「 日本よ気付け、本当のワルは中国だ 」
『週刊新潮』 2022年5月19日号
日本ルネッサンス 第999回
この数週間、つい視線が向かう地図がある。太平洋を挟んで、右に南北米大陸、左にユーラシア大陸があり、核保有国を赤く塗った地図だ。ロシア、中国、北朝鮮を中心にユーラシア大陸は赤く染まり、北米は米国が赤い色に染まっている。そのまん中、太平洋の左端にポツンとわが日本列島が心細げに浮かんでいる。今、世界で一番危険な地域は大西洋・欧州ではなく、太平洋・アジアであり、わが国周辺なのだと実感する。
ウクライナへのロシアの侵略戦争で私たちは日々の戦況報告に気をとられ、世界のパワー・バランスの大変化で日本がどれ程危険な立場にあるかに気がつきにくい。ぼんやりしているわが国には断固とした国防への気概も備えもない。考えは甘く、制度は緩い。米国と協力して、国の命運が懸かる対中戦略の具体策を定め、憲法改正を含めて備えるときだが、そこまでの厳しい認識があるとは思えない。これでは中国が狙うのも当然だろう。
オースティン米国防長官は4月25日、ロシアが二度とウクライナ侵略戦争のようなことができないように、「ロシアを弱体化させる」と語った。その言葉どおり、米国はロシアを衰退させる意図でウクライナにより深くコミットしつつある。
ウクライナの武器装備を補充、強化するための経済支援は、ロシアが全面的侵略戦争に踏み切った2月24日から4月21日までで30億5000万㌦(約3982億円)に上る。ところが4月28日、バイデン大統領は新たに330億㌦(約4兆3087億円)の追加支援を議会に要請した。2月以降の実績と合わせると総額約4兆7000億円、ロシアの2021年の軍事予算、659億㌦(約8兆6000億円)の半分を超える規模だ。
この侵略戦争で、ウクライナの側に立ち、プーチン氏を憎むのは自然な感情であり、だからこそ米国のウクライナへの肩入れもうなずける。同時にウクライナ戦争がアジアにどんな状況を生み出しつつあるか、日本の立場から憂えざるを得ない。それを象徴するのが日本の危機を表す冒頭の地図なのだ。
米国の弱体化
米国がウクライナ問題に深く関わり、経済資源や軍事資源を投入し続けることを一番喜んでいるのは中国である。彼らの大目標は米国との競争に勝ち、地球上の覇者になることで、敵は米国だ。そのため中国は常に、米国の弱体化を望んできた。ブッシュ(父)大統領の湾岸戦争、ブッシュ(子)大統領のアフガン戦争のとき、中国人は、米国が中東地域でどれだけの力を使い果たすか、それによって米国の国力が落ち、地位がどれだけ脅かされるかに強い関心を持った。
米国の消耗を切望し、戦争の長期化、出来れば泥沼化を彼らは願ったはずだ。今回も同様であろう。ウクライナとロシアの戦争が長引いて米軍がより深くコミットし、大規模援助で消耗し疲弊することを望んでいる。アメリカさえ弱体化すれば、アジア太平洋は中国が制覇できる。
そのような展開は日米双方にとって非常に危険であり、そもそもバイデン大統領の戦略にも反する。昨年米国はアフガン戦争からの撤退に踏み切った。バイデン氏は、撤退は真の脅威である中国に集中するためだと明言した。しかし米国がウクライナ問題に深く関わりすぎれば、中国に力を集中することなどできない。日本にとっての重大な危機である。だからこそ、ウクライナ戦で如何に早くロシアの敗北を実現できるのか、日本もわが事として考えなければならない。
地政学的に日米が最も懸念しなければならないのは、中国とロシアが手を結び、ユーラシア大陸を事実上中国が支配することだが、いま起きている事態はまさに中露連携である。バイデン政権は、最大の脅威である中国への対応に集中もできず、中露連携も阻止できず、戦略的方向性を失いつつあるのではないか。
一方中国にとって、米欧がウクライナに集中している今は戦略的好機だ。彼らは国力の基本としての軍事力構築を脇目もふらずに進めている。
「人民解放軍(PLA)のミサイル部隊と爆撃機は、2030年には中国本土から3200㎞以内に位置する850箇所の目標に対して2回、1400㎞以内であれば4500箇所を超える目標を2回攻撃できるようになる」と、米シンクタンク、ハドソン研究所研究員の村野将氏は指摘する。
中国の核・非核両用の戦略ミサイルは日本、台湾双方を射程内にとらえ、楽々と複数回攻撃する能力をあと数年で持つ。太平洋の西の端、日本周辺はすでに核とミサイルの密度が最も高い地域だが、さらにその密度が高くなり危険度も増すのである。
国土買収
バイデン政権が宣言したように、本当の脅威、より手強い敵は中国なのだ。その中国に最も狙われているのが日本であることは、多くの日本国民がすでに感じとっているはずだ。その意味で国防力強化政策が急がれるが、GDP2%分の国防費では到底足りないだろう。
中国は日本にどのような侵略の手をのばしてくるだろうか。プーチン氏の轍は踏まないだろう。4月に明らかになったソロモン諸島との安全保障協定のように、ソロモンの国会さえも気づかない内に、また豪州や米国に阻止する時間も与えず、中国はあっという間にソロモン政府中枢を事実上乗っ取った。賄賂か脅しか、狙いを定めた対象を取り込む彼らの手練手管は無尽蔵だ。
日本はソロモン諸島のことを笑えない。7日付産経新聞の宮本雅史編集委員による「国境がなくなる日〈洋上風力に触手 日本を丸裸〉」は、中国が日本の洋上風力発電事業を受注し、日本の電力供給の元を押さえる動きに出ていると警告する。たとえ一部といえども電力の供給源を他国、とりわけ中国に握られることは危険だが、それだけではないと宮本氏は語る。
「たとえば富山県入善町の洋上風力発電事業に中国企業が入ることになりました。発電業者は、発電機を設置する海域の風力、海流、海底の地形、地質などを調査することができます。受注企業は最大30年間、その海域を占有し、調査できるのです」
中国資本による日本の国土買収を20年以上も取材し、日本侵略の魔の手の実態を知る宮本氏はこうも語る。
「森林、水源地、農地などの国土だけでなく、海洋国家日本の、海と海底までが中国資本の手に渡ってしまいかねないのです」
恐ろしい話ではないか。中国の脅威に立ち向かうには国防力強化だけでは到底足りないのである。政治家は危機のアンテナを針鼠のように自分の周りに立て巡らし、中国の脅威を米国にも強調せよ。問題を把握し、国土も海も中国に奪われない法整備を全智全能を傾けて実現せよ。