「 日米首脳会談、独立国の気概持てるか 」
『週刊新潮』 2021年4月15日号
日本ルネッサンス 第946回
4月16日、日米首脳会談が行われる。バイデン大統領の最初の対面形式の会談相手が菅義偉首相であることについて菅首相は4日、フジテレビの番組で「バイデン政権そのものが日本を重視している証だ」と語った。
日本への期待の大きさが見てとれるが、そのひとつがバイデン政権の重点政策、2050年までの温暖化ガス排出差し引きゼロ政策(カーボンニュートラル)への協力だろう。
世界の産業構造を一気に変える力を持つカーボンニュートラル構想を牽引するのが、気候変動担当大統領特使のジョン・ケリー氏だ。
3月8日から10日までケリー氏は英、ベルギー、仏の3か国を歴訪した。米欧が打ち出したのは、企業が製品製造過程で社会的責任を果たしているかを情報公開させる方針だ。社会的責任を完(まっと)うしているかどうかの判断基準はズバリ、人権を守っているか、脱炭素に真に貢献しているか、である。
人権問題では米欧はすでに共鳴し合い対中政策の軸に据えた。企業活動の全分野で人権を守っているかが重要になる。たとえば、新疆ウイグル自治区の強制労働で作られたものがサプライチェーンの中で使われていないかなどをグローバル企業は検証し、情報公開しなければならない。
もうひとつの基準は全体像で見る脱炭素だ。電気自動車でも燃料電池でも最先端を走る中国に、米国も欧州も危機感を抱いており、中国牽制の方法としてライフサイクル・アセスメントの考え方を打ち出した。たとえば、優れているといっても、中国の電池が二酸化炭素を大量に排出する石炭火力由来の電力で造られたのではないかなどをチェックし、そうであれば市場から排除する戦略だ。これは中国にとって、場合によっては日本にとっても、大変な圧力になりかねない。
明星大学教授の細川昌彦氏が3月26日、インターネット配信の「言論テレビ」で語った。
「現在進行中の事態を単に環境問題ととらえるのは間違いです。環境問題という見せ方は表面だけで、中身は産業の競争力、もっといえば大戦争をやっているのです。経済安全保障の戦いです」
「人権が最強の武器」
バイデン政権が掲げるカーボンニュートラル構想に日本は大急ぎで追随し、50年までの達成を法制化するところまでいってしまった。だが、本来日本が成すべきことは、先述のようなルール作りの一翼を担うことだ。それが小泉進次郎環境大臣の役割だが、氏にその自覚はあるだろうか。
ケリー氏は3月9日、ブリュッセルで自信たっぷりに語っている。
「世界最強の米欧二つの市場が同じ方向へ動けば影響力は大きく深い」「今起きていることはキャピトルヒル(連邦議会)での(バイデン政権が辛うじて保つ共和党に対する)小さなリードよりはるかに大きなことだ」
民主党の政権基盤が万全でなくとも、経済界は炭素削減に積極的で、新技術の開発も進んでいる。共和党が反対しても、物事が動き始めているとして自信を強めているのだ。また、米欧最強チームが指し示す基準に中国も従わせたいとの思惑から、国際社会の合意を取りつけつつある。
そのためにバイデン政権は中国に対して厳しい人材を揃えている。通商代表部(USTR)代表キャサリン・タイ氏は、中国のウイグル人弾圧に非常に厳しい意見を持つことで知られる。USTRは3月1日に出した通商政策報告書で中国の人権侵害が最優先事項であること、ライフサイクル・アセスメントに基づいて、「炭素国境調整措置」の採用を検討することを明記した。
言論テレビで戦略論の大家、田久保忠衛氏が指摘した。
「人権が最強の武器となっているのです。米中対立の構図で、中国の最も弱い点が人権であり、軍事的対立よりも人権を巡る価値観で米国が優位に立っています」
バイデン氏はもとより、ブリンケン国務長官、ケリー氏、タイ氏などの閣僚全員が人権派であり、ケリー氏が他のどの国よりも先に欧州諸国を訪れたのは、明らかに人権問題を価値観の問題として戦略的に活用していくための合意形成が目的だっただろう。
日本の立ち位置はどうか。バイデン政権が中国政府のウイグル人弾圧をジェノサイド(民族大虐殺)に認定する一方、先進7か国の中で中国共産党に制裁措置をとっていないのは唯一わが国のみとなった。この点を問われて、加藤勝信官房長官は「わが国には人権問題のみを直接、あるいは明示的な理由として制裁を実施する規定はありません」と答えた。
わが国は北朝鮮による拉致が許されざる人権侵害でありテロであると国際社会に訴えて協力を要請してきた。だが、隣国で横行する苛酷な人権弾圧は、規定がないので見過ごす、などと菅首相はホワイトハウスで言えるだろうか。
日本の覚悟が問われる
もう一点、菅首相に期待されているのは台湾及び尖閣有事に関しての日本の覚悟であろう。米太平洋艦隊司令官、ジョン・アキリーノ氏は「台湾有事は大方の予想よりも間近に迫っている」と語っている。
4月4日、フジテレビの番組で橋下徹氏が菅首相に尋ねた。
「台湾有事が現実に起きたら、安倍前総理が火だるまになって作ってくれた平和安全法制の中の『存立危機事態』に相当すると判断して、米国と集団的自衛権を行使する、これはあり得るんですか」
台湾有事が「日本の存立が脅かされる」存立危機事態に該当するとなれば、自衛隊は反撃できる。しかし「日本の平和と安全に重要な影響を与える」重要影響事態だと判断されれば、自衛隊は自らは戦わず、米軍などへの後方支援にとどまる。
橋下氏のこの重要な問いに菅首相は、「仮定のことに私の立場で答えることは控えたい」とのみ回答した。
橋下氏が「存立危機事態に当たらないとも明言できないということなんですね」と食い下がると、首相は橋下氏を少々険しい目で見て答えた。「今申し上げたとおりです」
首相はかねてより、尖閣については日米安保条約第5条の適用はあるが、日本国の領土を日本国が守るのは当然で、守る主体は日本だと語っている。ならば台湾有事でも自衛隊が戦うことは当然だという帰結になるのではないか。なぜなら、台湾有事では、日本の領土も中国の攻撃目標になるからだ。台湾を含めたアジア防衛の米軍の拠点は嘉手納など沖縄の基地だ。中国は真っ先にそこを狙ってくる。従って台湾有事において後方支援だけで済ませることはあり得ず、それはわが国の国益にも適うまい。
他国に先駆けて行われる対面での日米首脳会談は、気候変動、人権、台湾・尖閣の問題等で国家としての日本の覚悟が問われる歴史的な場面となる。菅総理は政治生命をかけて独立国家としての気概を見せよ。