「 福島復興は地方の”自立”から 」
『週刊新潮』 2015年2月26日号
日本ルネッサンス 第644回
福島では、いまも12万人が古里をはなれ、借り上げ住宅などに住んでいる。そんな人々も必ずいつか古里に戻ってくるように、浜通りを走る国道6号線を中心に野も山も桜の花で埋めてみせようと、地元のNPO法人、ハッピーロードネット(HRN)の人たちが桜の植樹を始めたのは3年前だった。
2月15日に行われた植樹祭は、年々参加者がふえ、今年は北海道や鹿児島からも人々が集った。頬が裂けるようなピリピリと冷たい強風の中で、桜や雪柳、れんぎょうなど1200本余の苗木を植えた。
閉会の挨拶を、双葉翔陽高校1年生の山田拓実君が行った。彼の高校は2年後に事実上の閉校となる。双葉、富岡、浪江などの各高校も同じ運命を辿る予定だ。山田君が彼にとっての植樹式の意味を語った。
〈僕の母校はなくなってしまう。けれどいつか、子供たちに言い聞かせたい。双葉郡に美しく咲きこぼれる桜の木は、多くの人々と一緒にお父さんも植えたんだよ、双葉郡が好きで、一所懸命に植えたんだよ、と。今日参加できたことを感謝します〉
彼の挨拶に拍手が生まれた。双葉郡をしっかり引き受けていこうとする若者たちが育っているのである。
植樹の後、約1年振りに私は福島第一原発(1F)に向かった。案内役は増田尚宏氏。3・11のとき、所長として、第二原発(2F)を守り抜いた人物だ。氏はいま、東電の福島復興本社(13年1月設立)の下にある福島第一廃炉推進カンパニー(14年4月設立)のプレジデントを務める。
かつて子供の歓声が満ちていたサッカー施設、Jヴィレッジは福島復興の拠点のひとつだ。ここで2重の靴下、布とゴムの3重の手袋、防護服、帽子にフルマスク、ヘルメットなどをかぶり1F構内に入った。
汚染水から放射性物質を取り除く多核種除去装置は外側からの見学だ。汚染水は現在、約56万トン。日々ふえており、3月までにタンクの貯蔵容量を80万トンにふやすという。
いまなお風評被害
汚染水については原子力規制委員長の田中俊一氏も、多核種除去装置で62種類の危険な放射性物質を取り除いてトリチウムだけにし、十分に希釈して海に放出することを是としている。増田氏が語った。
「1F構内に流入する前の段階で地下水を汲み上げるなどの方法で、汚染水の量を以前より減らすことができ始めました。多核種除去装置が順調にフル稼働すれば、日量2000立方メートルの汚染水の処理ができます。56万トンの約半分はすでに基本的な処理を施していますが、トリチウムだけにして本当に安全だと胸を張って言えるようになるには、慎重に計算してあと1年です」
しかし、その間にもうひとつ乗り越えなければならない課題がある。放出による健康被害は発生しないという科学的根拠があっても、風評被害が生じる可能性がある。それを如何にして防ぐか、という課題である。理解は徐々に進んでいるとはいえ、この点も慎重にやりたいと、氏は強調する。
昨年12月20日には、4号機にプールされていた燃料棒1535本が無事に取り出された。世界の原発関係者の注視する中、東電の作業は高い評価を受けた。汚染水問題に目処がつけば、1Fの廃炉作業はまた一歩進むことになる。
約1年前と較べても構内が働き易くなっていることを感ずる。現在、日々6800人から7000人が廃炉に向けて働いている。無事に廃炉まで持っていくには高度な技術が必要だ。技術者確保のために、東電は競争発注方式をとらず、3年ほど先を見て仕事を提供する。加えて労働環境も整えてきた。
福島復興本社代表の石崎芳行氏が語る。
「毎日7000人近くが働いているにも拘らず、1Fでは食事が用意できない。調理ができないのです。そこで、今年3月末には大熊町に給食センターを作り、地元の人を雇い地元の食材を優先的に調達して、皆にあたたかい食事を提供できるようにします」
だが、大熊町はまだ大部分が帰還困難区域とされていて、立ち入り禁止である。そこになぜ、給食センターを作れるのか。HRN理事長の西本由美子氏が指摘した。
「補償問題が関わっていると思います。大熊町は線量の高い所と、人が暮らせる十分低い所が混在しています。帰還困難区域と帰宅可能な地区では、東電からの補償金に大きな差が生じることになります。それが原因で住民の人間関係がこじれかねない。そのために広範囲を帰還困難区域にして、補償金に大差が出ないようにしている可能性があります」
そのような中、東電は大熊町の安全な地域を選んで給食センターを建設するわけだ。
「私はここに骨を埋めるつもりですので、率先して食べ、そこで暮らし、働きます」と、石崎氏は強調する。
氏は1年前の取材で、福島が完全に復興するまで自分は逃げないと、繰り返し語った人物だ。
税金のムダ使い
3時間にわたる1Fの取材を終えてJヴィレッジに戻ったとき、大型バスに次々と乗り込む人々がいた。全国の東電営業所から2泊3日で福島に来た職員が帰宅するところだった。彼らは、海岸、神社、住宅、学校、役場、国道、県道、町道、墓地、仮設住宅、畑、田、牛舎、ビニールハウスなど、ありとあらゆる場所で清掃や片付けを率先して行っている。その数は1年間で10万人を超える。
朝日新聞は東電を批判するが、現場に行ってみると、皆、誠実に働いていることを実感する。無論、東電の働き振りに対する厳しい監視はこれからも欠かせない。深刻な事故を起こした責任は、完全に復興を実現するときまで、きちんと担うのが企業としての在り方である。
しかし、いま、厳しいチェックを受けるべきは双葉郡の政治家たちも同じだと私は思う。たとえば、低レベル放射性廃棄物の焼却炉の件である。西本氏も憤る。
「当初、双葉郡を南北にわけて2か所に建てれば十分と言われていたのですが、8つの自治体全てに焼却炉を作ることになりました。浪江町は430億円、富岡町は530億円、その他も似たようなものです。財源は全て税金です。なぜ小さな自治体全部に必要なのか。しかも、土地は3年契約です。3年先の再契約ではまた巨額の地代が必要になるでしょう。それも税金です。それだけの税金を使うのであれば、病院、住宅、交通網などの整備に回してほしい。それが住民のための政治です」
税金をこんなにムダに使ってよいのかと思う事例は、実は少くない。こうした事実に冷静に目を向けなければ、福島の復興は本当にないと思った1日だった。