「 反省なき朝日のダブル吉田ショック 」
『週刊新潮』 2014年9月4日号
日本ルネッサンス 第620号
「朝日新聞」が「ダブル吉田ショック」に見舞われている。責任あるメディアとして朝日がこのダブルショックから立ち直るには、相当の覚悟と努力が要るだろう。
吉田ショックの第1は、慰安婦問題の元凶、吉田清治氏の虚偽発言だ。日本軍が女性たちを強制連行し慰安婦にしたという事実無根の捏造を吹聴した吉田氏を、朝日が大きく取り上げ、その嘘を実に32年間放置した。嘘は韓国や中国に利用され、アメリカで慰安婦像の建造が続く中、遂に朝日は8月5、6日、吉田証言は虚偽だった、記事16本を取り消すと発表した。32年間の頬かぶりの末に、虚偽だと認めざるを得なかった。これが第1の吉田ショックである。
第2の吉田ショックは、東京電力福島第一原発の吉田昌郎元所長と東電社員らにまつわる歪曲報道の発覚である。
朝日は5月20日、非公開の政府事故調査・検証委員会による吉田所長の調書をスクープし、朝刊1面トップで「所長命令に違反、原発撤退」「福島第一所員の9割」などの見出しで報じた。「11年3月15日朝、第1原発にいた所員の9割にあたる約650人が吉田氏の待機命令に違反し、10キロ南の福島第2原発へ撤退していた」との内容だ。
命令違反と断じた根拠として朝日は、「本当は私、2F(福島第2)に行けと言っていないんですよ。福島第1の近辺で、所内にかかわらず、線量が低いようなところに1回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが」という吉田所長の証言を引用している。
2面では、「担当記者」の木村英昭氏が「再稼働論議、現実直視を」として「暴走する原子炉を残し、福島第一原発の所員の9割が現場を離脱したという事実をどう受け止めたら良いのか」「吉田氏は所員の9割が自らの待機命令に違反したことを知った時、『しょうがないな』と思ったと率直に語っている」と書いた。
朝日報道で評価一変
「命令違反」で「現場を離脱した」無責任な東電社員や下請け企業の従業員らが動かす原発など信用出来ない、再稼働は許さないという強い意思が読みとれる。
同じ紙面の他の記事も、「待機命令に反して所員の9割が第二原発へ撤退」という表現を繰り返し、しかし、東電はこうしたことを報告書に記さなかった、「幹部社員を含む所員9割の『命令違反』の事実は葬られた」と報じている。
朝日報道は、国際社会の評価を一変させた。原発事故に対処した人々はそれまで、困難なミッションに果敢に立ち向かった勇気ある人々として世界中で賞賛されていたのが、「実は逃げていた」「福島の原発は日本版セウォル号だった」などと蔑まれ始めた。
こうした中、8月18日、「産経新聞」も調書をスクープし、朝日報道を真っ向から否定した。「『全面撤退』明確に否定」「命令違反の撤退なし」など、朝日とは正反対の見出しで報じたのだ。
吉田所長に長時間取材して『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』(PHP研究所)を書いた門田隆将氏は、現場を取材すれば、命令違反で所員が逃げるなどあり得ないとわかると強調する。
過日、雑誌『正論』誌上での鼎談で氏はこう述べた―「NHKにしても共同通信にしても原発に食い込んでいる記者、ジャーナリストは一発で朝日報道が嘘だとわかっていました。現場の人たちはもちろん、そうです」。
同じ吉田調書に基づきながら、なぜ両紙の報道は正反対になるのか。産経を読むとその理由が明らかになる。朝日は吉田所長の発言の一部しか伝えていなかったのだ。たとえば、朝日が引用した前述の「本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ」の発言の後、吉田所長はこう質問されている。
―所長の頭の中では1F(福島第1)周辺で(退避せよ)と……。
吉田所長は次のように答えた。
「線量が落ち着いたところで一回退避してくれというつもりで言ったんですが、考えてみればみんな全面マスクしているわけです。何時間も退避していては死んでしまう。よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しい」
2Fの選択を正しいと評価しているではないか。所長は憤然と語る。
「逃げていないではないか、逃げたんだったら言えと。本店だとか官邸でくだらない議論をしているか知らないですけども、現場は逃げていないだろう」
所員が自分の命令に違反して撤退したなどとは、所長は全く考えていない。それどころか繰り返し、彼らの勇気を讃えている。3号機の爆発直後、所員を危険な現場に送り出さざるを得なかったときのことだ。
「注水の準備に即応してくれと、頭を下げて頼んだ。本当に感動したのは、みんな現場に行こうとするわけです」
日本人非難を旨とする
朝日、産経両紙の詳細な報道を読めば、どう見ても、吉田証言を途中で切って命令違反だと結論づけた朝日よりは、吉田証言の全体像に基づいて命令違反はなかったとした産経のほうが信頼出来る。
朝日の手法は歪曲報道の典型である。全体像の一部を切り取って、そこだけを拡大して報道すれば、事実とかけ離れた内容になり得る。この種の歪曲はしてはならないと、記者は早い段階から通常は教わるものだ。
政府はこれまで吉田調書を非公開としてきたが、2つの新聞が既に報じたことから、9月にも全文公開に踏み切ると発表した。
命がけで危険な作業を担った所員を不当に貶める朝日報道の実態は産経報道が明らかにしたと思うが、調書全面公開で朝日の歪曲報道はより鮮明になる可能性がある。朝日にとって第2の吉田ショックであろう。
2つの吉田証言を巡る朝日流報道に共通するのは、日本を不当に貶めていることだ。事実を出来る限り公正に報ずるというメディアの責任を放棄して、日本と日本人非難を旨とする反日イデオロギーに凝り固まっているのではないかとさえ疑わざるを得ない。
さて、もうひとつの吉田所長の重要証言にも注目したい。彼は、巨大地震に襲われてから津波が押し寄せるまでの56分間、1Fの原発には水漏れも機器の損傷もなかった、異常が発生すれば警報が鳴るが、それもなかったと明確に語っている。これは、国会事故調査委員会(すでに解散)の田中三彦元委員など一部の人々が、地震で配管が破断したと主張してきたことを全面的に否定するものだ。1Fは地震にも耐えられなかったとして原発反対を唱える人々の主張は、現場にいた吉田所長の証言によって否定されたわけだ。政府の吉田調書全面公開を待ちたいと思う。