「 『謝罪会見』に垣間見えた謝らない体質 」
『週刊新潮』 2014年9月25日号
日本ルネッサンス 第623回
朝日新聞社長の木村伊量氏の記者会見を見て、その再生の道のりの遠いことを実感した。朝日は9月11日の会見で、福島第1原発(1F)の所長だった吉田昌郎氏の調書に関する件を「主題」としつつも、慰安婦強制連行という世紀の嘘を語った吉田清治氏の証言と慰安婦問題にも言及せざるを得なかった。
この会見で、朝日が反省していないことだけは鮮明になった。
木村氏はまず、吉田調書に関して、所長命令に反して9割の東電社員や関係者が逃げたとの報道は誤りで、読者と東電関係者に深く詫びると述べ、朝日への読者の信頼を大きく傷つけた危機だと重く受けとめる、とした。
慰安婦について、吉田証言は虚偽として取り消したが、訂正が遅きに失した点を読者に詫びる、朝日の報道が国際社会に与えた影響は第三者委員会で検証すると弁明した。
朝日が詫びるべき対象は何も、朝日の読者に限らない。捏造報道で日本人全員と日本国の名誉を汚したのだ。日本人全員、それも過去・現在・未来の日本人に謝るべきである。
木村氏は現状を朝日の危機として重く受け止めているそうだが、もっと大事で深刻なのは、日本人と日本への信頼が損なわれたことだ。国家観なき朝日人士には、ここのところがどうしてもわからないのであろう。
吉田調書を読めば、所長命令違反の事実など存在せず、吉田元所長自身も命令違反があったなどとは露ほども考えていないことは明白である。それをなぜ、命令違反、9割が現場離脱、つまり逃げたと書いたのか。
木村氏は、記者の思い込みと記事のチェック不足をあげたが、会見で彼らが認めざるを得なかった事実は、朝日の記者が現場を取材していなかったという驚くべき事実だった。以下、このくだりの質疑応答である。
木で鼻をくくった回答
共同通信――吉田調書の命令違反について、作業員に事実確認の取材はしたか。
答えたのは、木村氏とともに会見した報道部門の最高責任者、杉浦信之取締役編集担当である。
杉浦氏――テレビ会議で吉田さんの命令が出ていた。しかし、それを聞いて実際に取材に行った記者はいませんでした。
なんと、現場取材をした記者はいなかったというのだ。にも拘わらず、現場を決定的に貶める記事を書いた。流石に杉浦氏は自身の発言内容の深刻さに気付いたのか、暫く他のやり取りが続いた後、こう述べた。
「先ほど誤解を招いたかもしれません。(1F周辺で待機せよという)命令を聞いたという職員の取材は現時点ではありません」「取材はしたが(現地の人々の証言は)聞けなかったということです」
取材はしたが証言がとれなかった場合、書かないのがまともなジャーナリズムだ。にも拘わらず、朝日は命令違反だと断定した。同件は、他の質問の後、再び質された。
記者――取材を通じて、命令を聞いた第三者職員を含めて確認したのか。そうではなく、メモだけが証拠か。
杉浦氏――現時点ではそういうことになっています。
世界が注目した原発事故で、なぜ現場取材による確認なしで、命がけで闘った現場の人々を貶める報道が出来るのか。記者の側になんらかの意図があったと考えるのは当然である。ジャパンタイムズの記者がその点を、「膨大な情報の中でなぜその点に目をつけたのか」と尋ねた。
吉田調書はA4判で400頁、膨大な量だ。そこには多くの重要証言が含まれているが、なぜ、朝日はこの部分だけを取り上げたのかと質したわけだ。
杉浦氏は「取材班の問題意識から出てきた」と答えたが、では、取材班の問題意識とは何か。
吉田調書をスクープした5月20日の朝日の2面に答えが書かれている。木村英昭氏の署名入りの「再稼働論議、現実直視を」という記事だ。「担当記者はこう見た」の見出しで木村記者は、9割の所員が現場を離脱した現実を直視せよと主張し、このような状況下で原発再稼働を許してよいはずはないと結論づけている。
担当記者でありながら木村記者は、現場証言もとらないまま、歪曲報道によって朝日の社論である反原発の主張を推進したのである。杉浦氏の指摘した取材班の問題意識とはつまり、反原発の主張だということだ。
もうひとつの問題、慰安婦報道について社長の木村氏は「8月5日と6日の紙面において検証した。この内容については自信を持っている」と述べた。
この期に及んでどんな自信なのか、私には全くわからないが、すかさず共同通信が、慰安婦問題で謝罪するつもりはないかと問うた。木村氏は「8月5日の紙面がすべて」だと木で鼻をくくったような回答をした。
論点のすり替え
ジャパンタイムズが、責任問題に慰安婦は含まれないのかと質すと、木村氏は「長い時間が経過した過去の事案で関係者の責任を問い、遡って処分するのは難しい。第三者委員会に調査を依頼する」と逃げた。朝日は吉田証言の虚偽を認めるのが遅かった点については謝るが、その他の問題の責任は認めないのであろう。
産経新聞――8月5日の記事では植村隆元記者の記事に事実の捻じ曲げはないとしている。しかし、金学順さんは実際には親にキーセンに売られた。植村氏はそのことを書かずに「女子挺身隊の名で戦場へ連行」と書いた。これは明らかな事実の捻じ曲げではないか。
杉浦氏――朝日新聞としては、キーセンだから慰安婦になっても仕方がないという考えはとっていない。植村記者も同じであり、その意味で事実の捻じ曲げではない。
これは論点のすり替えである。
産経新聞――金学順さんが自分で女子挺身隊の名で戦場に連行されたと言ったのか。他の裁判や訴訟やインタビューで、金学順さんはそういうことを一切言っていない。
杉浦氏――(5日の)記事に書いてあるとおりだ。当時、挺身隊と慰安婦の混同があったと、検証記事でも訂正した。
産経新聞――訂正との言葉は使っていない。挺身隊と慰安婦の混同、8万人から20万人の女性の強制連行という嘘、その他諸々について謝罪する考えはないか。
杉浦氏――8月5日の記事どおりだ。
こんな不毛な回答しか出来ないメディアは誰も信用しない。それでも朝日は「戦場での女性の人権や尊厳の問題として元来の主張を続けることはいささかも変わらない」と言う。
慰安婦問題での対日非難は、強制連行、とりわけ挺身隊の少女たちまで強制連行したとされたことが出発点だ。この点を無視して、朝日は慰安婦問題を女性の人権問題という一般論にすり替える。つける薬がないとはこのことである。