「 地球・月系の支配を狙う中国の野望 」
『週刊新潮』 2016年10月27日号
日本ルネッサンス 第726回
いま、世界のどの国よりも必死に21世紀の地球の覇者たらんと努力しているのが中国だ。彼らは習近平国家主席の唱える中国の夢の実現に向かって走り続ける。そのひとつが、宇宙制圧である。21世紀の人類に残された未踏の領域が宇宙であり、宇宙経済を支配できれば、地球経済も支配可能となる。宇宙で軍事的優位を打ち立てれば、地球も支配できる。
10月17日、中国が2人の宇宙飛行士を乗せた宇宙船「神舟11号」を打ち上げた背景には、こうした野望が読みとれる。内モンゴル自治区の酒泉衛星発射センターから飛び立った中国の6度目の有人宇宙船打ち上げは、無人宇宙実験室「天宮2号」に48時間後にもドッキングし、2人の飛行士は30日間宇宙に滞在する。
打ち上げは完全な成功で、計画から実行まで全て中国人が行ったと、総責任者の張又侠氏は胸を張った。中国は独自の宇宙ステーションを2022年までに完成させ、30年までに月に基地を作り、中国人の月移住も始めたいとする。
いま宇宙には、日本をはじめアメリカやロシアなど15か国が共同で運営維持する国際宇宙ステーション(ISS)が存在する。ここに参加しない唯一の大国が中国である。中国はアメリカとロシアの技術をさまざまな方法で入手し、独自の開発を続けてきた。また彼らは世界で初めて「宇宙軍」も創設した。その狙いは何か。少なからぬ専門家が中国の軍事的意図を懸念する。
アメリカのシンクタンク「国際評価戦略センター」主任研究員のリチャード・フィッシャー氏もその一人だ。氏が中国の宇宙開発に関して最初の警告を発したのは、85年だった。
「詳細な分析と報告を国防総省をはじめ、主要シンクタンクに提出しましたが、誰も私の危惧を理解しませんでした。中国が宇宙に軍事的野心を抱いているということ自体、誰も信じなかった。私は変人扱いされ、中国の脅威を大袈裟に言い立てているだけだと思われたのです」
宇宙戦闘部隊
だが、中国の宇宙進出は、氏の指摘どおりの道を辿ってきた。いまや多くの人の目に宇宙における中国の軍事的野心は明らかだ。そうした中、氏は、中国政府の姿勢に興味深い変化が見られると、シンクタンク「国家基本問題研究所」で語った。
「彼らは自分たちの宇宙活動について、以前よりずっと積極的に語り始めています。無論、国家機密は口外しませんが、イーロン・マスクが目論むような宇宙開発が実現されるとき、中国はそれを支配(dominate)しようと考えていると思います」
マスク氏は南アフリカ生まれの起業家で、アメリカのシリコン・バレーの寵児にして宇宙企業「スペースX」の創業者だ。今年9月末、氏は新たなロケットと宇宙船の開発計画を発表、地球滅亡に備えて火星への人類移住を進めるという。
フィッシャー氏が続ける。
「中国はマスクの考えるようなビジネスから、宇宙資源の活用までひっくるめて宇宙経済を支配したいのです。その前に地球・月系の宇宙圏を自らの支配圏として確定させようとしています。それこそが中国の軍事・政治戦略の基本です」
その第一歩がアジア地域での覇権確立だと、氏は語る。
「アジアにおいて軍事力、経済力、政治力で圧倒し、それを地球全体に広げていく。そのための能力を、現在、磨いています」
海や陸を制するには空を制しなければならない。空を制するには宇宙を制しなければならない。その意味で中国は着々とアジア制圧の構えを築き、支配圏を広げているとして、あと10年もすれば、中国の覇権は現在よりはるかに目に見える明らかな形で出現すると、警告する。地球の覇者となるのと同時進行で、宇宙での支配力を強めているというのだ。
「想像して下さい。高高度の宇宙を制すれば、地球上のどの国もどの地域も制圧できます。中国の宇宙開発が濃い軍事的色彩を帯びているのは、宇宙開発の全てを人民解放軍(PLA)が担っていることからも明らかです。習主席は今年、軍の大改革を断行しました。そのときに新設された戦略支援部隊が、中国の宇宙戦略を支えています」
近い将来、PLA空軍に創設されると見られているのが宇宙戦闘部隊である。その長に、リ・シャンフー将軍の名が挙がっているという。
「リ将軍は2007年に中国が地上発射のミサイルで800キロ上空の軌道上にあった中国の衛星を撃ち落としたときの指揮官です」とフィッシャー氏。
中国の衛星破壊は当時世界を震撼させた。なぜなら、中国はアメリカの衛星も破壊できる能力を見せつけたからだ。アメリカ軍は高度のハイテクに依拠しており軍事衛星はアメリカ軍の生命線だと言ってよいだろう。その意味で衛星破壊行為は宇宙戦争に踏み込んだ行為だと解釈されたのだ。それを指揮した人物が宇宙戦闘部隊の長になるということは宇宙戦争の体験者が長になるのと同じ意味だというのだ。
地球規模で衛星監視
アメリカの専門家たちを真に憂慮させる次元に至るまでの中国の努力は凄まじい。今年6月、彼らは南シナ海の海南島東部の文昌市から新世代ロケット「長征7号」を打ち上げた。2030年までに米露と並ぶ宇宙強国になると決意している中国の宇宙開発の鍵を握るロケットである。
「今年から運用を開始した文昌衛星発射センターは今後、非常に重要な地球・月系支配の拠点となると思います。中国が南シナ海の支配に拘る大きな理由のひとつが、この衛星発射センターにあると、私は見ています」と、フィッシャー氏。
中国は地球・月系支配のために、地球規模で衛星を追跡、コントロールする監視基地網を築いてきた。
中国を中心に、パキスタンのカラチ、アフリカ大陸のケニアのマリンディ、ナミビアのスワコプムンド、南米チリのサンティアゴ、豪州西部のドンガラに、各々衛星追跡及びコントロールのための基地を築き上げた。アルゼンチンにも、新しい衛星監視基地が間もなく完成する。フィッシャー氏が、そうした衛星監視基地の意味を解説した。
「アルゼンチンは中国に基地を提供する見返りに、中国の衛星情報を貰う取り決めを結んでいます。もう一度、フォークランド紛争が起きたら、アルゼンチンは中国提供の情報を活用して、大西洋の真ん中で英国の艦船を待ち伏せできるのです」
このような中国の宇宙進出を前に、オバマ政権はブッシュ前大統領が月開発計画を再開しようとしたのを、全て止めた。日本も参加するISSは2024年にも運用を終えるかもしれない。日本はここで宇宙開発における国際協力体制を推進する強い力とならなければならない。