国民世論を欺いたのである。
道路改革はその出発点においてこれほど間違っていた。そのことを直視しない限り、その延長線上にどんな政策を導入しても、間違いは増幅されるばかりだと、宮川氏は言っているのだ。
政府の料金値下げ策に関していえば、短期的に国民のためになるかのように見えても、小泉・猪瀬型道路改革の根本的欠陥である「上下分離方式」を変えない限り、よい結果にはつながらないのである。
既得権益は渡さない!
国土交通省道路局にはこれまで約6兆2,000億円の道路整備特別会計のカネが流れ込んできた。防衛省予算の4兆8,000億円、食料自給率を上げようと必死になっている農林水産省予算の2兆5,000億円をはるかに上回る巨額資金を、道路局一局が手にしてきたのである。この特別会計のお金を一般財源として、道路以外にも使うことが福田内閣の下で決定され、今年4月から施行される。
だが、道路官僚も道路族も、甘い蜜の味のするこの巨大利権は手放したくないと願い、ありとあらゆる骨抜きにかかっている。先述の料金値下げに必要な5,000億円は結局、税金、つまり、道路特別会計のお金で賄われるが、これは一体、何を意味するだろうか。道路で得た資金を他に回すかわりに、道路につぎ込むにすぎない。道路局のお金が、他所に回らず、道路に回る。一般財源化は、この分だけ、逆戻りするのだ。
片桐氏は、国民にあまねく利益をもたらすには、高速料金値下げより、ガソリンの暫定税率を下げるほうが余程、有効だと語る。
「政府案の高速料金値下げの恩恵を受けるのは、休日に、高速道路を、普通車で走り、しかもETCを使用するという4条件を満たす人に限られます。トラック輸送のコストが下がるわけでも、高速を使わない国民が恩恵を受けるわけでもありません。しかし、例えば、ガソリンの暫定税率を下げれば、ガソリンを使う人、業界、すべてが潤います。それによって国民負担は兆円単位で軽減されると見られています」
一部の人だけでなく、国民ほぼ全員が潤う暫定税率の見直しが、優先されてもおかしくないが、そうならないのは、道路官僚らが、「収入」を減らすことに断固、反対だからだ。道路局が支配するおカネの入りを減らすかわりに、自分たちの“持ち分”から5,000億円を出す。しかも、それは道路関連で出す。彼らの誰ひとりとして、痛痒を感じないはずだ。
既得権益は絶対に手放したくない道路局。彼らの思惑に沿って事を運ぶには、上下分離の下の道路会社はこの上なく好都合だ。自らの経営意思を持ち得ないために、機構、つまり、道路局の指示に盲従するからだ。
道路改革が上下分離というその第一歩から間違っていた点を踏まえなければ、いかなる政策も、道路に関してはよい結果など生まないと強調する宮川氏らの研究に、大いに期待するものだ。
『週刊ダイヤモンド』 2009年3月14日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 780
3月3日、民主党代表、小沢一郎氏の公設第一秘書が逮捕された。準大手ゼネコンの西松建設が政治団体を介して行ってきた政治献金が、事実上の企業献金だった容疑である。これまでに小沢氏側に渡った西松建設の献金総額は約2億円に上ると報じられており、献金が合法的に授受されていたか否かが、これから、解明される。
秘書逮捕の報じ方を見て、日本での情報伝達に関して強い疑問を抱く。どう見ても、主として伝える側の心情を反映する報道だと思えてならない。
たとえば4日朝のテレビ朝日の「スーパーモーニング」である。鳥越俊太郎氏が司会、もしくはまとめ役を担う同番組では、逮捕には政治的意図があるのではないかという意味合いを強くにじませながら報じていた。
