2008年04月

異形の大国 中国―彼らに心を許してはならない―

トラックバックURL

http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2008/04/30/%e7%95%b0%e5%bd%a2%e3%81%ae%e5%a4%a7%e5%9b%bd-%e4%b8%ad%e5%9b%bd-%e5%bd%bc%e3%82%89%e3%81%ab%e5%bf%83%e3%82%92%e8%a8%b1%e3%81%97%e3%81%a6%e3%81%af%e3%81%aa%e3%82%89%e3%81%aa%e3%81%84/trackback/

「猪瀬直樹氏の“大反論”に反論する,それでも道路公団改革は失敗」

『週刊ダイヤモンド』   2008年4月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 737


「道路公団の民営化は失敗に終わった」と本誌3月22日号の特集「『道路』の暴走」に書いたら、元道路関係四公団民営化推進委員会委員だった猪瀬直樹氏が4月5日号で「道路公団改革は成功した」と「大反論!」した。後述するように氏の論は自己矛盾に満ちており、道路改革の失敗を認めず、成功だと言い張るのは、独り善がりにすぎない。

そもそも道路公団民営化は何を目指したのか。道路公団の問題の根本は、返済できそうもない借金を重ねながら、必要性も低く、採算性も悪い高速道路を作り続けていた点だ。どれほど債務が増えようが特殊法人としての道路公団はつぶれないのであり、経営に失敗しても、誰も責任を取らないのである。

無責任体質に染まり切っていた道路公団の改革の手段として、小泉純一郎首相(当時)は民営化を選んだ。返す当てのない借金を重ねて採算の取れない高速道路を作り続ければ、会社は破綻する。破綻を来せば、経営陣は責任を問われる。したがって、経営陣は不採算路線の建設をやみくもに進めるような愚かな決定は下さなくなる。高速道路の建設は、合理的な経営判断によって決定され、建設にもおのずとブレーキがかかる。小泉首相が提言した民営化は、まさにこの経営の規律の確立を促すはずだった。

したがって、改革が成功したか否かを論ずるには、改革で誕生した各道路会社に経営の規律が働いているか否かが重要な基準となる。これまでに積み上げた約40兆円の債務を返済しながら、高速道路はどこまで建設するのかを会社が自ら判断できるか否かが問われるわけだ。具体的には、整備計画が作られていた9,342キロメートルの高速道路のうち、当時すでに供用されていた7,000余キロメートルを除く残り約2,300キロメートルのうちのどの部分を建設、あるいは凍結するかを、会社が自ら決定できれば、民営化は成功したといえるのであり、逆は失敗を意味する。

現状では、道路会社に、経営の規律はまったく働いておらず民営化は明らかに失敗に終わっている。道路会社の現状については、3月22日号でも詳述したが、再びざっと説明する。

旧公団などは6つの道路会社に生まれ変わり、6社を日本高速道路保有・債務返済機構(以下、機構)が束ねる。6社が高速道路を建設する一方で、6社の道路資産と債務は機構が一手に引き受ける。6社が新たに作る道路は、完成時点で機構の保有に移される。道路建設にかかるすべての借金も機構が引き受ける。返済も機構が受け持つ。資産も債務も経営権も、すべて機構が握る。道路会社には借金もない。資産もほとんどない。加えて各会社は利益を上げてはならないとされた。これでは経営の規律以前に、いかなる経営努力へのインセンティブもない。こんなものがまともな会社でありうるはずがない。

だからこそ、各会社は、民営化以前に整備計画が作られていた9,342キロメートルのうち、国が直轄する部分を除くすべてを建設することになった。採算性も無視して、返済できそうもない借金を重ねる公団時代の悪しき体質がそっくり残ったのだ。その延長線上に、今、道路族は14,000キロメートルまでの建設を視野に入れて蠢いている。民営化によって確立を目指した経営の規律はどこにも見えないのである。

道路建設の決定権と資産、責任を担わせてこそ採算を重視する

だが、猪瀬氏はなおも言い募る。改革は成功だったと。「道路公団民営化を成し遂げたことから学んでほしい」「今後、必要なのは、民営化後の改革のDNAを不断の努力で引き継いでいくこと」とも語る。改革の成功の証しは、氏は「旧公団がつくった40兆円の借金と、民営化後に整備する道路の費用を合わせた借金を、税金を投入せずにどうやって返していくか、その枠組を」つくったことだと主張した。

「コスト削減と規格の見直しなどで、6.5兆円を削り、最終的に民営化後の新会社の最大投資額は7.5兆円になった。これに国が税金で建設する新直轄分の3兆円を合わせて、新規の高速道路建設は10.5兆円と、以前の約半分にまで減らした」と胸を張る。

これらは机上の計算にすぎない。四五年後に借金がきれいになくなる保証はどこにもない。
机上の計算は、道路公団と国土交通省道路局のお家芸だ。彼らは債務返済の期限を30年、40年、50年と延ばし、そのたびにもっともらしい計算をしてみせた。だが、すべて机上の空論だった。そして彼らは行き詰まった。猪瀬氏は彼らと同じなのだ。

第一、コスト削減や、その前段階の建設計画の決定は、会社が判断するべき事柄だ。民営化委員会は、そうした事柄に関して合理的な判断の下せる会社づくりを目指したのではなかったのか。それをせずに、猪瀬氏が机上の計算をしてみせたところでなんの意味があろうか。

「大反論!」で猪瀬氏は道路公団改革を絶賛したが、興味深いのは、氏が絶賛する現在の民営化は、氏がかつて賛同した改革案とは似て非なるものだという点だ。自分の発する言葉を理解していれば起こりえない自己矛盾を、氏はいくつも露呈してきたが、その一つ、2002年12月6日に民営化委員会が提出した意見書を見てみよう。

民営化委員の一人、松田昌士氏の発案によることから、世に「松田案」と呼ばれたこの「意見書」に賛成したのは、7人の民営化委員のうち、猪瀬氏を含む5人だった。内容は後述するように、道路改革に必要な要点をきっちり押さえた立派なものだった。

ちなみに意見書に反対の今井敬委員長は委員長を辞任し、中村英夫委員も以降、委員会への出席を取りやめた。委員会は同意見書によって、二分されたのだ。

今井、中村両氏の事実上の辞任にもめげず、「松田案」のなかで、猪瀬氏らは「必要性の乏しい道路建設をストップし」40兆円に達する債務を「確実に返済していくことを第一優先順位とする」と敢然と主張した。「基本認識」として、公団方式による「高速道路等の建設は限界」だと断じ、「新たな組織は、自らの経営判断に基づき事業経営を行う」と強調した。

「早期の債務返済」と「規律ある経営」を担保するために、意見書は、機構と各会社の役割を明確に規定した。

機構は、「債務の返済、借り換えのみをその業務とする」とし、それ以上の権限を機構に持たせなかった。他方、前述のように会社については、新たな高速道路の建設は、「自社の経営状況、投資採算性等に基づき判断し、自主的に決定する」ことを定め、それを担保するために、「なお、工事により形成された資産は、新会社に帰属する」と続けて書き込んだ。

これがどれほど重要な意味を持つかは、猪瀬氏が誇る現在の民営化と比べれば明らかだ。現行の機構と道路会社の関係では、道路会社が作る高速道路が、工事完了時点ですべて、機構の保有に移ることはすでに指摘した。工事にかかった費用(債務)もすべて、機構が引き受け、返済も機構が行なうのである。会社にはなんの責任も残らない。だからこそ、会社は不採算路線でも構わずに作るのである。

一方、意見書に明記されたように、作った高速道路が会社の保有になれば、道路建設のための債務の返済も会社の責任になる。無責任な決断をすれば、会社の土台は揺るぎ、経営者は責任を負わなければならない。おのずと経営の規律が働き、不採算路線は作られなくなる。

