「 創立百年、中国共産党の弱みを知れ 」
『週刊新潮』 2021年7月15日号
日本ルネッサンス 第958回
7月1日、中国共産党が創立100年を迎えた。周辺の民族や国々に強圧的政策を取り続ける隣国共産党のこれからを、特定の思い込みに陥らずに冷静に見て行く必要がある。
にも拘わらず、日本の多くのメディアは、100周年記念の習近平国家主席の演説を、既成のイメージに基づいて読んだのではないか。大半のメディアが「台湾」を見出しにとり、「台湾独立のたくらみも断固として粉砕」、「中国人民が国家主権と領土を完全に守るという強い決心、意志、強大な能力を見くびってはならない」などの部分を引用して、中国の戦闘的姿勢を強調した。
しかし、65分間の演説で台湾に関する発言は一番最後の方に出てくるだけだ。文字にして一段落分、短い言及だ。その一部を大きく見出しにとって論ずることは、習政権の実態を見誤らせることになる。
たしかに中国共産党は台湾併合を狙い続けるだろう。軍事力の強化にも余念がない。対外強硬策は決して止まらないはずだ。しかし習政権はいま、意外にも息をひそめている。中国共産党はウイグル人弾圧をジェノサイドとされるなど、四面楚歌だ。まともな国はどこも中国の行為を認めない。そうした中、中国は面子にかけて北京五輪を開催したい。そのために今だけ大人しくしているのであれば、わが国は尖閣諸島についても他のことについても、今こそ、積極姿勢に出る好機なのである。
習氏は演説で米国にも日本にも触れていない。話のほとんどを国内世論の高揚と引き締めに費やした。中華民族がいかに偉大な民族であるかを繰り返し、国民の愛党感情を掻き立てた。
中華民族について、偉大な民族、偉大な夢、偉大な復興、偉大な成果、偉大な転換、偉大な道、偉大な事業、偉大な建党精神などとあらん限りの言葉で賞賛した。中華民族こそ世界にそびえ立つ優れた民族だと強調し、習氏はこう語った。
「100年前、中華民族が世界の前に示したのは一種の落ちぶれた姿だった。今日、中華民族は世界に向けて活気に満ちた姿を見せ、偉大な復興に向けて阻むことのできない歩みを進めている」
毛沢東への個人崇拝
なぜ中華民族は蘇ることができたのか。習氏はこう説明した。
「中国を救えるのは社会主義だけであり、中国を発展させられるのは中国の特色ある社会主義だけだ」
「中国の特色ある社会主義」は習氏の思想である。習氏は、毛沢東は中国を「立ち上がらせた」、鄧小平は「豊かにした」、自分は「中国を強くした」と自負する。
自分自身を毛沢東になぞらえて、終身、国家主席の地位にとどまろうとしているのは周知のとおりだ。その自分の唱える中国の特色ある社会主義だけが中国を発展させることが出来ると、100周年演説で幾度も強調した。
習氏はこうも語る。
「カギとなるのは党だ」「中国共産党がなければ新中国はなく、中華民族の偉大な復興もない」「中国共産党の指導は、中国の特色ある社会主義の最も本質的な特長だ」。
つまり自分の思想があって初めて中国は成り立ち、中華民族の国の偉大さが実現されるというわけだ。
この熱烈な演説の二日前、習氏は「七一勲章」授与式に臨んだ。七一勲章とは市井の暮らしの中で自分の職務に忠実に黙々と奉献する平凡な英雄に与えられるもので、中国共産党の最高の勲章だそうだ。七一勲章を受けた「人民」の中に、尖閣周辺などで跋扈する海上民兵が入っていた。尖閣奪取は中国共産党の執念なのだ。この授与式で習氏は次のように国民を諭した。
「全党の同志はマルクス主義に対する信条、中国の特色ある社会主義に対する信念を生涯追い求め」なければならない。「永遠に党を信じ、党を愛し、党のために働き、各持ち場で必死に頑張り、崇高な理想のために奮闘する実践を絶えず前に推し進めていかなければならない」。
党への絶対的な信頼、絶対的服従、熱烈な愛を要求している。その党の根本を導くのが習氏自身の思想だと言っている。国民に要求している絶対的信頼や永遠の愛はすべて習氏に集中されるべきだということになる。毛沢東への個人崇拝の再来そのものではないか。
右の二つの演説から習近平政権の近未来の路線が読みとれる。それは、中国が少しでも開かれた国になり、穏やかな大国になってほしいとの大方の希望とは根本的に異なるものだ。
外交専門雑誌「フォーリン・アフェアーズ」は7・8月号で「中国は台頭し続けられるか」として特集した。その中に興味深い論文があった。ミシガン大学政治学部の准教授、ユエンユエン・アン氏による「北京のドロボー貴族」だ。
借金は4兆ドル
アン氏は中国の汚職は鄧小平のときに進化したと指摘する。鄧は中国を豊かにするためにひたすらカネを生み出す現実路線をとったが、党に忠誠である限り、腐敗も許容したというのだ。
その結果、想像を絶する腐敗が横行した。彼女が挙げた実例のひとつに鉄道担当大臣の汚職がある。それによると彼は350室の大マンション一棟と一緒に1億4000万ドル(約154億円)の賄賂を受け取っていた。他にも100人の愛人のハーレムを持ち、現金3トンをためこんでいた高官もいたそうだ。
摘発によってこのようなハチャメチャな汚職の実態は中国国民の知るところとなった。そして汚職の形態は変化し、土地のリースが汚職の主軸となった。中国の国土は全て国が所有し、誰も買い取ることはできない。しかし借りることはできる。そこで地方政府などは元々タダの国土を法外な値段でリースし始めた。99年以降の20年間で、地方政府の歳入は土地のリースによって120倍にふえたという。共産党とのコネを利用した土地のリース、またもや共産党のコネで金融機関からの多額の融資によって、一部の者が天にも届くカネを手にし、実体経済とかけ離れた好景気が続いた。結果地方政府の借金は4兆ドル(440兆円)に達し、破綻地獄に近づいている。
習氏はこうした汚職追放に力を入れたが、その追放や改革はルールに基づくのではなく、習氏につながる人脈を保護する形で恣意的に行われているにすぎない。これでは中国経済の真の立て直しは困難だとアン氏は見立てる。それは少なからぬ専門家に共通する解釈でもある。
毛沢東は戦略に優れていたが、最後は文化大革命の暴力に溺れて死んだ。毛沢東を見習う習氏の脆弱さを見詰め、それをわが国の国益につなげるのだ。中国の一瞬の隙を突いて、尖閣を守る手立てを講ずるだけでなく、今こそ、自衛隊の強化と憲法改正に向かって走るべきときだろう。