コメンテーターだろうか、森永卓郎氏が、麻生太郎首相は検察による小沢氏秘書の逮捕を抑制すべく「指揮権」の発動もできたはずだと発言した。私は少なからず、驚いた。司法に対して行政府の長である首相が指揮権の発動を法相に要請するのは非常事態に等しい。この過激な発言を鳥越氏がどうさばくかと見ているうちに、平野貞夫氏が次のような趣旨の指摘をした。
指揮権発動があれば、逆指揮権の発動もある。三木武夫の田中角栄逮捕がその例だった。
つまり、時の権力が、検察を動かして、特定の政治家の犯罪の炙り出しに踏み切らせる場合がある。今回もその可能性があると、示唆しているのだ。
かつて小沢氏の側近だった平野氏の発言は、事実関係の明確化よりも小沢氏擁護の観点で語られており、それなりに興味深かった。だが、ここで問われるのは、番組の姿勢である。平野氏や森永氏、同じく番組でコメントを発していた落合恵子氏らは、似たようなトーンで発言していた。つまり、逮捕は一定の政治目的を有する疑いがあり、公正とは思えないというものだ。鳥越氏はそうした見方を受け止めながらも、問われている事実は何かを問題提起しなければならない立場にある。
ジャーナリズムでは、事実の特定、新情報の発掘が基本になければならない。逮捕翌日の朝のワイドショーの時間までに、今、名前を挙げた人びとはどれだけの調査や取材をしえただろうか。森永氏は、この件で、法相が指揮権を発動すべきだと、本気で考えたのだろうか。
無責任だと断じざるをえないこの種のコメントが多く発せられるワイドショーの影響は、少なくない。影響力を及ぼす立場の人びとは、少なくとも、もう少しまともな発言を心がけてはどうか。
小沢氏秘書の件で情報に携わる人びとが最重要点として考えるべきは、小沢氏への西松建設の献金はどれだけの規模で、どのように行われたかである。この点で当局(検察)の思惑に振り回されないために、各社、各番組が独自の取材に力を注ぐことを期待する。この局面で、検察リークの情報に頼って報ずるとしたら、それこそ、「国策捜査」に加担することになる。
また、これまでの小沢氏の政治資金の処理の仕方を再度問うべきであろう。逮捕された公設秘書は、小沢氏の資金管理団体「陸山会」の会計責任者を務めていた。同会に入金された政党助成金を含む政治資金で、小沢氏は自分名義で都内一等地などに10億円相当の土地、マンションを購入していた。氏は法律上問題はないと釈明したが、政治資金で個人名義の不動産を取得することは、道義的に説明がつかないのではないか。メディアはこの件についても、議論を深めるべきだと思う。
最後に、民主党は小沢氏をかばうあまり、偽メール事件の過ちを繰り返してはならない。政権交代を眼前にした民主党が、再び、同じ轍を踏まないためにも、メディアは事実に誠実に向き合って報ずるのがよい。
『週刊新潮』 2009年3月12日号
日本ルネッサンス 第353回
日本国がザブザブと沈んでいく音が聞こえるようだ。オバマ政権の下で米国の対日政策が歴史的な大変化を遂げていることに、麻生太郎首相や小沢一郎民主党代表は気づいているだろうか。米国は日本に笑顔の下に冷たく厳しい監視を包み込んだ視線を送り、中国には熱い期待と戦略的パートナーとしての信頼を寄せる。
日本を最初の訪問国に選んだヒラリー・クリントン国務長官は2月16日、羽田に着いた時から笑顔を振りまいた。日本は、アジアにおける「要石」だと持ち上げた。麻生首相には、ホワイトハウスを訪れる初めての外国首脳として招待したいとの“お土産”を与えた。
首相は喜んで招待を受け、中曽根弘文外相はクリントン長官に、“初めての訪問先”に日本を選んだことについて、感謝の挨拶をした。多くのメディアはクリントン長官の言葉を“米国の対日重視”と額面どおりに報じた。
果たして米国外交は日本重視か。一連の日本の反応を、当のオバマ政権は苦笑で見ているのではないか。
