「 中国の分断作戦に嵌った仏大統領 」
『週刊新潮』 2023年4月20日号
日本ルネッサンス 第1045回
中国の戦略の基本は孫子の兵法の教え、敵勢力の分断である。中国は常に日米及び米欧分断を画策してきた。その罠に見事にはまった、というより自ら飛んで火に入ったのが、マクロン仏大統領だ。氏は欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長に声をかけ、両氏は共に訪中したが、両者の対中姿勢の違いはこれ以上ない程鮮やかだった。
4月5日から3日間、財界人50人以上を引きつれて訪中したマクロン氏を、米欧分断を狙う中国がもてなさないはずはない。華やかな夕食会を2回催すという異例の待遇に加えて中国はフランスから驚くほど多くの買い物をした。まず仏大手・エアバスの航空機を中国航空器材集団が160機注文した。仏電力公社EDFは中国国有企業と洋上風力発電事業を行う。自動車大手のルノーが中国と合弁会社を設立した他、フランスは中国の原子力発電プラント、航空宇宙分野での共同事業、淡水化プラント事業に参加する。さらに今回、化粧品、金融商品、豚肉などの農産物を習近平国家主席は大量に買いつけ、マクロン氏の望みを叶えた。
厚遇される中で、6日、マクロン氏は習氏に語りかけた。
「貴方こそロシアを正気に戻し当事者全員を交渉の席に着かせることができると信頼しています」
首脳会談で語り合われたことについて、フランス側が説明した。マクロン氏はウクライナ戦争で使える如何なる物資もロシアに供給しないよう習氏に求めた、と。ただ、この要請は、両首脳がテレビカメラの前に揃ったときには言及されていない。
習氏はプーチン露大統領に交渉に臨むよう働きかける意思は示さず、ウクライナ侵略戦争を「戦争」と呼ぶこともなく、ロシアを非難することもなかったという。ウクライナのゼレンスキー大統領に電話する準備はできているが、時機は自分が決めると語った、とフランス当局は説明した。
終わってみれば、マクロン氏の訪中はフランス経済を潤す果実はもたらしたが、国際政治の平和と安定に貢献したとは思えない。
「愚か者の使い」
米外交専門誌「フォーリン・ポリシー」に中国問題の専門家、アレックス・タルキニオ氏が「マクロンの中国訪問は愚か者の使い」だと書いた。タルキニオ氏は「この首脳外交は映画、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を連想させる」というナデージュ・ローランド氏の言葉も引用した。ローランド氏はワシントンで活躍するこれまた中国問題専門家である。
いま、西側諸国は、如何なる国にとっても重要で背に腹は替えられない経済においてさえ、何とか努力して中国と距離を置き取引先を多様化しようとしている。にも拘わらず、マクロン氏は中国との貿易に縋り、ウクライナ侵略戦争でロシアに助言するよう中国に頼んだが、それらは全て詮ない過去の課題だ、とローランド氏は言っているのだ。
マクロン氏に声をかけられて訪中した欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は、マクロン氏とは対極の姿勢で中国に向かった。彼女は中国に旅立つ前の3月30日、ブリュッセルのメルカトル中国研究所で講演した。
3月20日、習氏がロシアを訪れたとき、氏はウクライナ侵略戦争も非難せず、プーチン氏と距離を置くどころか、再び中露の「限りない友情」を誓った。そのとき国際社会の秩序が破壊されていく現状を指して習氏はプーチン氏にこう語ったと彼女はいう。
「今、100年来見たことのないような変化が起きている。この変化を促進しているのが我々だ」
この言葉は、中露首脳会談を終えて、わざわざロシア大統領府(クレムリン)の外階段まで見送りに出たプーチン氏に、習氏が伝えたものだと、フォン・デア・ライエン氏は語っている。
習氏はこの言葉にウクライナ侵略戦争の肯定と、中露が力を合わせて国際社会の現状をさらに変えようという気持ちを込めていると考えられる。
フォン・デア・ライエン氏は同じ講演で「中国政府によって不当な制裁を受けた全ての個人や機関との連帯を表明する」とも述べ、習体制下の中国には顕著な変化が3つあると指摘した。
➀改革開放の時代から一転して安全保障を重視し統制を強める新時代に移った、➁安全保障と統制の必要性が自由市場や開かれた貿易推進の論理にとって代わった、➂中国共産党は中国を頂点に戴く国際秩序構築に向けて現在の世界の体制を大変革することを目標としている、である。
世界史と中国史の潮流の変化を見てとった分析であり、その認識に基づいて、彼女は習主席に直接、間接を問わず、ロシアに軍需品を供給しないように釘を刺し、「侵略者を武装させることは国際法に違反し、我々相互の関係を著しく悪化させる」と警告した。
二階氏が日中議連会長に就任
ただ彼女は中国との「デカップリング」政策は勧めない。代わりに「リスク回避戦略」を提案する。中国と貿易関係を切り離すのはどの国にとっても不可能だ。しかし、重要分野において中国への依存度を急いで下げなければならない。この点で今こそ欧州は団結しなければならないと、彼女は説いた。
フォン・デア・ライエン氏とは対照的な対応に終始したマクロン氏はすっかりその評価を落としたが、これには続きがある。帰国後、氏はメディアの取材に応じて、台湾問題を含む中国の対米対立姿勢はヨーロッパを2つの陣営の間のチェスの駒のような存在にするか、と問われた。
「台湾問題を過熱させることが我々の関心かと問われれば、ノーだ。欧州が台湾問題に影響され、米中のペースや過剰反応に、いちいち対応すべきだとするのは最悪だ」「我々の問題ではない危機に巻きこまれるのは、欧州が罠にはまることだ」。
マクロン氏の発言は強い反発を引きおこした。米共和党上院議員のマルコ・ルビオ氏がツイッターで反論した。
「マクロン氏が全欧を代表しているのなら、また台湾問題で米国か中国かの選択をしないのなら、我々もどちらにつくか決めないで、欧州にウクライナを任せるのがよいかもしれない」
習氏はにんまりしていることだろう。これこそ米欧間の小さなヒビである。そこから亀裂が深まるかもしれない。また共和党は民主党よりもウクライナ支援に抑制的だ。共和党の論客の一人として影響力のあるルビオ氏らの、対マクロン不信感が米国のウクライナ支援にマイナスの影響を及ぼすかもしれない。中露両国には願ってもないことだろう。
日本はこれを他山の石とすべきだろう。二階俊博氏が日中友好議連会長に就任するが、氏は日本のマクロンになってはならず、日本は台湾への全力支援を怠ってはならないのだ。