もともと、猪瀬氏らが推した上下分離の構造こそ放漫経営を生み出す元凶である。だが、意見書に盛り込んだ歯止めがあれば、上下分離の下でも無責任経営は回避できる。「松田案」が実施されれば、道路改革は成功すると期待されたゆえんである。

ところが真の改革につながるはずの意見書の提出を受けた小泉首相は何を考えたのか、法案の作成を国交省に丸投げした。そして一年後、国交省が示した民営化案は完全な骨抜きだった。意見書をまとめた田中一昭氏と松田氏は憤りのあまり委員を辞任した。川本裕子氏は以降の委員会への出席を拒み、事実上辞任した。そして、猪瀬、大宅映子両氏だけが残ったのは周知のとおりだ。両氏は、意見書とは似ても似つかぬ偽物の改革案を評価したのだ。猪瀬氏の自己矛盾の闇はさらに続く。

道路局の作成した法案は、古賀誠氏らをはじめとする道路族の面々を満足させた。そして06年2月7日、高速道路の整備計画を決める国土開発幹線自動車道建設会議(国幹会議)が開かれ、整備計画に基づいて9,342キロメートルの全線建設が打ち出されたのだ。新聞はこれを「道路公団改革 骨抜き」(「読売新聞」06年2月8日朝刊)などの見出しで報じた。

だが、猪瀬氏はまたもや評価した。根拠は、9,342キロメートルのうち、「当面、着工を見送る区間」があるからだと述べている(「読売」同)。当面、着工を見送る区間は五ヵ所、100キロメートルあまりの短い距離だ。「抜本的見直し区間」と呼ばれる同区間が設けられたことを、氏は「高速道路の建設を凍結するという意味」「これまで止められなかった公共事業を、今回初めて止めたのは画期的」だと絶賛した。

「当面」見送られてもすでに予算復活の区間も現出

はたしてそうか。百歩譲って、100キロメートル余の着工を「当面」見送ることが「画期的」だとしても、問うべきは、それを誰が決めたのかという点だ。決めたのは高速道路建設を審議する国交大臣の諮問機関、国幹会議である。国幹会議はその前身の組織を衣替えするかたちで、01年1月に発足した。以来07年までに三回開かれたきりだ。だいたい2年に一回開かれる会議では、国交省が案を説明し、小一時間程度の議論で、国交省案が了承されてきた。国交省や道路族の隠れ蓑となっているのである。

そこで決定された「抜本的見直し区間」は、整備計画路線のすべてを作るというあからさまな計画を発表するのはさすがに憚られたために、「改革派の顔を立てただけ」(「読売」同)の見直しを演出したのであり、取り繕いにすぎない。繰り返しになるが、建設の主体となる道路会社はなんの決定権も与えられていない。すべてが改革以前の旧状と同じなのである。

いくら猪瀬氏が弁明しても、民営化はこの点で完全な失敗なのだ。

さらに抜本的見直しの意味を、猪瀬氏に問うてみたい。物書きならずとも、「当面」の意味するところはわかるはずだ。当面とは、その決定はあくまでも当面であり、いつか状況は変わるというのが前提である。

事実、道路局は、当面着工しないと言いながら、工事費を予算に組み込んでいる。機構と西日本高速道路株式会社との協定によれば、第二名神の大津市~城陽市間の25キロメートルと、八幡市~高槻市間の一10キロメートルは工事予算が「収支予算の明細」のなかに、すでに組み込まれているのである。取りも直さず、同区間の事業費と供用予定年月日などはすべて確定されているということだ。

姑息な彼らは、四五年間の収支一覧表に、小さな文字で数字をびっしりと書き込み、その表の下に、これまた小さな文字で(注)を入れた。拡大鏡で読むと、抜本的見直し区間の「残事業費も含めて算出」と記されている。

なんと見え透いていることか。だが、偽りの民営化を評価し続ける限り、猪瀬氏は国交省のこの見え透いた弁明にしがみつかなければならない。他人事ながら気の毒なことである。

それにしても、02年の意見書の内容と、03年の骨抜きの合意、その後の“改革”のあり方はまったく相いれない。にもかかわらず、その双方に賛同する猪瀬氏の自己矛盾の闇は深い。

私はかつて、氏における矛盾と偽りについて、『権力の道化』(新潮社、現在は『改革の虚像 裏切りの道路公団民営化』として文庫本化)で触れたが、氏は「大反論!」でも同じ過ちを犯している。「公団民営化の成果の尺度は9,342キロメートルという距離ではなく、半減した投資額だ」と断言して、自分の行なったコスト削減こそが民営化の成果だと強調したが、二年前の06年、「週刊文春」3月2日号の「ニュースの考古学」では正反対の考え方を披瀝している。関西の政財界と西日本高速道路会社の石田孝会長らが第二名神の「抜本的見直し区間」の建設を首相官邸に陳情した件を取り上げ、次のように書いた。

「僕も石田会長に、ダメですよ、と伝えた。石田会長は『(10,600億円から)6,800億円にコストダウンできるのでやりたい』と主張した。ダメなものはダメなんですよ、官邸もダメだと言ったでしょ、と繰り返し警告したのに、まだよくわかっていないようだ」
二年前にはコストダウンしてもダメだと言い、今日においては、「9,342キロメートルという距離の枠内で」「費用をどう抑制するか」が「最大のポイント」だと主張を反転させている。

そして三度、指摘すべきは、民営化が正しく行なわれていさえすれば、不採算路線の建設を西日本高速道路会社が望むはずがないということだ。常識で考えれば、不採算路線を建設し、返済し切れない借金を抱える愚は、健全な企業なら金輪際、犯さない。

だが、自らの失敗を糊塗することばかりに考えを巡らしていれば、猪瀬氏がそうした点に気づかないのは当然であろう。失敗を成功と言いくるめる前に、自らの発言の矛盾を厳しく問い直すべきであろう。

トラックバックURL

http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2008/04/26/%e3%80%8c%e7%8c%aa%e7%80%ac%e7%9b%b4%e6%a8%b9%e6%b0%8f%e3%81%ae%e3%80%8c%e5%a4%a7%e5%8f%8d%e8%ab%96%e3%80%8d%e3%81%ab%e5%8f%8d%e8%ab%96%e3%81%99%e3%82%8b%e3%81%9d%e3%82%8c%e3%81%a7%e3%82%82%e9%81%93/trackback/

「ヒラリー、感情を克服できるか」

『週刊新潮』’08年4月24日号
日本ルネッサンス 第310回


演壇ですれ違ったヒラリー・クリントンとバラク・オバマ両氏。笑みを作った表情には、白い歯がこぼれている。だが、その眼光は凄まじい強さで相手にとどめを刺そうとしているかのようだ。両氏の対立が険しい感情的対立に陥ってしまっていることを示す写真だった。

二人は4月13日の日曜日、米国ペンシルベニア州メサイア・カレッジで「信仰と正義(faith & justice)」をテーマに、聴衆を前にして、一人ずつCNNと米誌『ニューズウィーク』の記者の問いに答えたのだ。

「信仰と正義」についてがっぷり四つに組む大統領候補の考えに耳を傾ける米国人。彼らにとって、宗教が生活のなかにどれほど深く根づいているかを改めて痛感させる。先に登壇したクリントン氏は、ここぞとばかりにオバマ氏を攻めた。オバマ氏が非公開の資金集めの集会で「貧しい労働者が、銃に執着し、宗教にすがっている」と発言したとされた点を激しく非難したのだ。
22日に予備選挙が開かれるペンシルベニア州は、低所得の白人層が多い。宗教的にはカトリック教徒と保守的なエバンジェリカルが多数を占める。オバマ氏よりもクリントン氏が有利と見られる同州で勢いをつけ、圧勝出来れば、現在までオバマ氏優勢で推移してきた予備選挙の流れを、或いはクリントン優位に変えられるかもしれないのだ。攻撃はヒラリーの最も得意とする武器である。彼女は力強い声で言った。