クリントン長官のブレインで、いま、同長官に最も強い影響力を及ぼすといわれるのがマデリーン・オルブライト元国務長官である。彼女はビル・クリントン氏の政権で国務長官を務め、同政権の末期の2000年10月、金正日を平壌に訪ね、成果を得られず空しく帰国した人物だ。北朝鮮外交では失敗したが、民主党政権への彼女の影響力は強い。オルブライト氏の近著、『次期大統領への覚書』を読むと、クリントン長官がアジア歴訪に当たって氏の助言を忠実に実行したことを実感する。
第10章「アジアの世紀における米国の地位」には、日本、朝鮮半島、中国に対して、オバマ政権がとるべき基本姿勢と政策が明記されている。オバマ大統領の価値観と重なる氏の『覚書』は、少なくとも、向う4年間、米国のアジア政策の潮流を予言するものと考えてよいだろう。
日本の手足を縛れ
氏は、米国がアジア政策で成功の果実を得るには、「指導しようと試みてはならない。友好的なレフェリーとなれ」と主張する。
「利点は、プレーヤーに至近距離から(監視の)目を光らす立場に立てることだ」というのだ。日本関連での記述には冷笑と警戒心が目立つ。
「東アジアを最初に訪問するとき、中国を最優先しがちだが、まず、トーキョーを訪問せよ」
「米国の信頼出来る友人であるが、日本は近隣諸国と折り合いが悪いために、米国との密接な関係を重要視する」からだという。
元国務長官はこうも書く。
「本来なら日本はとうの昔に国連安保理の常任理事国に就任していてよいはずだが、第二次世界大戦時の日本の残虐非道の犠牲者である中国に阻まれてきた」
「日本の残虐非道」について、彼女がどれだけ正確な知識を持つのかは不明だが、歴史観において、氏が中国の主張に染まっているのは明らかだ。日本を悪と見做す氏の価値観は、対日安全保障政策にも影響を及ぼしている。
「念頭に置くべき問いは、日本がより有力でより存在感のある軍事国家になるよう奨励すべきか否かである」「東アジアの安定維持のための、手強い同盟国となり得る技術力と資金が日本にはある。一方、国際社会への責任を負う米国は、日本の助力を利用出来る。一部とはいえ、日本人は戦後の枠組みを打ち破り、自由になりたいと主張する」
このように事実を列記したうえで、氏は、「なぜ我々は、日本が新憲法を定め、近代的な軍事国家へと発展していくことを歓迎してはならないのか」と問い、自ら答えを導き出してみせる。氏はざっと次のように並べた。
①アジア太平洋における米軍の力は圧倒的で、中国とて較べるべくもない。②米軍は、アジアにおいて日本を守る力だが、それはまた、日本を拘束する力としても評価されている。③日本への軍事的抑制を緩めれば、中国が尚一層の軍事力強化を急ぎ、南北朝鮮は中国に接近する。④それにもまして、日本の軍事的独立が米国の国益に沿うものであるとは考えられない。
したがって、日本には憲法改正もさせずに、自衛隊の手足を縛ったままにしておくのがよいという論法だ。いまやアジア諸国は、日本も含めて、中国の軍事的脅威に晒されているが、オルブライト氏はそんな現実を殆ど理解しない。自衛隊を縛る種々の制約が、日本の安全保障のみならず、米国の安全保障にもどれだけの不都合を生じさせているかなど、まったく気づいていない浅薄な分析である。
中国中心主義の氏は、日本の安全保障上のひとり立ちを望まず、未来永劫、米軍が頭を押さえておくのがよいと考えるわけだ。日米は同等ではないと考えているのだ。
日本の政治家は退屈だ
氏は、ある外交官の体験を借りる形で日本を酷評する。「概して日本の政治家は非常に退屈だ。夕食の席ではフォークをお尻に突き刺しでもしなければ、居眠りしそうなほどだ」と。そして日本に関してこう締めくくった。
「(日本訪問では)必ず、笑顔で到着し、お土産を携え、ポケットにフォークをしのばせて行け」
