「 いつでも米中は手を握れる 」
『週刊新潮』 2017年3月16日号
日本ルネッサンス 第745回
世界の大国である米中が共に不安定だ。指導者の言動は、双方共に信頼しにくい。ドナルド・トランプ大統領と習近平国家主席がどのような世界戦略を考えているのか。どう動くのか。日本にとって最重要の外交問題である米中関係の展望は依然として明確ではない。
理由のひとつがトランプ大統領の発言の好い加減さであろう。台湾問題で「なぜ『一つの中国』政策に縛られるのか」と言ったかと思えば、習主席との電話会談で、「『一つの中国』政策を尊重する」と豹変する。「北大西洋条約機構(NATO)は時代遅れだ」と罵ったかと思えば、「ファシズムを退けた2つの世界戦争に勝ち抜き、共産主義を破った冷戦での絆がNATOの同盟だ」とほめちぎる。
最高指導者の言行不一致において中国はより際立っている。1月17日、スイスで行われた世界経済フォーラム(ダボス会議)で自由貿易の重要性を習主席が説いたのは最高の冗談だった。習主席に経済改革の意思があるとは、いまやおよそ誰も思わないだろう。李克強首相に市場重視の大胆な改革策を提案させたのが2013年だった。しかし、現実には中国経済はより強い政治介入に晒されている。国有企業が縮小されるかわりに、中国共産党の介入の度合いが強まり、集中が強化され、民営化が阻害されている。改革開放志向の経済としてリコノミクスと呼ばれていたのが、いま、習主席にちなんでシーコノミクスと呼ばれ、統制の色彩を強めている。
習主席は腐敗撲滅運動で庶民の支持を得たが、結局、撲滅された人々は、軍人、官僚、政治家を問わずほとんどが江沢民、胡錦濤両氏の取り巻きである。習氏の取り巻き、太子党は誰一人撲滅されておらず、政敵撲滅運動となっている。
国防費が1兆元を突破
このように米中首脳の言葉は、それぞれ異なる意味合いながら、信じ難いのだが、両氏が足並みを揃えているのが軍事予算の大幅増である。トランプ大統領は軍事費の10%増を表明、軍事力増強の象徴として現在の空母、実質10隻体制を12隻体制に強化すると発表した。
中国の南シナ海での蛮行を念頭に、トランプ大統領は原子力空母カール・ビンソンを中心とする第1空母打撃群を2月18日から南シナ海に展開、活動を開始させた。
一方、中国も3月5日に開幕した全国人民代表大会(全人代)で李首相が政府活動報告を行い、アメリカに対抗するかのように、中国の海洋権益を断固守ると表明、台湾に関しては独立に「断固反対し、食い止める」と演説した。昨年の報告にはなかった「食い止める」という表現が加わり、より強い決意表明となった。
李首相は習主席を毛沢東に並ぶ別格の指導者として6回も「核心」と呼んだが、習主席が独裁体制の確立に向かっているということだ。これは李首相の経済改革の頓挫を意味するものでもあろう。即ち、中国はやがて自身の足下を危うくする経済減速に、より深く落ち込んでいくのを避けられないだろう。
経済の減速を反映してか、例年、全人代初日に発表される国防予算案の発表はなかったが、それでも国防費が初めて1兆元(約16兆5000億円)を突破するのは確実と確認された。太平洋を挟む2つの大国は、いま、明確に、相互を敵と見立てて競い合い、顕著な軍拡に乗り出している。
太平洋の東にアメリカ、西に中国、わが国はその間に挟まれている。同盟国の軍拡は日本にとって、控えめに言っても心強い。1989年以来続く中国の軍拡に対抗するには日米同盟の強化しかないからである。
2月3日に来日し、日米同盟の重要性を強調し、100%、日本と肩を並べて歩むと明言したジェームズ・マティス国防長官も、2月9~13日に訪米した安倍首相に、通常戦力と核の双方で日本を守ると明言したトランプ大統領も、その意味で日本に大きな安心を与えた。日本側は皆、喜んだ。
だが、国際関係は力のバランスや実利によって風見鶏のように変化する。とりわけ米中首脳の発する言葉には信を置けないのである。彼らはいつでも豹変するだろう。
そこで注目すべきは米中間の表の動きだけでなく、裏の動きである。官僚や政治家の動きではなく、トランプ大統領の親族による対中接近の実態である。
2月1日、大統領が最も信頼していると言われる長女のイヴァンカ氏が5歳になる娘のアラベラを伴って中国の春節(旧正月)を祝うためにワシントンの中国大使館を訪れた。中国語を学んでいるアラベラは、中国語で歌い、中国大使以下こぞってアラベラを賞賛した。イヴァンカ氏は幼い娘のパフォーマンスを自身のツイッターに載せた。
米中関係に思いこみは禁物
これは確かにプライベートな社交かもしれないが、トランプ大統領の了解と支持を得た堂々たる外交でもある。このとき、政治の表に出ていた動きは何だったか。「中国は為替操作で通貨安を誘導している」というトランプ大統領の非難(1月31日)であり、「『一つの中国』の見直し」(1月13日)だった。表の情報はトランプ大統領の厳しい中国政策を示唆しているが、裏の動きはその真逆で、中国に対する親愛の情が溢れていたのではないか。
イヴァンカ氏の夫のジャレッド・クシュナー氏の行動にも注目すべきだ。トランプ氏が最も重用する人物と言われている氏は、いまや大統領上級顧問として義父に仕え、強大な権力を行使する立場にある。
氏については1月10日に「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)紙が大型の取材記事を掲載した。NYTの取材にクシュナー氏は応じなかったそうだが、同紙は義父が大統領選挙で勝利をおさめた約1週間後に、氏が中国人大富豪の呉小暉氏と会食していたことを詳報したのだ。
クシュナー氏は中国資本と深くつながっており、そのひとつが2850億ドル(32兆円余り)の資産を持つ「安邦保険」で、グループの会長が呉氏である。氏は鄧小平の孫娘と結婚しているが、なぜ氏が急速に力をつけたのか、その背景は不透明だという。
1月に36歳になったばかりのクシュナー氏はハーバード大学を首席で卒業した。祖父の代からの不動産事業を引き継ぎ、この10年間で70億ドル(約7700億円)の投資をしたが、その資金の多くを、呉氏らの中国資本が支えていると報じられた。
米中関係の表と裏を合わせ鏡のようにして見て、ホワイトハウスの首席戦略官や通商代表部代表ら対中強硬派の人材と、クシュナー氏ら身内の親中派の混在を考えれば考える程、トランプ氏の対中政策は見えにくくなる。米中関係に一方的な思いこみを抱いてはならないと思う。