「オバマ氏はエリート意識で凝り固まっている。庶民の感覚をわかっていない。有体にいえば尊大である」
対して、そのあとに登壇したオバマ氏は「私の発言を曲解し、歪めている」「私の発言は、私自身も大切にしている信仰を貶めるものではない」と弁明。貧しいときに神に縋るのは人間として当然だとも語った。そのうえでオバマ攻撃を続けるヒラリーに対して「クリントン氏は、本当のところ、わかっているはずだ。(にもかかわらず歪めて攻撃する。)恥を知れ!」と言い放った。

2月にはヒラリーもオバマ氏に「恥を知れ!」と言い放っている。彼女は諄々とした語りかけにおいても巧みだが、理路整然と舌鋒鋭く、時に声を荒らげての攻撃には並ではない迫力がある。そんな現在の彼女を髣髴とさせる学生時代のエピソードがある。


開学以来初の卒業演説

米国の名門女子大、ウェルズリーを卒業するときのスピーチである。同大では、それまで学生代表が卒業式で演説したことはなかった。にもかかわらず、ヒラリーが演説することになったのには、人種差別撤廃を訴えたマーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺があった。1968年4月、キング牧師が暗殺された。65年に北爆を開始して以来、リンドン・ジョンソン大統領の下で、米国はベトナム戦争への深入りを本格化させていた。そして68年6月、キング牧師に続いて、ロバート・ケネディも暗殺された。

ウェルズリーでのヒラリーの級友、E・D・アチソンが語っている。
「ベトナム戦争と暗殺によって、私たちの級友の多くが、ほとんど死に物狂いになって政治に関わるようになったと思います」
ウェルズリーの女子学生たちは、自分たちが警鐘を鳴らさなければならないと考えた。卒業式は単なる式典であってはならず、社会にメッセージを発信する場でなくてはならない、そのために学生代表の演説が必要だと考えた。数か月にわたる学長との交渉で、ついに、学生たちに演説の機会が与えられた。共和党リベラル派で黒人の上院議員、エドワード・ブルックの記念講演の後に、学生代表の演説という開学以来の名誉を担ったのはヒラリーだった。

彼女は何週間もかけて草稿を練った。だが当日、会場でブルック上院議員の演説に耳を傾けていたヒラリーは、練りに練った原稿を捨て去り、その場で、即興で、年長の政治家のスピーチに挑戦したのだ。

彼女は語った。「あまりにも長い間、私たちの指導者は、政治を可能性の手段として用いてきました。今求められているのは、不可能に見えることを可能にするための手段としてこそ、政治を用いることです」
人種差別、戦争、暗殺、憎しみの連鎖といった混乱のまっただ中で立ちすくみ続ける米国であってはならないというヒラリーの訴えは、「ウェルズリーの森を揺り動かした」。米国の政治の現状を鋭く批判した彼女の力強い言葉に、全員が起立し、7分間にわたる嵐のような喝采が贈られたと、政治ジャーナリストで多くの政治家の評伝を著してきたゲイル・シーヒーが書いている。これは彼女の級友の多くが、ヒラリーこそ、米国で初めての女性大統領になると、信じ始めた瞬間でもあった。


女性大統領になりたいなら

ではヒラリーは、実のところ宗教についてどう考えてきたのか。ペンシルベニアでの討論会で、彼女はローマ法王、ベネディクト16世の世界各地での厚生と貧困への取り組みを高く評価し、聴衆に語りかけた。

「子供のときから日々、神の存在を感じてきました」「その感覚が信じ難いほどにしっかりと続いてきたこと自体、神の恵みです」
神は夫の不貞に際しても自分を支えてくれたが、神の恩恵は苦しいときだけではなく、喜びのときにももたらされたと、彼女は語る。「人生の生き甲斐を実感させる高揚した気分になれるとき」や「森のなかの散歩、夕陽の沈むのを眺めているとき」にも、自分は神を身近に感じたというのだ。彼女はメソジストとしての自分を、信仰心の篤い有権者に上手にアピールした。だが、シーヒーの評伝を読むと、ヒラリーが心の依り処としているのは、宗教よりも生身の人間だと思われる。

彼女のロールモデルはフランクリン・ルーズベルト大統領夫人のエレノアだと言われる。フランクリンがエレノアに会ったとき、彼は「お気楽で口が軽く、軽薄なマザコン男」だったとシーヒーは書く。まるでビル・クリントンのイメージである。対するエレノアは真摯で倫理観が強く、理性的な女性だった。エレノアのイメージは、これまたヒラリーのそれに重なる。野望に燃えていたフランクリンは、セオドア・ルーズベルト大統領の姪であるエレノアこそが、人脈、資質において、自分を大統領に押し上げ、支えてくれる女性だと直感したのだ。事実、彼は大統領となり、エレノアは歴史に残る大統領夫人となった。

トラックバックURL

http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2008/04/24/%e3%80%8c%e3%83%92%e3%83%a9%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%80%81%e6%84%9f%e6%83%85%e3%82%92%e5%85%8b%e6%9c%8d%e3%81%a7%e3%81%8d%e3%82%8b%e3%81%8b%e3%80%8d/trackback/

「中国のチベット弾圧を日本の首相、仏教界は黙認するのか」

『週刊ダイヤモンド』2008年4月19日号
新世紀の風をおこすオピニオン縦横無尽736

4月5日の関西テレビの番組「ぶったま」をユーチューブで見た。独立総合研究所所長の青山繁晴氏が司会した同番組に、天台宗別格本山書写山圓教寺の執事長、大樹玄承氏が出演し、チベット問題について発言した。

別格本山は本山に準ずる格式の高い寺という意味で、書写山は山号、圓教寺が寺号である。緊張した面持ちで大樹氏は仏教者として語った。
「チベットで抗議行動が発生したあと、中国政府が選んだ少数の(外国メディア)記者がチベット入りしました。彼らが訪ねたお寺は、通常なら線香の煙でモヤモヤしているのですが、境内の空気は澄んでいました。そして記者たちの所にチベットの僧侶たちが駆け寄り、泣きながら訴えました。『境内にいる人たちは参拝者ではありません。中国の監視員です。どうか、彼らの言うことを信じないでください』と」

境内の空気が澄んでいたのは、線香を焚いてお参りするという宗教的行為がまったく行なわれていないからだ。
「チベット僧の訴えは、文字どおり命懸けでした。それを聞いて、日本の僧としてなにもしなくてよいのかと自問しました。チベット仏教が滅びなんとする今こそ、仏教者として発言しなければならないと考えました」
こう述べた大樹氏は声明を読み上げ、五輪で訪中する仏教者や檀家、信徒に考えてほしいと次のように訴えた。
「今、中国政府に対して毅然として発言できなければ、仏教に帰依する者として、いったい、日本で何が言えるのか。今が最後のチャンスです」

氏は、日本人が言うべきこと、行なうべきことを具体的に述べたわけではないが、その心情は、登山家の野口健氏の月刊誌「Voice」五月号での提言と重なるのではないか。

たびたびチベットを訪れて、日常的に中国人がチベット人を「木の棒でひっぱたく光景をよく見かけた」野口氏は、「いちばん避けるべきは、無責任にオリンピックに参加すること」だと断言する。ただし、「単純にボイコットせよ、ということではなくて、ボイコットはしない。代わりに調査団を設置させよ、ダライ・ラマとも直接対話会を行なえ」と言うべきだと主張する。
氏の父上は雅昭氏、外交官で京都文教大学教授だった。父上は「戦後教育が日本の心を壊していくのを目の当たりにした」と語ったそうだ。「中国もチベットに対して同じことをやろうとしている」と野口氏は指摘する。