改めてクリントン長官の訪日を振りかえってみよう。ヒラリーは最初から最後まで笑顔で通した。手土産は首相へのホワイトハウス一番乗りの切符だった。首相、外相、小沢代表との一連の会談の成果は無きに等しかった。さぞかし、心にフォークを突き立てていたことだろう。
米国外交に詳しい田久保忠衛氏が喝破した。
「誰の仕掛けか、メディアは、クリントン長官の訪日を一斉に米国の対日重視と報じましたが中身はありません。わずかに中曽根外相との会談で沖縄の海兵隊のグアムへの移転が正式に合意されただけです。一方、麻生首相のホワイトハウスでの会談は通訳込みで1時間余、異例の短さです。昼食会も記者会見もなく、話題にもなりませんでした」
田久保氏は、日米会談の内容の稀薄さは、米中会談と較べると、なお際立つと指摘する。
「中国でクリントン長官は、ブッシュ政権時代に設置した米中戦略経済対話を、経済に限定せず、安全保障、政治、地球環境など、世界の重要課題について包括的な枠組みを形成するための戦略対話に格上げすることで合意しました。日本とは政策を語り、中国とは大戦略を語り合う。この差は、埋め難く深刻で、日本は完全に脱落したと思います」
戦後60年余り、国家の基盤を捨て去ってきたことが、現状を生み出した。自民、民主両党の責任ある政治家たちは、いまこそ日本をまともな国家に立て直すための行動に踏み出さなければならない。
『週刊ダイヤモンド』 2009年3月7日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 779
隂山(陰山)英男氏らの教育現場での体験から、子どもたちの頭脳は磨けば磨くほど成長し発達すること、頭脳の健全な発達が、しっかりした食事と規則正しい生活習慣によって促されることなどがわかっている。そこで陰山氏らは、賢く健康な子どもを育てるための親や教師の心がけとして、「早寝・早起き・朝ご飯」の実践を提唱してきた。
夜更かしさせずに早めに就寝させて十分な睡眠を取らせる。朝は早く起こして、しっかりと食事をさせる。こうして育て、充実した国語、算数教育を施した子どもたちが信じがたくもすばらしい成果を達成してきた姿は、多くの報道によって伝えられてきた。
ところが、日本教職員組合系の教育総研では、「早寝・早起き・朝ご飯は憲法違反」だとして非難されているのだ。
教育の現状や、韓国資本に不動産を買い取られつつある対馬の現状に警告を発してきた自民党参院議員の山谷えり子氏が語る。
「日教組系の人たちの教育への影響はまだまだ強いものがあります。彼らは驚くようなおかしなことを時として、主張します。早寝・早起き・朝ご飯の指導は憲法違反だというのも、その一つです」
教育総研の「総研ノート」のコラムから、彼らの主張を拾ってみよう。運営委員の池田賢市氏が、2007年12月20日付で書いている。
「近代立憲主義における政治体制においては、(中略)、価値における多様性の保障が大前提である」「『早寝・早起き・朝ご飯』は、人の生活の仕方、生き方という、憲法の下でけっしてその価値の優劣を示してはいけないことがらに踏み込もうとする違憲のスローガンである」「少なくとも、夜更かしや朝食を食べないことが公共の福祉に反しないことは確かである」
ここで私は、ある女子中学生の反問を思い出した。少女売買春が「援助交際」として横行する実態を報じた番組で、売春をする少女が、自分の体を自分が売って何が悪いのかと、取材中の記者に挑むように問うたのだ。
価値の多様性を楯にした憲法違反論と、自由と権利をはき違えた少女の主張の、なんと似ていることか。
それにしても、食事も取らずに登校し、朝礼で貧血を起こしてばったり倒れる子どもは今、珍しくない。「公共の福祉に反しない」などという前に、子どもの心身の健康を考えるのが、教師の責務であろう。
