「【対談 vs 石破茂氏】 “所得半減”高齢化した“日本農業”をどう救うか」
『週刊新潮』’09年2月26日号
日本ルネッサンス・拡大版 第351回
櫻井 石破さんが農水大臣に就任されてまもなく5カ月が経とうとしています。この間、矢継ぎ早にメッセージを発信されてきました。「農林水産業は存亡の危機にある」「人気取りに走ることなく、政策を根本から見直す」と述べて、事実上、減反政策にも踏み込みました。農業政策は、一昨年の参院選挙以来、民主党が積極的に打って出て、自民党の基盤を切り崩している分野です。石破大臣が目指す農業政策の一番大事な点は何でしょうか。
石破茂農水相 それは10年先、20年先、30年先に農業所得が上がり、若い農業従事者が増え、農地面積や生産量が増えているという、現在よりも日本の農業が発展している姿を描けなければならないと思っています。つまり、一番大切なのは、持続可能性ということです。30年先、50年先に農業という産業を維持、継続できるのかが、目下の大問題になっているのです。
櫻井 農業への新しい人材の流入は減少し、耕作面積も減っています。現状は、あらゆる点で石破大臣の設定した目標と正反対です。だからこそ大臣の問題提起には重要な意味があります。
石破 例えば、平成2年に6兆1,000億円あった農業の総所得は、平成17年には3兆4,000億円まで落ち込みました。つまり、この15年で農業従事者の所得は半分程度になってしまいました。加えて、耕作放棄地の総面積は39万ヘクタールに上り、埼玉県の面積よりも広くなりました。
櫻井 東京都の1.8倍の広さだそうですね。
石破 何より怖ろしいのは、農業の就業人口の構成です。今や65歳以上の方が6割を占めています。農業の総産出額は、およそ8兆2,000億円。これはパナソニック一社の総売り上げにも及びません。
櫻井 農業人口は、小規模農家ほど高齢化しているということが農林水産省の統計にもはっきり現れています。0.5ヘクタール未満の水稲作付面積の農家の経営主の平均年齢はすでに65歳を超えています。しかも、こうした小規模、高齢の兼業農家が、日本の農家の圧倒的に多数を占めています。ちなみに5ヘクタール以上の農家は全体のわずか2%で、3ヘクタール未満の農家の割合が90%以上です。これではフルタイムで大規模農業を行っているアメリカなど、諸外国に太刀打ちできるはずがありません。
石破 その一方で、自給力、自給率という議論があります。しかし、実は自給率だけを捉えて問題にすることは、あまり意味がないのです。例えば、今、昭和20年代、30年代の食生活を国民に強いることができれば、今でも自給率は100%も夢ではありません。少なくとも80%、90%には達しますよ。朝はお茶碗にご飯を1杯、粉ふき芋1皿、糠漬け1皿、昼はサツマイモ2本を蒸かして果物1切れ……。
日本人の主食はイモになります。昭和の粗食でも人間は生きていくことができますし、自給率向上という政策目標は達成され、ダイエットにもなります。悪くない話でしょ。でも、今よりも貧しい食生活にレベルを落として、それで良かった、万事上手く収まった、という倒錯した話はありえないわけです。シンボリックな数字として自給率が取り上げられますが、実際は農地の面積であり、農業就業者の数や年齢構成、売上げ、農業技術など、自給率を構成する要素がこれだけ悪くなってしまったことをどう評価するかが大事なのです。
櫻井 戦後、日本の産業は右肩上がりを続け、世界で認められる工業製品を作ってきました。農業でも日本は優れた技術力を発揮してきました。なのに、これを国力として使うことができてこなかった。所得といい、高齢化といい、将来の夢が持てないことも含め、日本の農業政策は、まさに大臣の仰ったように根本的見直しが必要で、行政のメカニズムも農業産業の捉え方を大きく見直す時期に来ているのは間違いありません。
「耕耘機」は大発明
石破 日本の農業をこんな形にしてしまったのは、優秀な耕耘機が発明されたからだという面白い議論がありました。昭和36年に農業基本法が作られ、農業の将来図を考えたときに、当時は選択的拡大だと予測されていました。例えば、食の洋風化が進めば、米の消費量が減る傾向だろうと見られました。そうであれば、当然、米から畜産物や果樹などへ、作物を変えていかなくてはいけない。また、農業人口が減少して工業や商業などに人が流れていくことも見越されていたのです。その人口減は一方で、1戸あたりの農家の規模拡大につながるのだろうと読んでいました。なかなか合理的なシナリオだったのです。
