「狂乱続く韓国、李政権の危機」
『週刊新潮』’08年8月14・21日号
日本ルネッサンス・拡大版 第325回
韓国の李明博大統領が漂流中だ。金大中、盧武鉉両大統領の親北朝鮮左派路線を修正し、保守路線を採ると期待されていた李大統領だが、韓国内に根深く広く残る左派勢力の攻撃の前に、為す術もなく、立ち尽くしているかのようだ。ひたすら世論に押され、屈服し、迎合してはいるが、李大統領はその世論を誰が作っているのかを見極めることが出来ないでいる。
世論形成にメディアが強力に関わっているのは世界共通であり、その意味で、韓国世論の検証に、韓国メディアの検証は欠かせない。
7月中旬に韓国を訪れたとき、首都ソウルの中心部は違法デモに占拠されていた。デモは、米国産牛肉の輸入再開を決定した李大統領を激しく非難し、「打倒李明博」のプラカードで埋っていた。牛肉輸入反対から、一気に政府転覆へと、要求は飛躍しているのだ。極端な激しさと破綻した論理で行われるアジ演説を大音響で伝える大型スピーカーが目抜き通りの随所に配置されている。明らかに、デモは潤沢な資金で支えられているのだ。
メディア、特にテレビメディアはこうしたデモを連日大々的に報じ、反政府運動を煽る結果となっていた。
驚いたのは、同時進行で発覚したもうひとつのニュースだ。掻い摘んで言えば、盧武鉉前大統領が青瓦台(大統領府)の国家機密情報を全て自宅に持ち帰っていたという信じ難い事実だった。
盧前大統領は明らかに周到な準備で事に当たっていた。準備は退任約1年前の昨年4月の大統領記録物管理法制定に始まるとみられる。同法第17条で、現政権が大統領府記録館に引き渡す情報のうち、非公開と指定した件については、国会在籍者の3分の2の同意なしには、15~30年間、閲覧禁止としたのだ。
そのうえで、盧前大統領は青瓦台のイントラネット、e―知園とまったく同一のシステムをペーパーカンパニーを通して発注し、このシステムを今年1月25日に青瓦台に搬入、設置し、2月14日から5日間かけて作業し、情報のごく一部を残して、すべてを持ち去った。その間、e―知園へのアクセスを全面的に禁止したという。さらに、国家機密204万件のすべてが入ったもう一つのe―知園は、現在、慶尚南道金海市烽下の前大統領私邸で稼働中である。
国家の全情報を持ち去りながら、現政権に残したのはわずか1万6,000件のコピー情報だった。その一方で、大統領府記録館に残された情報のうち、40万件が非公開とされ、先述の法の制定によって、現政権の閲覧は出来なくなっている。
取材に応じた多くの人々は、前大統領が持ち去った国家機密情報のすべてが、すでに北朝鮮に渡っているのではないかと、懸念していた。盧前大統領の行為は明らかな犯罪で、牛肉輸入の再開よりはるかに深刻で重大な国家の危機であるはずだ。
にもかかわらず、韓国メディア、特にテレビメディアは、前大統領による機密持ち去り事件よりも牛肉輸入再開をより問題視し、李大統領非難を煽り続けていた。
゛捏造″による政権告発
そんな中で、私はフリージャーナリストの金成昱(キムソンウク)氏の話を聞いた。氏は、韓国有力メディアのひとつ、MBCが米国産牛肉とBSEについて捏造報道をしていたことを突き止めた記者だ。
「韓国国民が李大統領の米国産牛肉輸入再開に怒ったのは、米国産牛肉を食べれば、即、BSEに罹るかのような報道が行われたからなのです。特にMBCは米国人の母子を取材して、病気の子供を前に、母親が、自分の子供は牛肉を食べてBSEに罹ってこのように死にかけていると語っていると報じました。けれど、母親はそんなことは言っていないのです。子供の病気は牛肉ともBSEともなんの関係もなかったのです。
VTR制作に関わった人物が、母子の発言と報道内容が違うと抗議したにもかかわらず、MBC側が押し通したことも判りました。事実を取材でひとつひとつ確認して伝えているのですが、テレビの力は強く、なかなか国民に事実を知ってもらえないのです」
金記者らが発掘した真実を、検察当局もようやく認め、現在、検察の動きが注目されている段階である。
盧前大統領の犯罪を告発する報道よりも、情報を捏造して現政権叩きに躍起になる韓国主要メディア。明らかに韓国のメディア、特にテレビメディアは偏っているのである。
なぜMBCのような主要メディアは、事実を捏造してまで、李政権を叩くのか。韓国の安全保障問題の専門家が説明した。
「2005年に、米国の保守系シンクタンクのアメリカン・エンタープライズ・インスティテュート(AEI)が、MBCは幾つかのアラブ系テレビ局と同じく、およそ世界一の反米テレビ局だと分析しています。MBCは反米親北朝鮮なのです」
世論を作る゛親北″メディア
北朝鮮の金正日総書記は、李大統領への激烈な批判を繰り返してきたが、その号令に合わせるかのように、MBCは李政権非難を強めてきたというわけだ。別の人物が指摘した。
「MBCの内部では、韓国のその他の言論報道機関同様、主体思想派とマルクス・レーニン派がせめぎ合っています。MBCでは、左派が全体の80%を占めていると見てよいのではないでしょうか」
このような左派親北朝鮮系メディアが世論形成に大きな力を持っているのが、韓国の現状である。であるなら、李大統領は敢然と情報の誤りを指摘し、不法デモを組織する勢力と対峙しなければならない。しかし、李大統領は、そのような世論の前に、反省の意を表明し続けた。
「真の敵は、実は北朝鮮なのです。長年、北朝鮮が、対南工作として行ってきた情報戦略の構図を認識してそれに対抗し、日米両国との関係を強化しなければならないのです」
前出の安全保障問題の専門家が語る。韓国内の左派勢力の目的のひとつは、日韓、韓米関係に亀裂を生じさせることだ。韓国を日米両国から引き離し、北朝鮮に吸い寄せるのが上策だと彼らは考える。竹島問題も、その意味で最大限利用する。
日本の教科書に竹島を日本固有の領土と書き込もうとした日本政府への反発が、あっという間に、韓国海・空軍の大規模軍事演習となり、韓国首相の初の竹島上陸となった。李大統領は、左派勢力主導の打倒李政権の世論、支持率低迷などに直面して、長期戦略も国益も考える余裕をなくし、弥縫策としての反日愛国に走ったのだ。
日本はどうすべきか。日本の国益は良好な日韓関係の維持の中にある。迷走する李大統領に、より良い方向付けを行えるよう、良識と国際性を備えた韓国内の保守陣営との連携を強め、韓国国民に、真実を伝え続けることが重要である。