「 再生エネルギーで日々300億円が消える 」
『週刊新潮』 2014年11月6日号
日本ルネッサンス 第629回
菅直人元首相の負の遺産、再生エネルギー特別措置法に基づく再生エネルギーの全量固定価格買取制度(Feed-in Tariff=FIT)が綻び始めた。北海道電力が11月1日から、家庭向けで12.43%の再値上げに踏み切るように、このところ顕著になってきた電気料金の再値上げの必要性や、驚くほど増えている輸入化石燃料への支払い額を知れば、現実と理想を混同した菅氏の負の遺産と、いま、決別しなければなるまい。
FITは実は当初から失敗に終わることが十分に予想されており、私は小欄でもそのことを指摘した。
FITとは、太陽光、地熱、風力、バイオマスなどの再生エネルギーによる発電量全量を、最長20年間、固定価格で電力会社に買い取らせ、電力会社はこのコストを料金に上乗せする仕組みである。再生エネルギーは技術的にまだ完成されておらず、天候に大きく左右されるため、供給量が不安定でコストはおしなべて高い。家庭や企業の負担は大きいが、電力会社にとっても、不安定なエネルギーの全量買取は電力の安定供給という点で影響が大きい。
だが、菅氏は当時、自身に対する強い辞任圧力を逆手にとって、三つの条件をつけ、辞任してほしかったら早く自分の要求を受け入れよと迫った。そのひとつがこのFITの導入だった。
結局、再生エネルギー特措法は可決され、FITは2012年から実施された。太陽光発電による電気は10キロワット未満の小規模供給の場合、1キロワット時あたりの買取価格は42円、10キロワット以上の規模では40円(税別)に設定された。業者や個人の申請がなされれば、電力会社は20年間この値段で買い取り続けなければならないわけだ。
菅氏の尋常ならざる執念の結果、決定された一連の価格は、風力発電、地熱発電も含めて、再生エネルギーの最先端を走っていたドイツと較べていずれも2倍以上、太陽光発電は、業界の要望通りの高水準での設定だった。外資も含めて太陽光発電に投資が殺到したのは当然で、現在、再生エネルギーの9割以上が太陽光発電である。
「巨大な金食い虫」
買取価格は1年毎に見直され、太陽光発電は10キ ロワット未満が42円から去年は38円に、さらに今年37円に引き下げられた。10キロワット以上の場合は、40円から36円に、そして今年32円(いずれも税別)に下げられた。
買取価格引き下げ直前の今年3月には、わずか1か月間でそれ以前の1年間の申し込み量に相当する7万件もの太陽光発電の接続契約申し込みがあった。結果として、各電力会社の電力安定供給に大きな問題が発生する恐れがあり、電力会社が買取の中断に追い込まれているのが現状である。
くどいようだが、このようなことはFIT導入時からすでにドイツの事例で判明していた。ドイツは91年から約20年間、再生エネルギーの導入に多大な努力を傾注した。彼らが太陽光発電に注入した税金は10兆円を超えた。しかしドイツの総電力量に占める太陽光発電は3%にとどまり、ドイツの主要誌シュピーゲルは太陽光発電を「巨大な金食い虫」と批判した。
ドイツはその後、太陽光を含む自然再生エネルギーの過度の推進を改めたが、税金の無駄遣いと批判された太陽光発電は周辺諸国をも巻き込む問題を起こしていた。発電は当然のことながら昼間に限られる。太陽が沈めば途端に発電量はゼロになる。天気のよい日の日中と夜間の電力供給の落差は、電圧調整という点で大きな問題がある。そこでドイツ政府は、国内の電力供給安定のために主軸をフランスの原発由来の電力や石炭を主原料とする火力発電に置き、太陽光発電など不安定な再生エネルギーをポーランドなど周辺国に、お金をつけて引き取ってもらう苦肉の策を講じたのだ。
菅氏がFITの導入に躍起だった当時、ドイツの苦い体験はすでに明らかになっていた。反原発のイデオロギーに取り憑かれることなく、日本経済を含む国益全体について合理的に考え、ドイツの失敗から謙虚に学ぶ姿勢があれば、菅氏でさえもFITを導入することはなかったかもしれない。
このように批判しても、私は再生エネルギーを否定するものではない。日本こそ、再生エネルギーの技術開発で世界の最前線を走るべきだと、固く信じている。国家戦略として、この分野に力を入れるべきではあるが、その技術の完成には尚、年月がかかるということだ。それまでの間は、原発の安全性を高めて原発由来のエネルギーを活用するのが真の国益だと強調したい。現に事実を見ればFITは、いま崩れようとしている。
無駄が経済成長を阻害
引き下げ前に申請が急増した結果、たとえば九州電力の場合、導入済みの再生エネルギーと申し込み総量を合わせると、電力需要の少ない時期の昼間の需要を上回る約1260万キ ロワットに達してしまった。仮に全量を買い取れば、九電は昼間は一切発電せずに再生エネルギーで需要を賄える勘定だ。しかし、夜になれば今度は火力発電をフルに稼働しなければならなくなる。天候の悪い日は急遽、日中も火力発電に頼らなければならない。このように不安定な状況下ではまともな発電は不可能であろう。九州電力が新規買取を保留し、北海道、東北、四国、沖縄の4電力会社も9月末までに再生エネルギーの新規契約を中断したのは、或る意味、当然のことだ。
経済産業省が同制度の見直しに乗り出したのも、合理的な判断である。
原発が1基も動かないことによって、いま日本のエネルギー自給率は6.0%に下がっている。これはOECD34か国中下から2番目、33位である。日本より自給率が低いのはルクセンブルクだけだ。日本のエネルギー事情は、人口55万人、「国」の中でも最も小規模な部類に属するルクセンブルク並みに落ちてしまっている。
他方、化石燃料の輸入にわが国は年間28兆円を費やしている。10年度の18兆円から震災後の13年度は28兆円に跳ね上がった。
増加した10兆円のうち、原発停止に伴う燃料増加分が3.7兆円を占め、残り6.3兆円は原油をはじめとする燃料価格の上昇と円安の影響である。原油も天然ガスも、日本が死活的に必要としている事情を見透かされ、供給サイドが高値で迫るという特殊事情が価格上昇の背景にある。
これまで私たちは原発停止で日々、100億円余分に燃料費を払っていると言われてきたが、実際は日々300億円を余分に支払っているわけだ。こんな無駄が経済成長を阻害する要因になっている。エネルギー購入に膨大な資金を流出し続ける事態を改めるためにも、安全性を高めた上で原発再稼働を急ぐべきだ。