ところが、それを狂わせたのが耕耘機の発明だというわけです。つまり、耕耘機によって、作業効率が上がり、お米作りに掛かる労働時間が飛躍的に短くなってしまった。その結果、工場に勤めたり、会社に通いながら、週末だけ農業をやる兼業が可能となり、日本の農業は規模拡大の方向には、進まなかったというのです。それでも自民党は農家が支持層ですから、たとえ非効率的な生産であっても米価を維持し続けてきたわけです。
櫻井 その生産性の低い農業を抜本的に見直そうという石破大臣の考えが目下、内外の注目を浴びています。将来の夢があって、若い人が入ってくる農業に変えるためには、見直しが必要でしょう。石破大臣は、水田のフル活用と言われました。生産調整の見直しだとされて、農林族議員の反発を買っています。
石破 実は、私自身が減反の選択制を採用するとか、たたき台にするという話をしたことは一度もありません。あれは新聞が忖度して、書いているだけ。私が申し上げたかったのは、もしこれまでの政策が全て正しかったとしたら、こんな状況になるわけがないということなのです。社会政策的な観点でいえば、兼業農家の所得はサラリーマン世帯の平均所得を上回っていますから、米価維持は政策的に成功といえるでしょう。でも、産業としては、農地は減り、高齢化は待ったなし……。今後、日本の農業が存続していけるのか、非常に危うい局面に差し掛かっている。もちろん、減反政策が意欲、活力を削いでいるというのであれば、見直さなければならないでしょうが、1、2の3で一斉にやめるのか、やりたい人だけがやるという方式にするのかは、別の議論です。
櫻井 農業資源の根幹である耕作地の利用を制限する政策は、どう考えても愚かだというのが国民の正直な感想だと思います。現在、4割の農地が減反の対象になっている。一方で、農家を守るためにミニマム・アクセスとして、毎年77万トンの米を輸入している。昨年はそれが事故米になりました。減反のために税金を使い、事故米輸入でまた税金を使い、そして自給率は他国に例を見ないほど低い。
温夫人のコシヒカリ
石破 仮に、減反をやめるとしたら、どこまで米価が下がるかということは、かなり精密なシミュレーションを行わないといけないと思っています。もし1、2の3で減反をやめたら米は大暴落して、その影響をモロに受ける大規模な農業法人からまず倒れていくはずです。
一方、兼業農家はあまり影響がないかもしれません。選択制も参加、不参加の割合によって米価の水準が著しく変わるので、精密なシミュレーションがないと軽々には論じられません。また、日本の米が価格的にも品質的にも海外マーケットで通用するかという点も同様です。以前は、日本の米のように水分を多く含んでモチモチしたものは、アジアやアフリカ、中近東の人たちの嗜好にあわず、食べてもらえないという話でした。ところが、最近は、「日本の米を食べたら、もう他の国の米は食べられない」という話になっています。大変、うれしい話ですが、品質、価格ともに、日本製の自動車と同じようなブランド力を持ちうるかどうか、これも厳密なシミュレーションが必要です。
櫻井 中国の温家宝首相夫人は日本の米が大好きで、毎年、何俵分かのコシヒカリをお求めになり、日本の政治家も、温夫人に日本の米を贈っているという話を耳にします。石破大臣の地元の鳥取もすばらしい果物を作っている。先に触れましたが、日本の農産物は世界で一番、美味しいと私は実感しています。これを商品化して、世界に積極果敢に打って出る形にしていかないといけないでしょう。
石破 5年前の防衛庁長官時代、東ティモールの大統領が自衛隊派遣のお礼にと防衛庁にお見えになりました。一国の大統領が防衛庁に来られたのは初めてだったのですが、そのおもてなしの夕食会で、大統領が、「自分の夢は東ティモールに和食のお店を出すことだ」と仰っていました。その後、首相になられたので、夢はまだ実現していないでしょうが、和食は美味しくて、美しくて、安心で身体にもよい。和食を広めていくことで、食材も広まっていきます。もちろん、制度設計が必要でしょう。私も将来、日本のお米が重要な輸出品目になるべく、色々な政策を組みたいと思っています。
但し、農業政策は、「間違えました。ごめんなさい」では済みません。間違えれば、日本の農業は壊滅しかねませんから……。春までには、政策のメリット、デメリットを整理して、方向性を打ち出さなければならないと考えています。
