「 沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図 『不都合な真実』の予見は説得力がある 」
『週刊ダイヤモンド』 2018年9月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1245
沖縄県が熱い政治の渦の中にある。翁長雄志知事の死去で、知事選挙が9月30日に繰り上がった。氏の後継者として小沢一郎氏の同志で、自由党幹事長の玉城デニー氏が出馬する可能性が濃厚だ。
自民・公明の候補者は普天間飛行場を擁する宜野湾市の前市長、佐喜眞淳氏である。宜野湾市議、沖縄県議を経て宜野湾市長に至る足跡は、激しくぶれた翁長氏の経歴とは対照的だ。
両氏の一騎打ちが予想される中、沖縄では「弔い合戦」「オール沖縄」などの言葉が飛び交う。現地紙の「琉球新報」「沖縄タイムス」は、翁長氏が辺野古の海を守るべく本土政府と鋭く対立し、命懸けで闘ったと熱く報じ、知事選挙を氏の遺志を継ぐ弔い合戦だと印象づける。2紙は沖縄県人が一致して「オール沖縄」で本土政府と闘うという形づくりに懸命である。
しかし、「オール沖縄」は本当に保革両勢力を束ねる政治基盤なのか。翁長氏はかつての自民党県連幹事長で、普天間飛行場の県内移設を容認していた。その保守の政治家が共産党主導の革新勢力と手を結んだために保革両勢力が結集したかのような印象を与えたが、真実はどうか。翁長氏はなぜ突如、辺野古移設に反対し始めたのか。
こうしたことを本土側の思い込みで理解しようとすると、必ず間違う。ではどうしたら沖縄を理解できるのか。
田久保忠衛氏は沖縄返還の前、時事通信那覇支局長だった。氏は沖縄理解の基本として「沖縄学の父」とも言われる伊波普猷(いはふゆう)を読むことだと語る。沖縄・久米島にゆかりのある佐藤優氏も伊波の『おもろさうし』を読み通したと、どこかに書いていた。ちなみに伊波は誰も研究する人のいなかった時代から琉球の万葉、「おもろ」を研究し『おもろさうし』をまとめた。
伊波の膨大な著作に加えて、手軽な新潮新書『沖縄の不都合な真実』(大久保潤、篠原章著)を読めば、かなり沖縄のことがわかる。『不都合な真実』は現在進行形の事象を中心にしたジャーナリスティックな著述だ。
大部の専門書である伊波の全集と、小振りな新書は沖縄理解の根本において重なっている。両者に通底するのは沖縄へのあたたかな想いと、沖縄の暗部への深い斬り込みである。
『不都合な真実』は、誰も反論しにくい「沖縄の被害者の立場」を前面に出した「沖縄民族主義」を冷静に批判し、補助金依存型経済と公務員優位の社会構造にメスを入れない限り、基地縮小は進まないと断ずる。同批判は伊波がざっと以下のように指摘した「沖縄人の最大欠点」と本質的に重なる。
〈日支両国に従属した歴史の中で沖縄人は二股膏薬主義を取らざるを得ず、生きるために友も師も、場合によっては国も売るという性質を育んだ〉
弱者の立場ゆえに、生存のためにはどっちにも転ぶというのだ。
結論を急げば、翁長氏を支える勢力は「オール沖縄」と称されるようなものではない。4年前の知事選挙の得票率は、翁長氏ら辺野古移設反対派が52.7%、容認派が47.4%だった。実態は「オール沖縄」ではなく「沖縄二分」なのだ。
『不都合な真実』は翁長氏の突然の変心は「カネと権力」を巡る覇権争いゆえだと分析し、本土の私たちのように、翁長氏変心の原因を辺野古移設を巡る立場の違いに求めるのは「まったく的外れ」だと斬って捨てる。
沖縄問題は難しい。基地縮小の施策はおよそいつも現地の反対で妨げられる。同時に、基地負担の見返りに膨大な額の補助金が要求され、政府が応じる。それが基地縮小へのブレーキとなる。この壮大な矛盾の中で、今後、沖縄の自衛隊誘致運動が海兵隊の縮小に伴って一大勢力に発展するとの『不都合な真実』の予見には、十分な説得力がある。表面的な考察でのみ沖縄問題を論ずると間違うのである。