チベット出身のペマ・ギャルポ氏は、かつて存在した四4,500の寺院も、15万人の僧も大幅に減らされたという。
「しかも残った寺院は信仰の場ではなく、観光のためにあるのです。寺では、中国礼賛の共産主義愛国教育が行なわれています。ダライ・ラマ法王一四世がおっしゃるチベット文明の虐殺が行なわれているのです」と訴える。

さて、大樹氏の問題提起を天台宗はじめ日本の仏教界はどう受け止めたか。
「悲しいことに反応はありません。だんまりを決め込んでいます」と氏。

日本での聖火リレー開始前に「平和への祈り」を捧げるという声もあるそうだが、はたしてそれで十分か。
「天台宗は、日中国交正常化後、日本の天台宗発祥の地として浙江省天台県の天台山国清寺の復興に尽力しました。すべてのやりとりは中国政府を経由するため、北京五輪を批判して、国清寺との関係が切れることを恐れている可能性もあります。しかし、長年積み重ねてきた友好関係が、関係者が言うべきことを言ったという理由でつぶれるとしたら、日中の友好自体にいったいいかほどの価値があるのでしょうか」

仏教界も、現在に至るまで物言わぬ福田康夫首相も、チベット弾圧を続ける中国での五輪開催を、留保もせずに支援するつもりか。だとしたら、それはチベット仏教とチベット人を滅ぼすことに手を貸すことになると、はたして自覚しているだろうか。

トラックバックURL

http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2008/04/19/%e3%80%8c%e4%b8%ad%e5%9b%bd%e3%81%ae%e3%83%81%e3%83%99%e3%83%83%e3%83%88%e5%bc%be%e5%9c%a7%e3%82%92%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%ae%e9%a6%96%e7%9b%b8%e3%80%81%e4%bb%8f%e6%95%99%e7%95%8c%e3%81%af%e9%bb%99/trackback/

「北京五輪、日本こそ異議を唱えよ」

『週刊新潮』’08年4月17日号
日本ルネッサンス第309回


北京五輪聖火リレーの走者でフランスの元テニス・プレーヤー、アルノー・ディパスカル氏が、炎の消えたトーチを手に茫然と立ち尽くしている。なんと象徴的な映像だろうか。

ロンドンでは警官隊2,000名による警備が、度々破られた。パリ市当局は、ロンドンの二の舞を防ごうと、3,000名の警官を配置して、外国のVIPを迎えるのと同じ厳戒態勢で臨んだ。マシンガンで武装した警備兵がリレーコース沿いの地下鉄入口に立つなか、聖火は、フランス国家警察機動隊の車輛48台をはじめ500名を超える機動隊員や警官隊らに守られて運ばれた。

それでも隊列は破られ、聖火は4度も消された。激しい抗議に直面して、聖火を消さざるを得ない異常事態の発生は前例がない。パリでのリレーは途中で打ち切られ、トーチと種火はバスで最終地点に運ばれた。

北京五輪の聖火リレーは、明確に失敗したのだ。国際社会は、チベットに対する中国の弾圧に烈しく抗議しているのである。

他方、中国国営の新華社通信は「パリでの聖火リレーはスムーズに始まったが、途中で抗議に遭い、バスの中に避難した」「パリ市民はチベット独立分子による妨害行為に憤りを感じている」として、国際世論は北京五輪を支援していると強調した。

明らかに真実は逆である。五輪開会式への出欠を明確にしていないサルコジ仏大統領の欠席を、いまや62%の人々が支持し、欠席を示唆する各国指導者には、ナンシー・ペロシ米国下院議長、プラスニク・オーストリア外相、レインデルス・ベルギー副首相らがいる。ポーランド首相、ドイツ首相、チェコ大統領は欠席を表明済みだ。

チベット人が命を賭けて問うているのは、他民族を武力で弾圧し続ける一党独裁国家の蛮行を、国際社会は黙認するのかという問いだ。そして国際社会には、中国の弾圧を見過ごすことは出来ないとの断固たる思いが広く深く存在する。


見るに意味なし、NHK

これまで政治とスポーツは別との立場をとってきたIOC(国際オリンピック委員会)のロゲ会長でさえ、4月7日、各国オリンピック委員会連合(ANOC)総会の開かれた北京で「チベットにおける対立の速やか、かつ平和的な解決」を求めた。ノルウェーオリンピック委員会委員長のポール氏は「聖火リレーの計画変更が必要か否かの検討をしなければならない」と述べた。計画変更がリレーのコースや規模の変更なのか、リレー自体の取り止めなのかは定かではない。しかし、これまで目を向けなかった大規模抗議活動に、IOCが留意せざるを得なくなったのは確かである。

中国政府は、それでも強気である。「通過国当局に順調なリレーを保証する義務がある」とし、各国に警備態勢の強化を求めたのだ。そのような中国に対して、リベラルな論調と中国贔屓で知られる米国東海岸の新聞、「ボストン・グローブ」が4月8日、「北京の主敵」という社説を掲げた。「北京五輪が近づくにつれて、中国当局は、中国共産党支配を批判する言論人、チベット仏教の僧侶たち、新疆の回教徒などの弾圧に乗り出した。彼らは国家の敵とされ、収容所に拘束されている」と指摘した。「中国の頑なな独裁者たちの常軌を逸した支配は、彼らに対する国際社会の批判が正しいことを証明しているのである。急激な経済成長を遂げても、人権尊重において、五輪主催国に相応しい資格を欠くこと甚だしい」、中国当局こそが、北京五輪の敵なのだと結論づけた。

翻って日本はどうか。
7日、聖火リレーのトーチが当局によって消されたという衝撃のニュースを、私は20時すぎの「CNN」で知った。「BBC」に切り換えてみると、「炎が消された」との確認情報をパリ支局が報じていた。飛行機などを駆使する聖火の運搬では、種火だけを運ぶこともあるのだろうが、大規模な抗議行動の前に、トーチの炎を消さざるを得ない状況に追い込まれたのは、異常中の異常で、北京五輪はまさにこの点でも歴史に残るだろうと考えた。それだけに、同ニュースを21時のNHKニュースがどう伝えるのか、大きな関心があった。

だが、NHKは一言も報じなかった。事件発生から、30分以上がすぎているのに、21時のニュースで報じないのは何故か。情報が入手出来ていないのか。とすれば、速報を旨とするテレビ報道では落第である。それとも、情報は入手していても、伝えなかったのか。とすれば、情報の価値への適正な判断が出来ないという点でこれまた落第である。NHKの報道は見るに意味なし、聞くに意味なし。その点で受信料を払う甲斐もないと嘆息するゆえんだ。

福田康夫首相も存在意義を欠く。チベット人の抵抗について、事態を把握していると思わせる首相発言は、皆無である。古くからの日本とチベットの関係、多くの価値観の共有、親日であり続けてきたチベットの近代史を考えれば、いまこそ日本政府が物を言わなければならない。


「親日」チベット人の国旗

両国関係はダライ・ラマ13世が統治した1910年代、仏教関係者を軸にした交流から始まる。チベット出身のペマ・ギャルポ氏が語る。
「13世は、日本の東西本願寺と密接な関係を築きたいと切望し、仏教国として留学生交換制度を作りました。仏教同盟で結ばれた両国間には軍事的な絆もありました」

ちなみにチベットは、7、8世紀にかけて軍事大国として力を誇った。その後、仏教への帰依が強まり、日本で言う戦国時代を経て、ダライ・ラマを頂点とする仏教国へとチベットは変遷を遂げたのだ。
1910年代以降、チベットとの関係を日本は開拓し、13世が進めたチベット近代化を支援した。軍事面でも最新式の軍事教練をチベットに施した。ペマ氏が解説した。