不祥事続きの大分県での教育にも目を向けてみよう。大分県教職員組合が作成した08年2月の「『建国記念の日』って何?」という印刷物だ。
内容は、2月11日の建国記念日を祝ってはならない理由を、祖父と孫娘の会話の形式で解説したものだ。祖父は孫娘に建国記念日はかつての紀元節で、神武天皇が橿原宮で初代天皇に即位した日に由来するが、それは史実ではないと教え、次のように語る。
「『紀元節』と聞くと戦争を思い出しておそろしいんだ。もともとは『戦争・天皇制』をたたえる日だったからなぁ」「2007年に『国民投票法』が成立したんだが、これによっていずれ憲法が改悪され、日本が戦争のできる国になって、若者たちが兵隊にとられていくんじゃないかと心配でたまらないんだよ」
こんな曲がった解説をするような日教組系教師たちには、とうてい教育は任せられないと思う。だが、近未来に政権を取るであろう民主党の参院議員会長で山梨県教職員組合の元委員長だった輿石東氏は、1月14日、日教組の会合に参加し、挨拶した。
「私も日教組とともに戦っていく。永遠に日教組の組合員であるという自負を持っている」「教育の政治的中立はありえない」
民主党政権ができれば、こんな教育になっていくのか。少なからず危惧の念を抱くゆえんである。
『週刊新潮』’09年3月5日号
日本ルネッサンス 第352回
日本は、38万平方キロの領土面積を基準にすれば世界で61位だが、領海と排他的経済水域(EEZ)を足せば447万平方キロ、世界第6位の海洋大国だ。広大で豊かな海の存分な活用が、日本の未来の安全と繁栄に欠かせない。だが、その海を中国が猛烈に侵しつつある。
昨年12月8日、中国海洋調査船2隻が、尖閣諸島に3.5キロまで迫った。この明白な領海侵犯に対して、海上保安庁の巡視艇が即時退去を要求したが、中国船は9時間半も居据わった。同事件を機に、日本側はヘリコプター搭載の大型巡視艇を同海域に常駐させることを決定。その決定が報じられると、中国外務省の姜瑜報道官が直ちに反発した。
「釣魚島(尖閣諸島)とその付属島嶼は古来、中国固有の領土であり、中国はこれに争う余地のない主権を有している。同島の実効支配を強化する日本側のいかなる動きもすべて中国の領土主権を侵害するもので、不法かつ無効なものであり、直ちに中止すべきだ」
10日には、中国外務省が北京の日本大使館に「(日本側が)警備を強化すれば、中国側は強い関心を示すことになる」として、「厳正な交渉」を申し入れた。つまり、黙ってはいない、断固たる対応策をとると、伝えてきたのだ。
また、中国国家海洋局の孫志輝局長は2月16日、海洋局関連会議の席で、昨年12月の中国海洋調査船の尖閣諸島への接近と日本領海への侵入は、「実際の行動で中国の立場を示した」のであり、中国の主権を主張することが目的だったと報告した。同局長は2008年、中国が主権を主張する海域で展開した船は延べ200隻余り、航空機は140機余りに上った旨も報告した。
中国は自らを海洋大国と定義し、21世紀の中国の発展は海洋及び宇宙への進出によって担保されると考える。結果、日本のみならず、ベトナム、フィリピンなどアジア諸国への示威行動と実力行使で、他国の領海、領土を中国領へと、実効支配を以て変えてきた。それを可能にしたのが、多数の船と航空機の展開なのだ。
海保のオンボロ船
だが、日本こそ真の海洋大国だ。日本の安全と繁栄は確実な海の守りが大前提で、その最前線に立つのが海保と海上自衛隊である。だが双方ともに、強大化する中国の海軍力とは反対に、予算の減少に泣き、船も航空機も大いに不足している。たとえば、海保の巡視船・艇約350隻、航空機約70機の4割が耐用年数を超えて老朽化しているのだ。
巡視船「なとり」は32年前の船だ。上甲板が腐食し、無数の小さな穴が開いて破れそうに見える。船齢28年の巡視船「ひたち」はなんと燃料タンクの腐食が進み、目視出来るほどの穴がある。船齢33年の巡視船「まつうら」は主エンジンにつながる配管が腐食してボロボロだ。
