「 イスラエルとの協調が日本を助ける 」
『週刊新潮』 2013年10月31日号
日本ルネッサンス 第580回
安倍晋三首相が靖国神社参拝をためらう理由に米国の反発があると見られている。中韓の不条理な日本批判よりも、実は、日本人がより深い関心を抱き注目しているのが米国の対日姿勢である。
首相周辺の補佐官や助言者の間でも、首相の靖国参拝で日本が中国や韓国と摩擦を起こすことを、米国が非常に嫌っているとして、日米関係のためにいまは参拝を控えるのがよいとの考えが広まっているのだ。背景には、米国が、祖国に殉じた人々への国家として当然の、慰霊を日本国政府が行うことへの理解を示すよりも、日本を非難する中韓両国の主張に同調する傾向が強いという分析がある。
中韓の当面の戦略目標のひとつは日本潰しにあるといってよいだろう。その手段のひとつが歴史の捏造である。日本の唯一の同盟国である米国を舞台に、中韓両国が激しい情報戦を展開し、その影響がどれほど広く深く米国社会に浸透しつつあるかを過小評価してはならない。その結果の一側面が、オバマ政権の歴史問題に関する日本への否定的な姿勢であろう。
そのようないまだからこそ、日本人はもっとイスラエル人、即ちユダヤ人に目を向けるべきであると示唆しているのがベン・アミー・シロニー氏である。
氏はポーランド生まれのユダヤ人で、皇室と天皇の研究における第一人者のひとりである。著書には『天皇陛下の経済学』(光文社)、『母なる天皇』(講談社)などがある。
ここで取り上げるのは氏の最新作『日本の強さの秘密』(日新報道、青木偉作、上野正訳)だが、氏による日本人とユダヤ人の比較は実に示唆に富んでいる。両国は共に小さくとも、時として世界を驚かせ注目を集めずにはおかない成功をおさめてきた。長い歴史と伝統を有する両国は民族に降りかかった悲劇や災害を乗り切る経験に長けていると氏は指摘する。
二つの民族の排斥
一方で両者には大きな違いもある。日本人は美意識に、ユダヤ人は実質主義に優れている。ユダヤ人は信仰を重視し、宗教を厳格に堅持したが、日本人は宗教やイデオロギーと戯れた。その証拠に神道や仏教はとても柔軟で状況に応じて変化を遂げる。宗教的対立や紛争を免れた日本社会は世界のどこよりも強固な社会だと、氏は日本社会の有り様にあたたかな眼差しを投げかけている。
シロニー氏が分析した両国の悲劇は、決して過去のことだけでなく、未来につながる問題である。たとえば日本人とユダヤ人は「成功し過ぎ」て西欧諸国にとっての脅威となったという点だ。
「二十世紀初頭のヨーロッパ世界は、このキリスト教徒ではない二つの民族の台頭に非常に驚いた」、西洋人にとって、「それまで白色人種でキリスト教徒が独占していた分野に、非キリスト教徒で白色人種でもない人種が入り込み成功する等ということは考えられないことだった」と氏は喝破し、次のように書いている。
西洋人はこの2つの民族の排斥にかかったが、「ユダヤ人の危険性」を唱えた同じ人々が、「日本人の危険性」も言い始めた。
ロシア人がユダヤ人迫害の根拠としたのが『シオン賢者の議定書』だったが、それは世界各国のユダヤ人リーダーが世界支配のために秘密の計画を画策している、とする内容だった。白ロシアやヒットラーがユダヤ人排斥のためにその本から多くを引用し、米国の自動車王ヘンリー・フォードや発明王トーマス・エジソン、初の大西洋横断単独飛行で知られるパイロットのリンドバーグなども、同書を引用してユダヤ人非難を展開したという。『議定書』を利用してユダヤ人排斥に走ったこれらの人々は、第一次世界大戦やロシアの共産革命、1929年の経済危機などの責任者でもあると、シロニー氏の指摘は冷静だが非常に手厳しい。
他方、日本人の危険性を証明する文書として利用されたのが、1927年に田中義一首相が昭和天皇に奏上したとされた『田中上奏文』だ。世界征服のために日本はまず中国を征服し、中国の資源を元にインド、中央アジア、中東、ヨーロッパを征服するという内容だ。
『議定書』も『上奏文』も当初から偽物という指摘はあったが、日本人やユダヤ人を憎む人々はそんなことにはお構いなく、偽書を利用した。
大東亜戦争が終わると、日本人とユダヤ人の立場は大きく変わった。両者は戦争から全く逆の教訓を得たとシロニー氏は述べている。日本人は自分たちの身に起きた災いの原因は軍事力への頼り過ぎだと考え、平和主義を目指し、「ノーモア・ヒロシマ」のスローガンを掲げた。ユダヤ人は、災いの原因は防衛力不足にあったと考え、「ノーモア・アウシュビッツ」を掲げた。
戦争前は経済に特化し軍事力を軽視したユダヤ人はイスラエルを建国し強力な軍事力を有するに至り、日本は軍事力に傾注した努力をほぼ全面的に経済に注ぎ込み始めたという分析は非常にわかり易い。
歪曲される日本人像
だが、それもいま、双方共に行き詰まり、両国の前には21世紀の新たな課題が待ち受けている。
日本の直面する問題のひとつが歴史に関する誤解の独り歩きである。中韓両国が戦略として日本への誤解と悪意を広める中で、日本はどこを端緒に誤解を解いていけばよいのか。シロニー氏の著書は、その端緒のひとつがイスラエルとユダヤ人にあることを示している。
たとえば、シロニー氏の紹介する次のような事例を心に刻みたい。昭和天皇の大喪の礼に際して、イスラエルでは「ヒットラーの同盟者の葬儀にイスラエル大統領が列席すべきか」を巡って議論があった。だが日本は第二次世界大戦中、占領地に逃れてきたユダヤ人を救い、彼らを害したこともない。日本は昭和天皇の時代の1952年に、アジアで最初にイスラエルと国交を結んだ国であるとシロニー氏は力説し、結果として、大統領は大喪の礼に参列した。
ユダヤ人への迫害に抗しただけでなく、日本は国際連盟の時代に早くも人種差別撤廃を訴えた国でもある。公平に見て中韓両国が歪曲する日本人像とは全く別の日本人の姿を、実はユダヤ人は実体験に基づいて知っている。であれば、日本とイスラエルの相互関係を深め、こうした事柄を確かめることが、国際社会へのより正しい日本人像の提示につながるのではないか。日本人の足跡をこそ甦らせていくことが大事である。国際社会、とりわけ米国での発言力を維持するイスラエルの人々との相互理解が、日本の歴史問題打開を側面から支えることに気づきたい。さまざまな面で突出する日本とイスラエルは相互に助け合えるはずであろう。