「チベットは同じ仏教国で、先進国だった日本に親しみを抱いたのです。そして第二次世界大戦のとき、チベットは連合国から基地として国土を使わせてほしいと要請されます。中国で勢力を拡大する日本に対抗するためです。日本との友好関係に基づいてチベットは断りました。日本は敗れましたが、チベット人は今でも親日です」

チベットの国旗はダライ・ラマ13世と親交のあった青木文教氏の助言を得て現在のデザインになったとも、ペマ氏は語る。
そんなチベットで進行中の人権弾圧と、民族浄化と呼ぶべき「チベット文化の虐殺」に蓋をしたままの中国に、平和と友好のためのスポーツの祭典を開催する資格はあるのかと、国威発揚を目論む中国に、日本はどの国よりも抗議をしなければならない。首相が中国を気にして言えないのなら、心ある政治家たちが、声を大にして発言すべきだ。

トラックバックURL

http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2008/04/17/%e3%80%8c%e5%8c%97%e4%ba%ac%e4%ba%94%e8%bc%aa%e3%80%81%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%93%e3%81%9d%e7%95%b0%e8%ad%b0%e3%82%92%e5%94%b1%e3%81%88%e3%82%88%e3%80%8d/trackback/

「映画“靖国 YASUKUNI”で真に問われるべき問題」

『週刊ダイヤモンド』2008年4月12日号
新世紀の風をおこすオピニオン縦横無尽735


ドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」は、都内四館、大阪市内一館での公開が決まっていたが、突然の上映中止となった。

中止を決めた映画館側は「営業上の総合的判断」「観客や近隣に迷惑がかかる」などを理由として挙げている。
靖国神社問題は、中国が政治問題として取り上げ続ける問題だ。それだけに、日本としては、他の問題以上に、靖国神社に関する表現の自由を損なわないよう、特段の注意を払わなければならない。さらに、日本はなにがあっても、言論、表現、思想信条の自由を重視し、守っていく国でありたい。にもかかわらず、なぜ、上映中止となったのか。

きっかけは稲田朋美衆議院議員の問題提起だとされる。メディアによっては、稲田氏の問題提起を、事前検閲だと断罪した。だが、同映画はすでに日本国内の複数の地域で試写会が行なわれており、韓国、米国、ドイツなどの国際映画祭で上映されている。したがって事前検閲との批判は当たらないだろう。なによりも稲田氏自身、上映自粛などはまったく求めていない。氏は、問題提起の理由を次のように述べた。

「同作品には、文化庁所管の独立行政法人、日本芸術文化振興会(以下、振興会)が750万円を助成しています。私は、この助成金の妥当性を問うたのです。映画の内容、製作者を見れば、疑問を抱かざるをえないのです」
振興会の助成金は日本映画に与えられる。日本映画とは「日本国民、日本の永住者、または日本の法令に基づいて設立された法人」が製作する作品とされている。稲田氏が指摘する。
「製作会社の龍影は、日本の法令に基づいて設立された法人ではあります。しかし、取締役は全員中国人で、しかも、龍影自体が、1993年に中国中央テレビの日本の総代理会社として設立された法人です」

振興会の助成金供与が内定した2006年以降、龍影は北京映画学院青年電影製作所と北京中坤影視制作有限公司を、新たな共同製作者に加えた。製作総指揮者、監督、プロデューサー、全員が中国人だと見てよいだろう。とすれば、助成を受ける資格そのものを欠いていることになる。

「第二に、龍影は助成金申請に当たってイデオロギー的な立場を離れて多面的に靖国神社を描くと説明しています。しかし、完成作品ではイデオロギー的主張と政治的色彩が前面に立っていると言わざるをえません」
稲田氏は、具体例として、映画に登場する主人公たちを挙げた。
「靖国神社は侵略戦争の象徴で、天皇のために死ぬ国民を育てる装置だと主張し、小泉純一郎総理の靖国参拝に関連して裁判を起こしている人びとが主に取り上げられています。靖国訴訟の原告団団長もその一人です。
また、靖国刀という、神社とは無関係の刀を作る匠も重要人物として登場し、日本刀で残虐行為が行なわれたというイメージを作り上げています」

映画の最終場面では「南京大虐殺」の「百人斬り」に関連する写真が大写しになる。中国側の捏造と判明している写真も含めて、強烈な印象を残す。それらの合間に、若き昭和天皇の参拝のフィルムと、それを見守る国民の映像が挿入されている。

南京大虐殺説を主張する学者らの諸論点は、すでに論破されている。だが、中国共産党政府は、頑なにそうした事実に背を向け、イデオロギーに傾く。中国共産党のその視点を製作軸にしたかのような「靖国」に、日本の文化庁由来の助成金を与えるのはおかしいという稲田氏らの指摘はもっともである。

「靖国」上映は中止されたが、むしろ私たちは、事実がどのように曲げられていくのかを、この映画で学ぶのがよいのである。そのうえで、同映画に与えた助成金とその審査方法について、厳しく問い続けることが重要だ。

トラックバックURL

http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2008/04/12/%e3%80%8c%e6%98%a0%e7%94%bb%e3%80%8c%e9%9d%96%e5%9b%bd%e3%80%80%ef%bd%99%ef%bd%81%ef%bd%93%ef%bd%95%ef%bd%8b%ef%bd%95%ef%bd%8e%ef%bd%89%e3%80%8d%e3%81%a7%e7%9c%9f%e3%81%ab%e5%95%8f%e3%82%8f%e3%82%8c/trackback/

「チベット問題、首相は強く抗議せよ」

『週刊新潮』’08年4月10日号
日本ルネッサンス第308回


福田康夫首相は3月29日、チベットへの弾圧を続ける中国政府に関して、「声高に批判したり、いまから北京オリンピックと関連付けることは、今の段階で適当かどうかよく考えないといけない」「関係者間で冷静に解決してほしい」と述べた(『産経新聞』3月30日付)。

チベット問題の実態を弁えない首相が、一方的に中国政府側に偏った立場に立っているのは明らかだ。今回の騒乱に関して誰が最初に異議を唱えたか。それを知れば、首相の言う〝関係者間での冷静な解決〟が冗談に聞こえる。チベット人が置かれている現状は、それほど厳しいのだ。

3月10日に端を発するチベット騒乱は、僧侶たちの平和的なデモに中国政府の武装警備隊が弾圧を加え、暴動となって拡大、真っ先に声をあげたのがパンチェン・ラマのギャンツェン・ノルブ氏だった。
「我々は民族の結束を破壊し、国家を分裂させる如何なる動きに対しても、断固として反対する」

チベット人で、現在は日本に住むペマ・ギャルポ氏が語った。
「パンチェン・ラマのパンはパンリッタ、大学者という意味です。チェンは大きいという意味。つまり、パンチェンは大大学者という意味です。パンチェン・ラマは必ずしもダライ・ラマ法王の後継者の位置づけではありません」

だがそのような高位の僧が、今回の僧侶たちの抵抗運動を強く非難したのだ。なぜ、彼は他の僧侶たちとともに、チベット仏教を守るために立ち上がらないのか。背景にはチベット仏教の悲劇がある。

ダライ・ラマ14世は1995年に当時6歳だった少年、ゲンドゥン・チューキ・ニマ氏をパンチェン・ラマ11世として認めたのだが、悲劇はその直後に起きた。6歳の幼子が家族とともに姿を消したのだ。彼らを連れ去った中国政府は、別の少年、ギャンツェン・ノルブ氏をパンチェン・ラマに指名した。

