「 映画「鬼郷」に見る韓国反日感情の虚構 」
『週刊新潮』 2016年9月22日号
日本ルネッサンス 第721回
日本人と韓国人を知り尽している呉善花氏に、韓国の反日の現状について聞いた。9月9日の「言論テレビ」で映像を示しながら氏が解説した内容は、今更ながら日韓関係の難しさを痛感させるものだった。
安倍晋三首相と朴槿恵大統領の関係を見れば、日韓関係はかつてないほど良好だ。両首脳は先週、ラオスのビエンチャンで会談したが、雰囲気は友好的で、北朝鮮や中国の脅威に対して、協力し合う認識を共有していた。
だが、呉氏は、安倍首相とよい関係を築いた朴大統領ではあるが、すでに「殆んど力を失っているために、大統領の考える前向きの対日政策は実現されない」と断言する。
韓国国会の全300議席中、与党セヌリ党が占めるのは126議席で、辛うじて第一党を維持している。野党が多数を占めるのに加えて、韓国国会では全議員の60%以上の賛成がなければ法案は成立しない。朴大統領の対日政策が韓国国会の支持を得たり、国民も支持する現実の政策になりにくいという呉氏の指摘には、確かに根拠があるのである。
それだけでなく、韓国国民の対日感情を悪化させる要因があると、呉氏は警告する。いま大ヒット中の映画「鬼郷」が一例だ。
「これは慰安婦の映画です。2月の封切りから10日間で200万人が、6月までに350万人が見ました」
韓国の総人口、約5100万人の内、7%が見たことになる。ヒット作ではあるが、内容は形容し難いほどデタラメだ。呉氏の説明である。
「戦時中に日本軍が朝鮮の田舎にやってきて、父親が仕事に出かけ、留守番をしていた14歳の少女を無理矢理連行しようとします。少女はもの凄く抵抗したけれど、日本兵の力にはかなわず、連行されてしまう。連行先には同じような13歳、14歳の少女が沢山集められていて、その日から多くの日本兵の相手をさせられる、という筋書きです」
女神のような存在
「朝日新聞」が虚偽だったと認めて全面的に取り消した吉田清治氏の捏造物語のような話が映画になったのだ。強制連行だけでもあり得ないが、映画はさらにあり得ない話を、史実であるかのように描いている。
「毎日、性の労働を強いられる少女たちは脱走を試みたり、病気になったりします。そうした少女たちを、日本兵は大きい穴の縁に座らせ一斉に銃殺して穴に放り投げる。または生きたまま穴に突き落として、ガソリンをかけて、焼死させるという内容です」と、呉氏。
荒唐無稽も甚しいこの映画に、幾百万の韓国人が足を運ぶのは、なぜか。呉氏が解説した。
「要因のひとつが政治的背景です。ソウル市長の朴元淳(パク・ウォンスン)氏が、これは年寄りから子供まで韓国人全員が見るべきだと推奨しています。老人ホームや小、中学校から団体で見に行く事例もあります。映画館が足りなくなって、市の公会堂などを活用して、上映会が開かれています」
説明を聞きながら、『中国人慰安婦』という本が脳裡に浮かんだ。上海師範大学教授・中国慰安婦問題研究センター所長の蘇智良氏らが書き、オックスフォード大学出版の協力を得て上梓された書である。これもデタラメな内容だが、同書の序文に登場する慰安婦の話は、日本軍が中国の田舎にやってきて、父親が働きに出て、留守を守っていた15歳の少女を力尽くで連行し、その日の夜から性労働を強制したという内容で、「鬼郷」の筋書きとそっくりだ。
いま、国際社会で展開中の反日歴史戦で主要な役割を果たしているのは中国だ。韓国は中国のいわば指導を受けている状況だといってよい。その構図が「鬼郷」にも見てとれる。中韓両国が捏造の歴史戦で日本を叩き続けているのである。呉氏が警告した。
「日本人は強制連行の証拠はない、と言います。韓国にも日本人と同じことを言う落ち着いた研究者がいます。韓国の年輩者で、当時のことを知っている人たちの中にも、強制などなかったと分かっている人たちは多くいます。しかし、そんなことを言ったり書いたりすると、社会的に本当に酷い目にあいます。それで皆、口を噤みます。その間にこんな映画が製作されてしまうのです」
ネットには映画への感想が溢れているそうだ。
「初めて真実を知った、今まで隠されてきた真実を知らせてもらった、涙が溢れてしようがなかった、などという感想ばかりです。真実を語る声が封じ込まれ、映画を真実だと思い込む人たちがふえる。日韓両国にとって不幸なことです。こうした流れの中で、不思議なことが起きています」
不思議なこととは、韓国内で50以上も作られつつあるという慰安婦像や慰安婦のイメージが「もの凄く美しく作られ始めている」のだそうだ。
「少女はまるでモデルのように美しく描かれ、女神のような存在としてあがめられつつあります。そこに新しい物語が生まれ、韓国の世論は燃えに燃えていく。韓国社会は情緒社会です。日本人がいくら理性で話そうとしても通用しません」
強制労働の島
反日世論を守り立てる映画はこれだけではない。
「軍艦島の映画も製作中です。日本による徴用工・強制連行と強制労働の話です」と呉氏。
軍艦島のユネスコ世界文化遺産登録の際に、軍艦島は強制労働とは無関係であるにも拘らず、韓国が介入し、日本側に事実上強制労働を認める一文を入れさせたのは記憶に新しい。
「また学校教育での反日のすり込みはずっと続いています」と、呉氏。
彼女は番組で小、中学生の描いた日本の絵を披露したのだが、それらを見て私は胸の塞がる思いがした。韓国の子供たちは、日本の国旗を韓国人が踏みつけ、日の丸を包丁で切り裂こうとする絵を描いていた。日本を爆撃する絵も、滅亡した日本を葬送する絵もあった。
こんな絵を子供たちに描かせる教育とは一体何なのか。こんな不健全な精神教育で韓国の未来を担う子供たちが育つはずがない。韓国人のためにも残念に思うものだ。
こうした状況を放置するのはまさに両国にとっての不幸である。日本政府は「鬼郷」、軍艦島、小中学校教育の全てに、注意を払い、事実を示し、反論しなければならない。
新たな映画の中で軍艦島は間違いなく強制労働の島として描かれるであろう。だが、日本側には、軍艦島を含む多くの事例で日本人と朝鮮人が共に働き共に暮らしていたことを証明する資料があるはずだ。いま、安倍政権に求められるのはそうした情報の発信である。外務省の500億円上乗せした対外発信予算はこうしたことにこそ活用せよ。