「 膨張「中国」への戦略こそ選挙の争点 」
『週刊新潮』 2014年12月11日号
日本ルネッサンス 第634回
12月14日の衆議院議員選挙に向けて、アベノミクス議論が盛んである。経済成長を確かなものにすることは無論大事だ。しかし、もうひとつの国家の基本、国防力についての議論が殆どないことに、私は大きな危機感を抱いている。とりわけ中国の動きを見ると背筋が寒くなる。
過日、北京でのアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議では、軍事力を恒常的に強化し、経済と金融の力で周辺諸国のみならず世界を搦めとろうと攻勢に出始めた習近平主席が、アメリカのオバマ大統領を圧倒する存在感を示した。
11月28、29日の両日、北京で開かれた中央外事工作会議での演説で、習主席が遂に本音と思われる大胆な発言をした。世界の秩序は中国が創ると、事実上、宣言したのである。
中央政治局常務委員会(日本の内閣に相当)の全員と党、軍の幹部らを前に行ったこの演説は、中国国営テレビ局のCCTVによって報道された。その中で習主席は2012年の第18回全人代以降、中国は着実に発展を遂げてきたとして、「我々は新型大国関係の構築に努力した」と胸を張った。
アメリカとの新型大国関係を築き上げたと明言したのに続いて、習主席は「多極化へと向かう(国際社会の)流れは変わらないと認識すべきである」と語ったのだ。
アメリカによる超大国一国体制が終わりに近づいており、その流れはもはや変えられない、新しい超大国は中国であるとの自負を示した発言である。
演説の中で習主席は「近隣外交では友好、誠実、相互利益と開放性を実行した」と語ったが、以下の部分は日本を念頭に置いたものと考えてよい。
「近隣諸国との関係における不安定要因を我々は十分認識すべきである」「変化における中国の最大の好機は、着実な(経済)発展と軍事力の強化によってもたらされる」
朝貢が寛容な制度?
尖閣問題への対応をはじめ、安倍政権の積極平和主義と呼ばれる対中外交は、中国にとっては大いなる脅威でもあり、不安定要因でもあるのだろう。そのような安倍首相の外交に対して、経済と軍事力で中国の道を貫くと言っているのか。習主席は中国は「偉大なる中華民族の復興期に入った」、「大国としての役割に基づいて明確な外交を打ち立てる」と強調し、「我々は平和的発展を求めるが、正当な権利と権益は放棄しない。中国の核心的利益が損なわれるのは許さない」と、その目指すところを明らかにしている。有り体にいえば、中国は要求を取り下げない、主張を取り下げるべきは周辺諸国だという勝手な主張である。
習演説では強面と微笑が交互に出現する。「中国の領土の主権、海洋権益と国家の統一を断固として守り、領土及び島嶼の紛争を適切に処理する」と強い調子で語る一方で、他国との友好、誠実、相互利益、包容性が大事だと繰り返す。
「中国のソフトパワーを強化し、中国の善き物語を伝える」「近隣外交では中国と近隣地域を運命共同体とする」などの表現は、大中華圏の盟主のような発言にも聞こえる。
ちなみに、中国では、かつて近隣諸国に強要した朝貢や冊封体制は決して残虐な力による支配ではなく、朝貢国の貢ぎ物に数倍する富や財を下賜する穏やかで寛容な制度だったとする研究が始まっている。中国に屈服し、従属し、その支配さえ受け入れれば、中国は寛容な態度で接してやるという宣伝のための研究であろうか。
習主席が強調するウィンウィンの関係、友好、誠実、包容性などの美しい言葉は21世紀の中華大帝国を実現するための方便であり、それを「新型国際関係」と表現する。
新型国際関係の原則は、「内政不干渉」「発展の形態、社会制度の在り方については各国毎の選択があるべきだ」というものだ。アメリカをはじめ中国と異なる価値観を有する国の干渉は、断固排除するということだ。
だが、恐るべきは中国共産党政権の一貫性である。彼らの外交の基本路線は、目標に向かって見事といってよいほど、ぶれない。彼らが核心的利益と主張する東シナ海のわが国の尖閣諸島に関する主張と行動がそのよい例である。
中国は、尖閣諸島周辺に豊富な資源が埋蔵されている可能性を国連のアジア極東経済委員会(ECAFE)が指摘すると、71年に初めて領有権を主張した。78年に小平が日中平和友好条約批准書の交換のために来日して、記者会見で尖閣問題は「10年棚上げしても構わない」と語ったが、日本側との棚上げの合意は実際にはなかった。14年後の92年、中国は国内法として「領海及び接続水域法」を一方的に制定した。同法には、尖閣諸島は中国領土であると明記されていた。
その都度、日本が抗議しても、または親善友好の精神に基づいて多額のODAを与えても、中国は一向に主張を変えないのである。日本の抗議も友好も、彼らの心には響かないのだ。
国防動員法を施行
そして2010年3月、中国は海島保護法を施行した。同法は大陸沿岸付近の島嶼の乱開発を制限し、生態系を守り、国家海洋権益を保護するという美しい目的を掲げた法だが、無人島や周辺海域の資源を統一管理することで中国の海洋強国としての地位を強めるという野心も透けて見える。
野心を裏づけるように、中国は同法施行からわずか4か月後、今度は国防動員法を施行した。国防上の危機が発生して動員令が発令されれば、海外にいる中国籍の者を含め、中国人はそれに従って国防の義務を果たさなければならない。日本に住む70万人近くの中国人は中国共産党政府の命令に従って、日本国内で立ち上がるということだ。有事の際は70万人が日本に対抗して行動を起こしかねない、恐ろしい法律が現存するのである。
こうした流れの延長線上に、今回の中央外事工作会議がある。習主席の演説の最大の重要点は、中国は新しい超大国で、世界は中国の偉大なる民族の復興の夢を理解し、受け入れるべきだということだ。これは、まさに世界史的な大変化を起こすものである。
中華主義剥き出しのその大戦略で、最も敵視されているのが日本である。彼らの対日敵視政策は、単に尖閣諸島や沖縄を奪うことにとどまらない。歴史問題を利用して日本を貶め、日本人の心を打ち砕き、屈服させ、従属させようというものである。
そのような国が隣にいることを忘れてはならない。選挙の争点は、こうした中国に対処する力を如何にして強めるかということだ。集団的自衛権及び憲法問題を横に置くことは無責任にすぎるのである。