以来、ニマ少年と家族の消息は不明である。昨年3月13日、米下院外交委員会チベット問題の公聴会では、「中国当局により12年間(現在では13年間)も隔離されている」ニマ氏の件が取り上げられた。チベット問題特別調整官のドブリアンスキー国務次官はニマ少年と国際社会の接見要求を拒み続けている中国政府に、不快感を示した。

パンチェン・ラマの言葉


他方、中国政府はノルブ氏を後援し、国際社会に紹介した。
「一昨年、中国政府は杭州で世界仏教フォーラムを開催し、ノルブ氏をデビューさせました。しかし、世界の仏教界の指導者の、誰も、ノルブ氏を真のチベット仏教のパンチェン・ラマだとは認めなかったのではないでしょうか」と、ペマ氏。

前述のようにノルブ氏は、僧侶らの抵抗を民族の結束を破壊するとして非難したが、それは中国共産党に向けられるべきものだ。中国のチベットへの軍事侵略と大弾圧は、1959年にチベット動乱と呼ばれる大々的な暴動をひき起こした。中国政府は9万人近い僧侶らを虐殺、ダライ・ラマ14世は、インドに亡命した。すると、中国政府は、パンチェン・ラマをチベット仏教の次の指導者として立てるべく画策した。彼らはパンチェン・ラマ10世のチューキ・ギャルツェン氏をラジオ局に連行し、ダライ・ラマ14世を誹謗させ、代わりにチベット仏教の指導者になることを宣言させようとしたのだ。

しかし、マイクの前に立ったパンチェン・ラマ10世は当時21歳。彼は大きく息を吸って一気に語った。
「私は、一日も早く、ダライ・ラマ法王が黄金の座に戻ることを期待します」

この言葉は、全チベット人の思いを反映したものだったに違いない。また、それはチベット仏教の教えでは、正しいことだったとペマ氏は主張する。チベット仏教では、パンチェン・ラマは、ダライ・ラマの教師ではあっても、ダライ・ラマの代行者とはなり得ないからだ。パンチェン・ラマをダライ・ラマの後継者と位置づけたのは、中国共産党の御都合主義でしかない。ペマ氏が語る。

「ダライ・ラマは、入寂すると別の人間の姿となって生まれかわります。ダライ・ラマの死に際して、チベット仏教界は摂政を選びますが、それはダライ・ラマの生まれ変わりを見つけ、育てるためです。その間の仏教の教えは、チベット仏教を支える四つの宗派が各々、行います。ダライ・ラマ入寂の日以降に生まれた子供のなかから、次世代のダライ・ラマが選ばれ、僧侶らによって教育されていくのが本来の在り方なのです。

ところが中国共産党は、パンチェン・ラマをダライ・ラマの後継者にすると決めた。これはチベット仏教を根底から覆すものです」

チベット文明の虐殺


さて、ラジオ放送で中国共産党の指示に逆らったパンチェン・ラマ10世はどうなったか。彼はその後、逮捕され、刑務所にブチ込まれた。そこで彼は10年間を過ごした。解放後も続いた中国当局の厳しい監視の下で、彼は最後の声を発した。
「我々は中国支配のなかで得たものより、はるかに多くを失った」

同声明の3日後、1989年に、彼は51歳で息を引きとった。先述したニマ少年は、10世の死の後に生まれた男の子だったのだ。
チベット社会は、いま、完全に中国共産党の支配下にある。社会の上位の役職に就き、潤っている人ほど中国政府への忠誠の証しとしてダライ・ラマ法王への非難を表明しがちだ。中国共産党の支配こそが、チベット民族を分断しているのだ。

チベットに関して中国政府が目指すのは三点に絞られるだろう。①ダライ・ラマ法王の死、②パンチェン・ラマ11世によるチベット仏教の支配、③中国共産党による次世代のダライ・ラマ選出。つまり、チベット人の心を支える仏教を、中国共産党が支配し、「チベット文明の虐殺」と呼ばれる事実上のチベットの死を目指しているのだ。

そのために中国政府は、活仏(生き仏)転生を中国政府の許可制とする「チベット仏教活仏転生管理規制」を昨年9月に施行した。共産党政府が幾千年もの歴史を持つチベット仏教を管理するのだそうだ。馬鹿気ているが、中国共産党は本気だ。そのためにはどんな犠牲も厭わない。

切迫した危機感のなかで、ダライ・ラマ法王は宣言した。「自分は共産党の下では生まれかわらない」と。中国共産党が選ぶ如何なる人物も、ダライ・ラマではあり得ないと表明したのだ。

チベットの人々が命をかけて闘ってきたこの半世紀余りの歴史に、なぜ、わが国の福田首相は目を向けないのか。中国に偏するあまり、その圧政下で苦しむ民族に、他人事のような視線しか向けられないとしたら、福田氏は首相として失格である以前に、人間として失格なのである。

トラックバックURL

http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2008/04/10/%e3%80%8c%e3%83%81%e3%83%99%e3%83%83%e3%83%88%e5%95%8f%e9%a1%8c%e3%80%81%e9%a6%96%e7%9b%b8%e3%81%af%e5%bc%b7%e3%81%8f%e6%8a%97%e8%ad%b0%e3%81%9b%e3%82%88%e3%80%8d/trackback/

「台湾総統選、馬氏勝利の要因とその背景にある米中の合意」

『週刊ダイヤモンド』   2008年4月5日号

新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 734

台湾総統選挙で、国民党の馬英九氏が勝利した。根っからの親中派と見られてきたにもかかわらず、総人口2,300万の85%が本省人(台湾人)の台湾で、外省人(戦後中国大陸から台湾に渡った中国人)の馬氏が大勝したのはなぜか。
最大の要因は、氏が台湾人意識を積極的に取り入れたことだろう。かつて、台湾の大学生たちは、自らを中国人と見なした。いまや自分は中国人だと答える学生は7%以下に減った。それだけ深まった台湾人意識に、馬氏は巧みに働きかけたのだ。選挙戦終盤、氏の発言は、かつてなく、台湾人意識を反映させ、表現も強くなった。
3月18日、中国の温家宝首相が「台湾もチベットもどちらも(中国の)統一、主権と領土保全にかかわる問題だ」と発言すると、馬氏は「きわめて尊大で、横暴で、失礼だ」と激しく反論し、「台湾の将来は台湾の2,300万人が決める」と述べた。かつて「台湾の将来は(台湾の)両岸の華人が話し合って決める」と語ったのとは対照的だ。中国の介入を許さないと宣言し、台湾自決主義に立脚したのである。
さらに馬氏は、チベットの僧侶らのデモを中国が武力で弾圧したことに関して、「北京五輪のボイコットもありうる」と語った。中国政府が最も神経質になっている問題に「ボイコット」という究極の抗議を突きつけたのだ。馬氏の対中強硬姿勢は台湾の人びとを安心させた。「総統になったからといって、すぐに台湾が中国に統一されるわけではないかもしれない」と。
平たくいえば、馬氏は対立政党の民進党の価値観を採り入れたのだ。それが大勝の要因だった。今回の選挙結果は、「外省人の勝利」「本省人の敗北」と表現されるが、実態は台湾人意識と台湾自決主義の勝利だったのだ。
そこで問うべきは、台湾は自決主義をどこまで貫けるか、それは台湾を台湾人の国として存続させる力になりうるかという点だ。答えは、米中両国の動きのなかにある。馬氏の勝利の背景に米中の合意があったはずだ。両国は揃って民進党の陳水扁政権を忌み嫌った。独立志向を強める陳総統にライス米国務長官は反対を表明し、中国は陳総統憎しで政治対話の道も閉ざしてきた。現状維持を望む米国と、ほんのわずかの独立への動きも封じ込めたい中国の思いはぴったり一致し、両国は氏を、それぞれのかたちで支援した。
こうして誕生した馬政権について、李登輝元総統は、米国と馬氏の関係は非常に深く、中国はいずれ馬氏を問題視するときがくると指摘した。馬氏は決して単純な親中派ではなく、むしろ米国流の価値観に基づいて、台湾人意識と台湾自決主義を守っていくと示唆しているわけだ。
百戦錬磨の大政治家、李氏の指摘は奥が深い。だが、馬氏がどのような国家運営をするかを判断するには、まだ早過ぎる。確かなことは、米中両国を軸にしたアジア情勢が気になるかたちで動き続けていることだ。
3月12日、米海軍のキーティング太平洋司令官が、中国軍幹部から太平洋の分割支配を提案されたと、米国上院軍事委員会で証言した。同軍幹部は、ハワイ以東を米国が、以西を中国が支配しようと真顔で提言したという。
中国が描くのは、米ソが二分して支配したかつての世界秩序のかたちだ。そして、中国は旧ソ連邦的な対米敵対姿勢を採らない。米国はそのぶん中国に誘引されやすい。米中が手を打てば、台湾は即中国にのみ込まれ、馬政権が台湾自決主義を尊重しても無意味になる。また日本は深刻な孤立に直面する。
こうした事態には自力で立ち向かうしかなく、日本はまさに今、最悪の事態を念頭において覚悟を固めなければならないのだが、福田康夫・小沢一郎両氏にはそんな考えは露とも浮かばないのであろう。まさに政治の貧困で日本は力を落としていくのである。

