「 生態系を破壊する外来魚問題に思う釣り人のモラルと受益者負担の原則 」
『週刊ダイヤモンド』 2007年9月15日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 706
去る九月一日、東京・池袋の立教大学ウエルネス研究所主催でブラックバス(以下バス)問題のシンポジウムが行なわれた。「『日本のガラパゴス』琵琶湖からの発信」と題された同会には嘉田由紀子・滋賀県知事も参加、対策を講じてもいっこうに減らないバスやブルーギルなどの外来魚問題への取り組みが論議された。
400万年の歴史を持つ世界有数の古代湖、琵琶湖で初めてバスが見つかったのは一九七四年だ。密放流されたバスは広い琵琶湖全域に広がり、約五〇種いた在来魚は軒並み減少した。
「引きが強い」などの理由で釣り人に人気の外来魚は獰猛だ。日本古来のおとなしい魚を文字どおり食べ尽くす。生態系は破壊され、地元産業は潰滅的な打撃を被ってきた。
滋賀県は自然保護に努力を重ね、湖水を農業用水として使う田んぼで湖の魚が産卵成育できるように、琵琶湖と水田をつなぐ水路の水位を調整した。この「魚のゆりかご水田プロジェクト」は、かつての琵琶湖と水田、その水系の環境復元を目指すものだ。
日本の魚は水田で産卵するのになんの支障もないが、外来魚は腹から背の幅、つまり背が高いために、水田の浅い水に入り込むのは難しい。日本の魚は「敵」の侵入できない安全水域で産卵成育できるというわけだ。
いったん釣り上げたバスは放流してはならない、という琵琶湖レジャー条例もつくられた。釣り人は引きが強いバスを釣り上げる醍醐味を楽しんだあと、魚をまた放流する。それでは外来魚は減らないために、駆除には放流禁止が大事なのだ。
滋賀県は県民に広くバス釣りを奨励し、釣り上げたバスを一キログラム一〇〇円で買い取ってきた。全員でバスを減らしていく狙いだ。それでもバスは減らない。地元漁師の戸田直弘氏が語る。
「条例ができても、ちっともバスは減りません。われわれ琵琶湖の漁師は、フナやモロコ、スジエビなど、琵琶湖の魚を捕って、おいしく食べてもらうという本来の仕事でなく、外来魚を捕まえては処分するという悲しい方法で生計を立てざるをえません。なぜこんなことが続くのでしょうか」
生命力も繁殖力も圧倒的に強い外来魚の駆除には膨大な費用が要る。2007年度、滋賀県は二億円強を使ったが、シンポジウムでは外来魚駆除の費用を捻出するいくつかの案が議論された。
第一は、CSR(企業の社会的責任)に関して、広告費や環境対策費を使う方法である。地球温暖化で、CO2削減を含む環境対策には環境税の制定が必要になる。だが、徴税だけでは企業の心理的負担は重い。一方、環境保護を重視すれば企業イメージも上がる。そこで、CSRの一端として環境および自然保護にかかった費用は環境税から差し引く制度をつくる案が、アミタ持続可能経済研究所主席研究員の有路昌彦氏から寄せられた。
もう一つの案は、バス釣りで生計を立てる釣り具業界などの協力を仰ぐことだ。直接の受益者に、彼らの営利およびレジャー活動で生ずる自然破壊への対策費を負担してもらうのは自然なことだ。特に、バスに関しては、全国津々浦々で今も密放流が続いている。
宮城県では、水田用のため池にバスが放たれ、釣り人がそこで楽しんでいた。村民はそこまでは許したのだが、釣り人たちのクルマが農道を塞ぎ、農耕用のクルマが通れなくなった。村民が怒って農道を通行禁止にすると、なんと釣り人たちは、仕返しにため池の水を抜いてしまったという。気づくのがもう少し遅かったら、米作に深刻な影響が出ていただろう。
バス釣り人の全員が不心得者だと言う気はない。しかし、外来魚問題は人間が起こした問題だ。だからこそ、直接の受益者には特別の負担をしてもらうことも考えなければならないのだ。