櫻井 石破大臣の抱負はすばらしいと思いますが、時間が絶対的に足りないですね。任期中に改革の方向付けを行うことができれば、と思いますが……。農業政策はまさに日本の生き残りを懸けた政策ですから、国民、消費者も他人事と思ってはならないですね。
石破 日本の農業のもう一つの問題点は、消費者と生産者の連帯感が極めて希薄なことです。例えば、スイスは日本に比べても気候、地形といった条件が農業に適さない国です。しかし、農業が産業としてきちんと成り立っている。その理由は消費者にあって、スイス人は多少高くても国産の農産物を食べるのです。一例ですが、スイス産の鶏卵は1個60円します。一方、イタリアやドイツから輸入した鶏卵は1個20円。3倍の値段でもスイス人は、国産の安心できる卵、スイス人の農民の生活を支える卵だといって、これを買うわけです。日本では、そういう連帯感はないですね。
「中国食品」の復権
櫻井 たしかに消費者は安い物を求めます。或いは求めすぎるのでしょう。他方で、産地偽装も横行しています。供給と、消費の双方の側に深刻な問題がありますね。それは問題意識の欠如と言ってもよいかもしれません。その点、農業問題は安全保障とまったく同じ構図です。自力で守らず、アメリカに守ってもらえばいいのか、という疑問があります。しかし、食料に関しては、中国の汚染食品で、日本人の意識は大きく変わったのではないでしょうか。
石破 ところが、違うのです。中国製食品の消費が以前の9割程度まで回復しているという調査結果が出ています。テレビのインタビュアーの前では、「中国は怖いですからね、やっぱり国産ですよ。安心だし……」と言っていた奥様が、カメラがいなくなったら、結局、中国製品を買っていた、なんてこともあったようです。
櫻井 成程……。それにしても、最も保守的な分野である農業政策の見直しを言い出した石破大臣には自民党内の農林族から強い異論が噴出しています。彼らは、「石破さんが農水大臣をやっているのは長くても今年9月まで。一方、俺たちは引退するまで農林族だ」と、言って、生産調整の見直しには徹底抗戦する構えのようです。
さらに、民主党は農家への戸別所得補償をマニフェストで謳って、一昨年の参院選挙を勝ちました。日本の農業は民主党の政策で立ち直れるのか、自民党は必要な農業改革に手をつけることが出来ないで終わるのでしょうか。
石破 自民党の農林系の議員の方も、農林一筋に何十年もやってこられた方々ですし、それぞれ国民の支持を得て当選しております。そのことを等閑視してはいけないと思っております。農業事情は、北から南まで地域によって異なるのですから、きめ細かい配慮がないと政策として成り立たないのは言うまでもありません。
一方で、私は民主党の農業政策については、特に手強いとは思っていません。あの政策は完全な社会主義政策です。主要穀物には生産量を全部決めると言うのですからね。米いくら、麦いくら、大豆いくらと生産量を決めた上で各県に割り当て、その通りに作ってくれたところには所得補償をする。でも、どうやって47都道府県に割り当てて、どうやって市町村に配分するおつもりなのか。値段が暴落したとしたら、その補償の財源はいくらになるのか。これ一つとっても荒唐無稽な話だってわかります。
櫻井 党内外の強烈な反対に抗して、石破大臣がこれから死に物狂いでなさることは何でしょうか。
石破 不公平感のある制度は産業として成り立たない。創意工夫したものが報われる仕組みを作りたいのです。現在、民主党政権に一回替えてみようかというトレンドがあることは判っています。しかし、民主党政権になれば日本の農業は絶対にだめになる。日本の国防もだめになる。だから、全身全霊をあげて民主党政権の実現を阻止するという使命感は持っています。
櫻井 安全保障としての農業政策の改革の端緒を開いて下さることを、願っています。族議員や特定集団の利益を超えて、国民全体のために働いて下さいね。
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トラックバック by econewss — 2009年03月04日 18:42
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トラックバック by スカイ・ラウンジ「有視界飛行」 — 2009年03月21日 00:28