「 この国の本当のワルは誰だ 」
『波(新潮社)』 2001年9月号
小倉昌男・櫻井よしこ対談
菊の御紋の方程式
櫻井: 『日本のブラックホール 特殊法人を潰せ』を執筆するために改めて特殊法人問題を取材して感じたことは、この国の体制の理不尽さです。日本の本当のワルは官僚なのだという結論に達しました。小倉さんはこういうことを何十年も前に感じていらっしゃったことでしょう。
小倉: 原稿を拝読して官僚には悪知恵があると、再び強く感じました。非常によく取材してありますね。私は「特殊法人」を「行政産業」と呼んでいます。国の予算はそれほど使わずに、業者から奉加金を集めて、みんなを食わすという仕組みががっちりできているからです。この『運輸省関係公益法人便覧』で丹念に調べたところ、総数は841でしたが、役員はともかく職員ゼロという団体が結構ありました。仕事をやっていないということです。
櫻井: 全て、お数えになりましたの?
小倉: 私はヒマ人だからね(笑)。
櫻井: その緻密さが小倉さんのすごいところです。資料まで持ってきていただき恐縮です。あら「関東小型船舶工業会」は年間予算が1200万円。1人分のお給料ですね。
小倉: そうです。役員を1人雇うと、1000万円かかってしまう。つまり、事業をやらない人件費だけの組織ですよ。
櫻井: パラパラとめくって見るだけでも、その類の組織がたくさんありますね。例えば「石川県自家用自動車協会」。年間予算が1013万5千円もあるのに職員ゼロです。予算は常勤役員の吉田さんという方のお給料だけですね。責任者も吉田さん。
小倉: 役員は全て天下り。トラック協会など運輸関係業界団体の理事長だと、局長級が天下ります。給与は、年俸約2000万円。それより安いと行きません。
櫻井: 自ら天下り先を選べるのですか。
小倉: そうですよ。年俸2000万円を一つの基準として、車・個室・秘書・交際費と条件をつけ、比較検討をしている。聞いて嫌になっちゃった。本当にいじましい。
櫻井: 彼らは日常的にそういう会話をしますの? 何と心卑しい人たちでしょうか。
小倉: 課長級は、まだ理論的なことを言います。しかし、部長になるとダメ。局長まで昇りつめると、天下り先など今後の身の振り方に熱心になり、先輩と政治家のバックアップ獲得に奔走します。仕事のことなど考えていないですよ。
櫻井: 以前取材した国土交通省の審議会は、常勤の委員長が天下りでした。お給料は、本省の局長クラスが天下った場合とほぼ同等、一年間で2273万円です。しかし仕事内容は年に13度、会議を開いただけでした。各会議は約4時間で終了。で、時間給で割ってみたら、時給43万7千円。こういう類の、役にも立たない金食い虫の委員会、審議会が、山のようにあり、そこに官僚が天下って、いわゆる「行政産業」を形作っているわけです。
小倉: 私は道路審議会委員を20年やりましたが、時給は1万円くらい。もちろん職務手当はくれますけれども。
櫻井: 常任委員長や常任理事の給与だけが高く、小倉さんのような外部の人は、安く働かされる仕組みなのです。
小倉: 一方、民間業者が勲章欲しさで「官」にごまをするという現象もあるのです。
櫻井: 勲章欲しさでということは、よく耳にしますが、それほど欲しいのでしょうか。
小倉: 私にもよく分からないのですが、彼らは若い頃はお金、その次は、女性と勲章が欲しくなるらしいですよ(笑)。特に勲章は猛烈に欲しいらしい。これを巡る争いは浅ましいですね。
櫻井: 勲章が人を精神的に隷属させる手段になっているのですね。
小倉: そもそも天皇の官吏に与えられ、民間人には与えられないのが建前です。
櫻井: 私の美容院の先生はもらいましたよ。
小倉: 業界団体に推薦されたのでしょう。業界と天下り先は持ちつ持たれつの構造ができています。官僚は行政指導という名のもとに、自分たちの希望をこのルートで流していくのです。