トラックバックURL

http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2008/04/05/%e3%80%8c%e3%80%80%e5%8f%b0%e6%b9%be%e7%b7%8f%e7%b5%b1%e9%81%b8%e3%80%81%e9%a6%ac%e6%b0%8f%e5%8b%9d%e5%88%a9%e3%81%ae%e8%a6%81%e5%9b%a0%e3%81%a8%e3%81%9d%e3%81%ae%e8%83%8c%e6%99%af%e3%81%ab%e3%81%82/trackback/

「台湾総統選“国民党圧勝”は日本の危機」

『週刊新潮』’08年4 月3日号
日本ルネッサンス【拡大版】 第307回

国民党・馬英九氏が大勝利した台湾総統選挙は異様に盛り上がった。対立候補の与党民進党・謝長廷氏は台北中心部で選挙運動の最後の瞬間まで訴え続けた。
「中国は、台湾は中国の一部だと主張している。私が敗退すれば、中国の主張は世界に浸透する。私が当選すればそれはなくなる」
「逆転勝ち!」の黄色の文字を染め抜いた揃いの黒地のTシャツを着た群衆は涙ぐんで叫び返した。
「勝てる!」「逆転出来る!」

当初、馬氏に支持率で大きく水をあけられていた謝氏は、ラサ暴動に際しての中国のチベット弾圧などを追い風として、ギリギリ追いついたと、多くの支持者が考えた。彼らは台湾語の歌「あなたは私の宝物」を熱唱、大群衆はひと塊りとなって共鳴し、台湾人の勝利の予感に打ち震えた。それは日本で見かけたことも体験したこともない、尋常ならざる熱気だった。

翌日の投票結果は、しかし、民進党の大敗だった。勝利した国民党の馬英九氏は午後7時半、当選大集会に姿を見せた。打ち上げ花火の連打と、パーンという独特のサッカーホーンが鳴り響く中、馬氏がステージに上がると、耳をつんざく大歓声が湧き起こった。
「これは、私個人の勝利ではありません。国民党の勝利でもありません。台湾人全体の勝利です!」
馬氏が言葉を区切る度に大歓声が波打って広がる。よく見ると、馬氏は防弾チョッキに身を包んでいる。演台には防弾ガラスが嵌め込まれている。

「これは、進歩、改革開放、前進を求める人々の勝利なのです! 台湾の民主政治の勝利なのです!」
馬氏の感激した声が防弾ガラスの向こうから響き、群衆は応えた。「勝った! 勝った! 馬英九!」
熱狂と防弾チョッキと民主主義。台湾語と北京語と客家(ハツカ)語。群衆の頭上で、凄まじい熱狂が渦を巻いた。

中国が武力行使でチベットを鎮圧するなか、台湾人はなぜ、親中派と言われてきた馬氏を大勝させたのか。要因は2つに大別される。①陳水扁政権の経済政策と腐敗への不満、②馬氏の経済政策と中国との距離のとり方の絶妙さだ。

民進党候補者の謝長廷氏への賛否以前に、多くの有権者が陳政権に怒っていた。その1人、旅行代理店経営の林民勇氏(55歳)は長年民進党を支持してきたが、今回は国民党に票を入れた。
「陳水扁に2回も投票したのを後悔しています。不況で仕事はない。物価も上がる。そのうえ、不正と汚職です。チベット弾圧で中国の怖さはわかったけれど、これ以上、中国との関係を悪化させる民進党は支持したくないのです」

他方、馬英九氏の勝因のひとつは経済に関してバラ色の夢を振り撒いたことだ。3兆9,900億元(約13兆円)にのぼる「台湾を愛する12項目建設」を掲げた。中国と「共同市場」を構築し、経済を活性化すると約した。学生には奨学金の返還を求めない措置を講ずると言い、旅行業者には、三通(中台間の通信、通商、通航の直接開放)で空と海の直行便を定期化し、年間360万の中国人観光客を呼び込んで商売を繁盛させると呼びかけた。

総統府の国家安全会議諮問委員の林成蔚氏は言う。
「馬氏は国防重視、国民重視、経済の活性化と言ってバラ色の夢を公約しました。けれど、財源はどこにあるのか。中国との共同市場は、中国経済の台湾支配に他なりません」

林氏のような冷静な意見は、しかし、経済活性化への期待で掻き消され、中国への警戒心は票につながらなかった。

中国の深謀遠慮に乗った馬氏

馬氏は中国への厳しい姿勢を見せることで、親中国派のイメージを払拭した。

一例が中国の温家宝首相が3月18日、「チベットも台湾もどちらも統一、主権と領土保全にかかわる問題だ」と述べたときだ。馬氏は「極めて尊大で、横暴で、失礼だ」と即反論した。従来の国民党ではあり得ない烈しい反応だった。さらに馬氏は「台湾の将来は台湾の2,300万人が決める」「(チベット問題について)北京五輪のボイコットもあり得る」とさえ述べた。

選挙戦終盤にかけての、馬氏の対中国゛強硬″発言は民進党よりも尚民進党的だった。台湾の自主独立性を繰り返し強調する馬氏に、人々は氏が総統になったからといって、中国に呑み込まれ統一されることはないとの安心感を得たのだ。

林成蔚氏は、馬氏の台湾人意識の強調は「民進党政策の真似」であり、その「真似」こそが、馬氏当選の大きな要因だったと分析する。
「馬氏大勝といっても、民進党は42%を取っています。自分は何者かとの問いに『自分は中国人』と答える台湾人は7%以下に減っています。国民党支持者の中にさえも台湾人意識は広まっており、台湾人意識が大きな潮流となっているのです。馬氏はこの点を自覚し、台湾人意識を発言に反映させた。民進党を真似たのです。この選挙で勝ったのは、民進党が掲げてきた台湾人意識、台湾人の自決主義だったのです」

馬氏勝利の要因として、もう一点見過ごせないのが米中両国の支援だ。国際政治の専門家、田久保忠衛氏は、米中両国は、台湾に、独立を言わせない、現状を維持させる、の2点で合意したと指摘する。