これで、日本の海を侵犯する外国船の脅威に対処せよとは、現場の隊員が気の毒だ。それでなくても海保の船の能力不足が指摘されてきた。連想するのは1999年3月、北朝鮮の工作船2隻が能登半島沖に侵入したときのことだ。結論からいえば、あのとき、海保は対応出来なかった。海保は巡視艇15隻、航空機12機で追跡したが、工作船は速度を上げて逃走を続け、海保の船は追いつけず、追尾を諦めたのだ。代わって追尾したのは海自の艦艇だった。
それにしても海保の船はなぜ、こんなに老朽化しているのか。外国の海上保安機関と比較すると原因の一端が見えてくる。情報非公開の中国とロシアを除き、米国、韓国、台湾との比較を見てみる。
まず、予算である。海保の予算のGDPに占める割合を1とした場合、米国は22、韓国は3.6、台湾は3.1である。米国の予算が思ったより少なく思えるかもしれないが、米国には世界最強、最大規模の海軍がある。その海軍に守られていてさえ、沿岸警備に日本よりはるかに多くの予算を、米国は割いているのだ。
EEZ10万平方キロあたりの船艇数は、日本を1とした場合、米国2.4、韓国5.8、台湾3.2である。EEZ10万平方キロあたりの航空機の数は、日本1、米国1.6、韓国2.1だ。海岸線1キロあたりの隊員数は、日本1、米国6.6、韓国13.7、台湾26.7である。
海保の予算、船、航空機、人員、すべてが不足なのだ。だが、自衛隊と海保の役割分担の異常さも見なければ、海保を取り巻く状況の真の厳しさは見えてこない。
戦後日本ではずっと、自衛隊を雁字搦めに縛りつける政策が続き、本来海自が果たすべき役割であっても海自は遠ざけられ、代わりに海保が駆り出されてきた。結果として海保にとっては恒常的に過剰負担の状況が続いている。
「道路局」には6兆円
たとえば領海警備だ。他国ならば平時から海軍が領海を警備する。日本は海自を封印し、海上で犯罪が発生した場合に、海保が出動する。尖閣諸島周辺の領海に常駐するのも海保の船だ。同海域には時として中国海軍の軍艦が遊弋する。中国の軍艦に睨みを利かせ得るのは海自であって海保ではない。ソマリア沖の海賊退治にも当初、海保の派遣が検討された。国際社会では、犯罪集団としての海賊への対応は海軍の出動が大前提だ。
日本ではこうしたことのおよそすべてに、まず、海保が出される。にも拘らず、海保の予算、装備、人員は、先に見たように、著しく貧弱だ。
たしかに海保は、現在、老朽船を順次新型に替え、情報通信システム等の整備も進めつつある。だが、その整備の速度も規模も、日本周辺海域の緊迫度に較べれば遅々たるものだ。新型への更新の緊急整備予算は少なくとも3,800億円が必要だと見積もられているのに対し、手当されているのは2,000億円だ。
航空母艦の建造を発表し、海軍大国への道を明確に歩み始めた中国は、尖閣領有権を主張して止まず、その主張を尚、強めつつある。日本は外交交渉の柱としても、海保と海自双方の力を急ぎ整備しなければならない。にも拘らず、なぜ、海保の困窮状態は改善されないのか。
海保を所管する国土交通省の考え違いもその一因ではないか。海保の年間予算は1,858億円。船が腐食し、緊急整備予算も十分に手当してもらえないとき、同じ国交省の道路局には、毎年特別会計から6兆円余りもの資金が流れ込む。海保の船や航空機の老朽化にまともに向き合わず、領土領海の侵犯に目をつぶり、道路局ひとり甘い権益を貪り続けているわけだ。国家政策の重要性と優先度についての判断が出来ていないのである。日本国全体として海保と海自の役割分担など取り組むべき課題は多いが、国交省自身、自分の足下から国益に基づいて政策と予算配分を改善していく必要がある。