櫻井: そのような菊の御紋の方程式は非常に大きな組織力を発揮して、人の心の支配を強める道具になります。そして、公益法人や特殊法人の仕組みとも構造的に重なってくるわけですね。
官僚にモラルはない
櫻井: 官僚たちの精神の退廃ぶりが、日本の足を引っ張っているのではないでしょうか。認可法人とか公益法人というのは、戦後の産物ですか。
小倉: 戦後ですね。戦前は自主的なものでしたが、戦後はノンキャリアを含めた役人が余生を送るための受け皿としての意味しかない。その給料は業者の会費で賄う。
櫻井: あの手この手で役得を増やす、小賢しい人たちが多いですね。
小倉: 外務省まであんなにひどいとは思わなかった。私は運輸省に出入りしていたので、実態はよく知っています。課長級の話題は、どうしたらゴルフにただで行き、酒を飲み、収入を増やせるかということばかり。例えば、本を作り、「運輸省何々課長監修」という字を入れ、印税のいくらかを貰う。調査研究の委員会に行き、僅かな委員手当をもらう。塵も積もればなんとやらですね。一流大学を出て公務員試験に受かっている連中が、こんなに卑しいかとしみじみと思う。本当に不思議な集団です。
櫻井: 官僚たちの差配するお金の流れが国民に見えないところに大きな原因があると思います。特殊法人や公益法人に流れるお金の大半は特別会計のお金と、業者からの奉加帳です。それを彼らは無責任に使います。大変なモラルの崩壊です。情報開示もされないし、「自分たちはどんな悪いことをしても大丈夫」という考えが、パブリックマインドを消してしまうのです。
小倉: 官僚を「公僕」と表現した時代もありましたが、今は実態として死語ですね。では、パブリックマインドを持っているのは誰か。手前みそですが、宅急便のドライバーは持っていると思いますよ。民間の方がよほどしっかりした精神構造を保っています。官僚は自らの無謬性神話を信じ、思い上がっているのです。
櫻井: 無謬性に加え、役人は責任をとらなくてもいい存在で、私たちを超越した“聖なる存在”なんですよ。民間は精神構造が病んでいると思われた途端に商売がたちゆかなくなるので、誠心誠意やらざるを得ませんし、失敗すると責任者は責任をとらされます。
小倉: 民間は結論に対し、何らかの形でペナルティーを課せられます。しかし、役人には何にもない。例えば、ハンセン病の和解金は約304億円ですが、患者の人の心の痛みを考えたら、あんなものでは済まない。あの10倍も20倍も払わなければいけない。ただし、その金は税金ではなく、歴代厚生省の全ての役人の数で割って、取りたてるべきではないでしょうか。
櫻井: 本来、行政の姿は全てが情報公開されるべきです。しかし、お役人や特殊法人の世界は、幾重もの壁に阻まれて中が見えません。特殊法人は情報公開の対象からも外れました。彼らは衝突の陰に隠れて、何をしても構わないという存在なのです。
小倉: 倒産がないのもよくない。民間企業は倒産によって歯止めがかかっています。
櫻井: 特殊法人の幾つか潰そうとしていますが、潰れないですね。なぜでしょう。
小倉: ある法学の先生曰く、「徴税権」を利用して赤字の帳尻を合わせるからだそうです。つまり増税すればいい。一方、ニューヨーク市は破産して、警官の給料も払えなくなり、警官の数を減らしていましたが。
櫻井: 行き詰まった姿をそのまま見せるということですね。
小倉: 特殊法人も役人も、赤字が出たら給料を減らすのが一番いいかもしれません。
櫻井: 債無超過などを税金などで補助してやらないことです。官僚は、一つのポジションにせいぜい2、3年くらいしかいませんでしょう。彼らは自らを「リレー競争のランナー」と表現します。異動前のポジションのことは努めて忘れるようにする、責任も含めてすべてが有限なんです。自己責任の観念が全くないですね。
小倉: 本当に、腹の立つことばかりですね。精神衛生上よくありません。
税金のキックバック!