米国政府は早い段階から民進党につれない態度を取り続けた。陳水扁総統の身内から次々と汚職絡みの事件が起き、米国の信頼は崩れていった。台湾名での国連加盟の是非を問う住民投票に、ライス国務長官は苛立ち「反対する」と明言した。台湾独立を目指した動きは中国を刺激し、衝突に発展しかねない。現に米国は総統選挙に備えて、空母ニミッツとキティホークを台湾
海域に展開させ不測の事態に備えた。

「米国はいま、これ以上血を流すことを嫌っています。そのため、民進党の謝長廷の勝利を望まず、馬英九を支持したのです。馬氏は統一しない、独立しない、武力行使しないの『3つのノー』を掲げ、現状の枠内で中国との融和策を進めようとしています。それは米中両国にとって好ましい選択なのです」と田久保氏。

中国の当面の目的は、独立志向が鮮明な民進党を敗北に追い込むことだった。そのための深謀遠慮が、台湾問題に介入せず静かに見守る姿勢を保つことだった。馬氏が以前よりもずっと民進党的な政策に切り替えることが出来たのは、中国が介入を慎む静かな姿勢をとったからだ。馬氏は、中国の深謀遠慮に乗ったわけだ。斯くして中国は第一の関門を無事に通過した。

太平洋分割統治を目論む中国

米中両国が第一段階で支援した馬英九氏は、どのような政策を展開するのか。3月23日、次期総統として初めて海外メディアと会見した氏は、注目のチベット問題で慎重な発言に終始した。「重要なのは人権問題だ」「台湾はチベットや香港とは異なり主権国家である」と強調はしたが、チベットの主権問題には踏み込まなかった。選挙キャンペーン中の強い中国批判は所詮、ポーズだったのか。他方、早い段階での中国訪問、和平協定の締結、経済協力を突破口とする中台関係の改善などは強調した。

国民党副主席の江丙坤氏も、何よりも経済の強化が重要で、中国との摩擦や戦争は決して起こしてはならない、和平協定はそのためだと強調する。だが、経済面での協力や和平協定でいつまで現状維持が図られるのか、台湾の主権を守り続けられるのか、不明な要素は余りにも多い。馬政権がどの方向に進むかの判断は、まだ早すぎるが、李登輝前総統は、馬英九氏と米国との関係の深さに注目すべきだと指摘する。

「馬さんの米国の永住権(グリーンカード)にも見られるように、彼は米国と特別な関係にあると言ってよいでしょう。中共にとってはその分、馬さんが問題になる可能性もあります」
つまり、馬政権の下で、台湾が中国に易々と呑み込まれることはないと分析しているのだ。

馬氏への米中両国の影響を考えるとき、米中両国間にいま生じつつある奇妙な連携に目を向けざるを得ない。中国問題専門家の平松茂雄氏が語る。
「3月13日、駐日米大使のシーファー氏が日本の記者団に語りました。『中国軍幹部がキーティング米太平洋司令官に、米中で太平洋を分割管理してはどうかと提案したが、司令官が取り合わなかったのは正しい対応だった』と。この発言の意味を、我々は考える必要があります」

問題の発言は、3月12日、キーティング司令官が米国上院軍事委員会の質問に答える形で明らかになった。太平洋司令官として初めて中国を訪れたとき、中国軍幹部が真面目な顔で「我々が空母を保有するとき、君と俺で合意しようじゃないか」ともちかけたというのだ。中国軍幹部はさらに「君らがハワイ以東、我々はハワイ以西を取る。情報を共有し合えば、君らはハワイ以西に海軍を展開させる面倒がなくなる」と続けた。
「たとえ冗談にしても、これは中国人民解放軍の戦略的視点を示すものと考えるべきだ」とキーティング司令官は語った。

中国が太平洋の分割支配を戦略として考えているからこそ、こういう発言が出てくるのである。これは決して冗談などではなく、中国の長期的な目標そのものだと考えるべきだ。
田久保氏はこの件に関連して、1996年に中国が核実験したときの主張を思い起こすべきだと強調した。
日本外務省が抗議すると中国側は開き直って言ったのだ。
「誰が何を言っても強くなるために核実験をする。弱い中国が何をされたか、日本は知っているはずだ」

米国も繰り返し中国に問うてきた。今、中国に脅威を与える国は存在しないにもかかわらず、なぜ、軍事予算を膨張させ続けるのかと。中国が答えずとも、理由は明らかだ。国家が強い軍事力を持てば、相手は黙って従うのが世界の現実だからだ。外交とはそういうものだ。

日本孤立化への道

平松氏はこう語る。
「米国は、太平洋分割支配の話に、深いメッセージを込めていると思います。もし、中国が台湾を支配し、日本列島から琉球列島、台湾、フィリピン、インドネシアを結ぶ第一列島線に含まれる海を支配し、さらに太平洋を米国と二分することになれば、米軍は極東に主力を置く必要はなくなり、海兵隊の一部と横須賀にキティホークを置いて引き揚げるでしょう。そのとき、日本は中国の脅威の最前線にひとりで立つことになる。困るのは日本ですよ、と言っているのではないか」

この種の米中連携が実現すれば、折角の台湾自決主義も、あえなく潰される。現に台湾と中国の軍事バランスは、台湾優位から中国優位へと逆転しつつある。10年もすれば、中国の凄まじい軍事力増強政策によって、決定的な差が生まれる。
「そのとき、アジアは中国に席捲され、日本の選択肢は中国の言いなりになるか、対決するかの二者択一になります。それほどの覚悟が必要なのです」

平松氏は日本人の台湾及びアジア情勢への無関心こそが問題だと警告する。

鳥の目でアジア情勢を見ると、中国に吸引されていく構図が見えてくる。その筆頭が馬氏と国民党を選んだ台湾である。馬氏が即座に中国寄りの政策へ大胆に踏み込むことはないと見られているが、中台間の距離が縮まったのは確かである。

次が豪州である。昨年12月に就任した労働党のケビン・ラッド首相は中国語と中国史を専攻した中国通で、娘の夫は中国人、息子は中国に留学した。
「豪州議会で、ラッド氏は首相就任前の外遊費用を中国から貰っていたのではないかと追及されています。彼はまた、3月27日から4月13日まで、18日間の長い外遊に出るのですが、米国、欧州、中国を回り、日本に立ち寄る予定はありません。明らかに、南太平洋は親中派に固められているのです」と田久保氏。

じわじわと中国による包囲網が形成され、パックス・アメリカーナの枠組みが崩れ、パックス・シニカの枠組みが出来つつある。
それを打ち破り日本の活路を開くことが、福田康夫首相の役割だ。米中接近を凌駕する、緊密な日米関係を築かなければならない。

しかし、福田首相では、日米の連携プレーなど、考えられもしない。首相は昨年11月に訪米して、ブッシュ大統領と1時間、会談した。12月には訪中して、4日間をすごした。どの国をより信頼し、関係を密にすべきか解っていないのだ。日本自身が解っていなければ、米国が同盟相手としての日本を信頼出来るはずもない。比較的、日本に好意的なブッシュ政権でさえ福田政権下の日本には疑念を持つだろう。次期政権が民主党政権になれば、米国は中国に接近し、日本は米中の狭間で力を殺がれていく。
台湾の危機はまさに日本孤立への一里塚なのだ。

トラックバックURL

http://yoshiko-sakurai.jp/index.php/2008/04/03/686/trackback/

過去の記事

2008年4月
« 3月   5月 »
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930  

プロフィール

櫻井よしこ Yoshiko Sakurai

職歴

1971~74
クリスチャンサイエンスモニター紙
東京支局勤務
1975~77
アジア新聞財団
DEPTHNEWS  記者
1978~82
アジア新聞財団
DEPTHNEWS  東京支局長
1980~96
TVニュースキャスター
1980~現在
ジャーナリスト

続きを読む...

最近のトラックバック