「 台湾を孤立させてはならない 」
『週刊新潮』 '05年4月14日号
日本ルネッサンス 第161回
「飴と鞭」の外交で中国が台湾に迫る様を、日本は他人事と思ってはならない。中国の外交術のひとつは、「敵の分断」、つまり、台湾を制するに台湾人を以てする手法である。
3月31日の『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙は、1面に台湾最大野党の国民党副主席江丙坤(ジャンピンクン)氏ら34名が打ち揃って台湾(中華民国)の法律上の首都南京を訪れた写真を掲載した。台湾の国父とされる孫文が埋葬された中山陵に参拝したあと、彼らは、北京入りし中国政府の要人らと会談を重ねた。
かつて死力を尽くして戦った国民党と中国共産党、その両党が、 56年ぶりに相対したことになる。
台湾団結連盟は李登輝前総統の理念に共鳴する「台湾本土派」によって2001年8月に結成された政党だ。はじめて「台湾」を政党名に冠し、台湾の独立は台湾人の民主的な投票によって決定するとしている。現有勢力は12議席である。
「国民党は歴史において幾度も中国共産党と手を組み、その度にしてやられました。最後に彼らは共産党軍との戦いに敗れ、台湾に逃れた。それをいままた同じように共産党側と握手をしています。歴史の教訓を全く学んでいないのです」
蘇主席は、中国の思惑を見誤ってはならないと強調する。だが、中国は“思惑”を心中深く秘めて硬軟とりまぜた外交を巧みに展開する。
56年ぶりの国共会談で中国側は笑顔を強調した。唐家迺㈱O交担当国務委員は、中国は台湾の世界保健機関(WHO)へのオブザーバー参加を支持してもよいと伝えた。政治局常務委員で中国共産党政権の序列第4位の賈慶林氏は、国民党主席の連戦氏を中国に招請した。
このニュースが報じられたとき、日本訪問中だった連戦主席は「非常に感謝する」と述べて大陸の招請を受ける意向を表明した。
一方、台湾の陳水扁政権は国民党と中国共産党の動きに不快感を表明、行政院(内閣)が国民党訪中団に対し「違法行為を行わないよう希望する」との異例の声明を発表した。
野党であり、政府を代表する立場でもないのに、中国政府と勝手に外交を展開するのは慎むべきだというのだ。しかし、陳総統の立場はいかにも苦しい。WHOへのオブザーバー参加はかねてより台湾政府が望んできたことだ。「中国は台湾を傘下に置く形でWHOへの参加を認めようとしている」と陳政権側は非難したが、WHO参加の飴は野党に投げ与えられ、陳政権側が押されている印象は否めない。
凄まじい台湾陣営切り崩し
飴を野党に与え、与党の陳政権を追い詰める中国の“分断”戦法は鮮やかである。振りかえれば、3月14日、全国人民代表大会で反国家分裂法を成立させ、台湾のみならず日米両国にも、台湾独立は決して容認しないと宣言した。鉄の意志は柔らかい文言におおわれて発表されたが、米国議会は即、反応した。下院は中国非難の決議を15日に提案し、16日に圧倒的多数で採択した。台湾側は26日に大規模な抗議デモを決行すると決定。
こうして中国への非難が盛り上がろうとした矢先の25日、台湾財界の重鎮で、陳水扁氏の後ろ盾、骨の髄からの独立派の許文龍氏が反国家分裂法を支持する書簡を発表した。多くの人が息を呑んだ衝撃の書簡は、「内容も公表日時も中国政府が許氏に命じた」と報じられた。
許氏が創業した奇美実業は、傘下企業20社、従業員1万人の企業で、中国大陸に大規模な投資をしてきた。投資資産と役員、従業員を人質にとられての断腸の書簡であることは明白だった。台湾人を使って台湾陣営を内から切り崩す中国の手法だ。中国は許文龍カードをデモへの牽制として、その前日に切ったのだ。
それでも、デモは成功し、100万人が集まった。李登輝前総統が先頭に立ち、陳水扁現総統も参加した。100万の台湾人が中国の反国家分裂法反対を強烈にアピールした。
ようやく台湾人の意気が上がったところに再び中国側が仕掛けたのが、国民党代表団の訪中であり、WHOへの参加であり、連戦主席の招請である。台湾人の心はシーソーゲームのように中国に魅き寄せられ、また台湾に引き戻される。国際社会も、情勢の変化に目を奪われる。
中国の巧みな攻勢の前に、台湾は大丈夫か。蘇主席が警告した。
「昨年12月の総選挙で台湾人の政党が過半数を獲得出来なかったこと、それに追い討ちをかける中国の反国家分裂法の制定で、具体的な問題が生じています。陳政権は今だに米国からの武器購入の予算を成立させられないでいるのです」
日台の絆を分断するな
中国は台湾海峡をはさんだ中国側に、台湾に照準を合わせ600基以上のミサイルを配備済みだ。今やグアム島周辺にまで展開する中国の潜水艦は、台湾海峡、バシー海峡をはじめ台湾周辺海域を横行する。中国の軍事的脅威に備えるには、台湾の現有装備では不十分と指摘されてきた。米国からの武器、装備の購入が必要なのだが、国民党の反対に直面して少数与党が立ち往生しているのだ。このままでは、台湾は中国に呑み込まれる道を歩むことになる。
台湾に日本がどう対処すべきかは自ずと明らかだ。台湾は早急に日本と米国の協力を必要としており、台湾支援は究極的には日本の安全を担保することにつながる。中国の脅威は台湾にのみ向けられたものではなく、日本にも、他のアジア諸国にも、また、米国にも向けられているからだ。だからこそ台湾を放置して孤独な戦いをさせてはならないのだ。
蘇主席らは4月4日、日の丸と台湾団結連盟の小旗を持って靖国神社に参拝した。主席がその心を語った。
「靖国神社には台湾人の魂、2万8,000柱が祀られています。戦争で国のために命を犠牲にした多くの日本人と私たちの同胞のために祈りを捧げたいのです。李登輝前総統の実の兄上も靖国に安んじています。私も軍人でした。国のために戦った人々の魂をお慰めするのは当然の責務宇と考えています」
国際社会のどこに、この台湾の人々以上に日本人の心に近い歴史を生きている人々がいるだろうか。日本人と日本をここまで大切にしてくれる人々が、他のどこにいるだろうか。かけがえのない友邦が台湾である。加えて日台両国は共通の脅威に直面しているのだ。
日本はあらゆるレベルで、早急に日台の絆を深め、台湾の安全を守るために、日本に出来る貢献を最大限実施するべきだ。同時に、国民党主席の連戦氏には何の留保もなくビザを出して日本訪問を許す一方で、李登輝氏や陳水扁氏ら台湾人政治家へのビザ発給をしぶるなどの、姑息で卑小な二重外交は即刻やめるべきだ。