櫻井: 卑怯な官僚集団を公僕としての使命に目覚めさせるにはどうしたらいいのでしょうか。
小倉: 国民が賢くならなければ、ダメですね。
櫻井: 今、小泉さんが首相になって、特殊法人の見直しを提言していますが、公益法人の見直しも必要です。そのために私たち一人一人が、たかり構造の中で生きることを拒否するくらいの心意気を示さないといけません。問題は、現状を許容している意識の鈍さでしょう。このおかしな価値観に、私たちみんなが染まっている。
小倉: 嫌な日本ですね。風通し悪く、淀んでいますね。
櫻井: しかし、小倉さんがお作りになったヤマト運輸は大変な成長を遂げ、株価も上昇し続けています。ヤマト福祉財団も、とても真面目な活動をしていらっしゃいます。
小倉: 自己利益のためにではないからです。官僚とは目的がそもそも違います。
官僚には官尊民卑の考えが染みついている。役人は公のために働いているが、民間は儲け主義だ、ゆえに監視しないといけないと解釈し、規制をつくるわけです。しかし、民間の方が出発点ははるかに真面目です。
道路のあり方にしても、誰のためなのか、改めて考え直さないといけません。人が歩き、立ち話をし、震災に襲われたらそこを通って避難するためのものなんです。
櫻井: パブリックスペースですね。
小倉: パブリックという考え方が日本には欠如しています。いいパブリックを維持するためには、地方独自の地方税の財源を確保してやらなければいけない。
現状ではそこでピンハネしているヤツがいるんですね。
櫻井: だれがピンハネしているんですか。
小倉: トラック協会、バス協会、運輸省がピンハネしています。税金のキックバックがあるんです。
櫻井: 税金のキックバックなんて初めて聞きましたね。具体的に話してください。
小倉: 軽油の値段を上げる話が持ち上がったことがあって、業界はこれは大変だ、と反対したんですね。そうしたら、トラック協会の会長の加藤六月という政治家が…。営業車は、トラックもバスも増税を免除してやると言ったんですよ。ですが実際はできなかったから、全額払え、しかし、トラック協会にだけはキックバックしましょう、ということになったわけです。
櫻井: 今もそれは続いているのですか。
小倉: はい。これはほんの一例ですが、キックバックのお金はトラック協会に振り込まれます。天から降ってくるわけです。ただし、それは各業者に分けてはいけない。トラック協会は公益法人、社団法人だから貰える。
櫻井: トラック協会が持っているのですね。何に使うのですか。
小倉: 使い道がなく、金庫にお金が何千億と貯まっていきます。利息は何に使っても平気。
櫻井: そんなことなら税率を下げるべきですね。
小倉: 東京のトラック協会では10人ぐらい天下りを受け入れていました。運輸省から一人、自治省から一人、警察庁から一人。しかし何人いても、自分たちには関係ないのです。お上から税金のキックバックが来るのですから、使わなければ損、損ですよ。
櫻井: あまりにもひどいですね。
焼け太りとは何か
櫻井: 実は若気の至りで、マリンスポーツ、水中アクアラングの審議会の委員になったことがあったのです。どうしてもと言われましてね。しかし、審議を進めるうちに、結局は天下りのポストを作るための審議委員会だったと気づきました。
小倉: 今はライセンス化され、商売になっていますね。
櫻井: とてもいい利権ポストです。私は答申に反対しましたが、最後は、官僚たちからも発言をマークされて、とても嫌な思いをしました。審議会はお役所の望むことを実現するための便利な隠れ蓑、意見を聞いたというアリバイにもなっているのです。
小倉: そこで必ず出てくるのは「安全」「環境」という錦の御旗。これに反対できる人はいません。現在、公益法人は運輸省関連だけで841、全部合わせると約2万6千です。膨大な予算を使っているから、規制緩和はできない。規制とは自由主義経済のひずみが出るのを抑えることです。しかし規制のあるところ既得権あり。参入を厳しくすればするだけ役人は、うまい汁を吸えるわけです。
櫻井: 規制は結局、役人を太らせるためにあるのですね。
小倉: 私も行革審で運輸省の通運の免許制度を廃止し、認可制度にすべく努めた。しかし、建設省の役員は、「運輸省さんはうまくやりましたね。焼け太りしましたね」と言いました。
櫻井: どういう意味ですか。
小倉: 認可制の方が申請総数が増えるため、予算も役人の数も増えたのです。
櫻井: 壮大な皮肉ですね。
小倉: それで、焼け太りしましたねと。僕はそのとき初めて、「焼け太り」という生の声を聞きましたよ。
特殊法人以外にも、見えざる行政産業が沢山あり、どんな役所にも眷属(けんぞく)がいるわけです。故にこの仕組みをつくった奴が勲章を貰えるんですってね。
櫻井: 長い間同僚、後輩たちの面倒を見られるシステムを作った功績ですね。
小倉: 大変な功労者なわけです。隅々まで互助組織が発達している世界です。本当に嫌ですね。だから冗談で言うんです、霞ケ関に火をつけて燃やしてやりたいと(笑)。
櫻井: ハッハ、物騒な表現ですが、及ばずながら助っ人になります。
小倉: 役人がいるから規制を作るわけです。役人の首を切れば規制はなくなるんですけどね、そんなことを言うものだから僕も要注意と見なされましてね。そういうところであなたとは馬が合うんですね(笑)。
櫻井: お話を伺って勇気が出ました。今日は、ありがとうございました。