「 書店主らの失踪、新聞買収に見る中国共産党のソフトパワー戦略 」
『週刊ダイヤモンド』 2016年1月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1116
昨年暮れ、中国の人権派弁護士として知られる浦志強(ほ・しきょう)氏に北京の第二中級人民法院(地裁)は懲役3年、執行猶予3年の判決を下した。浦氏は2014年5月以来1年7カ月も拘束され、「民族の恨みを扇動した罪」「国家分裂を扇動した罪」で裁かれたのだ。
執行猶予付きの判決でも国際社会は決して安堵できない。その理由はもう1人の人権派弁護士、高智晟(こう・ちせい)氏の例を見れば明らかだ。
高氏は06年に逮捕され、懲役3年、執行猶予5年とされた。釈放されても自宅軟禁が続き、弁護士活動が許されないばかりか、常時監視され、しばしば根拠もなく警官に殴打された。そして執行猶予期限終了直前、突然姿を消した。彼が再び逮捕収監され、3年の刑期に処せられたと、後日判明したが、弁護士の接見もままならない年月が過ぎた。14年8月に出所したとき、高氏は見るも無残な姿になっていた。
度重なる拷問で、ほとんどの歯を失い、記憶も薄れ言葉も満足に発することができず、精神に異常を来したとの情報も流れた。現在も高氏は親戚宅に軟禁され、当局の監視下にある。
浦氏の件も同様である。中国当局は、執行猶予を付けることで国際社会の批判をある程度和らげることはできたが、習近平体制の中国は言論・思想・信条の自由を断固排除する決意だ。
香港の銅羅湾書店は中国政府に批判的な書籍を出版・販売することで知られている。その書店の店主、店員、親会社の幹部ら5人が昨年10月以降、訪問先のタイや広東省で相次いで連絡を絶っている。
5人目の行方不明者、銅羅湾書店の株主で作家でもある李波(り・は)氏は中国の治安当局に拘束され、本土に連行されたと思われる。昨年12月30日、李氏は妻に電話し、「調査に協力している。騒ぎ立てないでほしい」と、中国語で語ったそうだ。いつもは広東語を使うのに、と不審に思った妻が香港警察に相談し、李氏の電話は広東省深圳(シンセン)から発信されていたことが判明した。
中国の一部であっても、1国2制度の下で香港には独自の法制度および政治制度が許されている。香港特別行政区の梁振英行政長官が1月4日、「香港での法的権限は香港の法執行機関にのみ帰属する」と述べたように、中国共産党の司法権は香港には及ばない。報道、言論、出版の自由は香港の法律によって担保されているはずだ。
だが、習政権に1国2制度を守る気がないのは明らかだ。「偉大なる中華民族の復興」の一環で、人民を豊かにする手だてのひとつとして習国家主席は「法治の国」を語る。それはしかし、言葉だけなのであろう。
一党支配の下、国内の反対論は力による弾圧である程度、押さえ込めるかもしれない。しかし、国際社会はそうはいかない。そこで習主席が考えるのは偽情報発信の強化である。そのひとつが香港発行の英字紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」の買収ではないかといわれている。同紙は、中国当局とは一線を画したまともな報道で、中国大陸とは異なった視点を国際社会に提供してくれる貴重な新聞である。
同紙を巨大インターネット通販会社、アリババ集団の馬雲(ジャック・マー)会長が買収すると昨年12月に発表した。アリババ集団は、米国で株式上場し、巨額の資金を集め、世界の株主に利益を還元している。これを米「ワシントン・ポスト」紙は「北京のイメージのロンダリング」と呼んだ。米国における中国批判を金の力で封じ込める、或いは和らげるのに一役買ったというのだ。
中国共産党の経済や情報活動を介してのソフトパワー戦略に惑わされるのではなく、私たちが見るべきは中国の行動である。尖閣諸島海域に侵入する中国船が武装船になったことを私たちは深刻に捉えるべきなのである。