「 国益重なる蔡総統の台湾と日台関係強化を 関係法の議論だけでも現政権の支えに 」
『週刊ダイヤモンド』 2017年4月29日・5月6日合併号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1180
台湾総統の蔡英文氏の試練が続いている。2016年初めの総統選挙で台湾(本省)人の政党である民進党を率いて、外省人の政党、国民党に歴史的勝利をおさめた。16年5月に総統に就任以降、国民党政権の負の遺産を振り払おうと攻勢をかけてきた。
昨年12月2日には、その前の月に米大統領選挙で勝利したドナルド・トランプ氏と電話会談を実現させて国際社会の注目を浴びた。安倍晋三首相とも近い関係にある。台湾を中国の脅威から守るために、日米両国と緊密な関係を構築すべく、蔡氏は余念がない。
だが、支持率が下がっている。総統就任時の69・9%が、いま、どの調査でも約半分に落ちている。なぜか。蔡氏を支持してきた元駐日台湾代表の許世楷氏が語る。
「ひとつは人事に問題があるかもしれません。折角台湾人の、しかも初の女性総統となったのに、閣僚にライバル政党の国民党の人材が少なからず入っています」
行政院長(首相)の林全氏、外交部長(外相)の李大維氏、それに国防部長(国防相)の馮世寛氏も皆、国民党に所属する。中国関係を担当する大陸委員会主任(代表)の張小月氏は国民党員ではないが、馬英九政権の人材である。
「台湾人が勝利して本省人の政権ができたのに、なぜ、外省人を重用し続けるのか。外省人が重要ポストを占めているため、中国の脅威に抗い、台湾の立場を強化するための日本やアメリカとの関係強化が思うように進んでいないと見る人もいます。そうしたことへの不満は強いと思います」(許氏)
許氏の懸念は政策にも及ぶ。現在、台湾議会で審議されている年金制度改革がそれである。台湾の公務員、教師、軍人などは、定年まで無事に務め上げて退職金を得た場合、銀行に預ければ、18%という極めて高い利子を受け取れる仕組みになっている。
これは国民党が台湾のエリート層を取り込むために導入した制度だが、同制度を享受している人々にとって、蔡氏の改革は受け入れ難いであろう。だが、非現実的な高額の支払いを継続すれば年金制度自体が破綻しかねない。そこで蔡氏は同制度の廃止を提案した。これに対して、警察発表でも12万人という大規模デモが発生した。
台湾問題に詳しい門田隆将氏はこう語る。
「蔡さんは非常に頭がよく高潔な人物ですが、庶民の暮しに密着する年金問題に手をつけることの政治的リスクをまだ十分には知らないのではないか。このままでは年金制度が破綻して長期的には台湾人が苦しむことになる。だから改革だという論理は正しいのですが、それは学者の論です」
こうした状況を、百戦錬磨の国民党は巧みに利用して反蔡氏の宣伝を強化する。殆どのメディアは国民党の資本であり、反民進党だ。加えて国民党にとって政治宣伝は得意中の得意の分野だ。反蔡氏の情報戦にはまた、中国本土が陰に陽に介入していると考えるべきで、彼らの手法は巧みかつ陰湿だ。
台湾人で日本国籍を取得した金美齢氏は、「政治は日本も台湾も同じ。長い目で見ることが大事」と笑う。
「トップが変わっても、その下は中々変わりません。それでも日本は国力があり、官僚機構もしっかりしていますが、台湾はずっと国民党の支配下にあったのです。蔡政権が国民党の人材を登用せざるを得ないのも、野党であり続けた民進党に人材が不足しているからで、必要なことなのです」(金氏)
日本ができることは何か。日本と蔡氏の台湾で、国益が重なる部分が多いのは自明だ。であれば、こんな時こそ、日台関係強化策として、台湾関係法の議論を進めるべきではないか。議論するだけでも台湾の蔡政権への大きな支えとなるのは明らかだ。