「 明確な政策を掲げて選挙を戦い 強く賢い自主独立の国づくりを 」
『週刊ダイヤモンド』 2012年11月24日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 962
11月14日の党首討論は野田佳彦首相が仕掛けた大技だった。それは党首討論という次元のものではなく、首相の捨て身の戦いだった。しかも相手は自民党ではなく、党内反対勢力だったと考えてよいだろう。
首相のやることなすことすべてに反対するのは野党ではなく、党内勢力だった。彼らは環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加に反対し、尖閣諸島国有化後は種々の施設の整備にも反対した。中国の侵略的動きを抑止するための日米合同軍事訓練が予定より大幅に遅れたのも、党内反対勢力故だった。
極め付きは解散を示唆した首相を、いっせいに抑えにかかる力学が働いたことだ。首相を雁字搦(がんじがら)めにして、それでも党内意見に耳を貸さない場合は、首相を引きずり降ろす筋書きもあった。そうした力に対して有無を言わせず活路を開いたのが、党首討論だった。したがって、野田首相は安倍晋三自民党総裁の問いに答えるつもりなど、はなからないのだ。答える形を取りながら、安倍氏の問いに答えず、まったく別のことを語り続けたのはそのためだ。
自分は嘘つきではないことを、小学校時代の通知表と父親を題材にして巧みにアピールした。成績の悪かった自分を父親はほめてくれた、それは評価の欄に「上に『馬鹿』の2文字がつくほど正直だ」と書かれていたからだというのだ。これは首相の人柄に対する格好の宣伝になったことだろう。
また、特例公債法案を通しましょう、1票の格差の違憲状態を0増5減で直しましょう、早くそうしてくださいという要求は、安倍氏にとっては極めて心外だろう。なぜなら、こうした法案にすでに自民党は合意済みであり、むしろ民主党に審議を急ぐよう促してきた経緯があるからだ。
野田首相はそんなことは百も承知で声を大にして言い続けた。「大幅な定数削減を必ず次の国会で通すと約束して、16日に国会を解散しましょう。やりましょう!」。
安倍氏は答えた。「定数削減という重要事項を野田首相と私の二人だけで、この場で決めてよいのか。党で議論して正当な手続きを踏んで決めるべきではないのか。他の党の意見も聞くことが必要だ」。
安倍氏は実に冷静沈着だったと思う。氏の指摘通り、討論の場でいきなり、定数の2割、40数人の削減を遅くとも次の国会で決めようと、具体的数字を掲げて「確約」するなど乱暴である。
その乱暴な議論で安倍氏に迫ったのは、野田首相の側に、有権者は定数削減を望んでいるとの読みに基づいた世論への阿(おもね)りがあっただろう。定数削減の実現まで、議員歳費を二割削減するというのも同じ阿りだ。
首相に煽られたあの瞬間に、安倍氏が民主主義の踏むべき道筋をはずさなかったのはさすがだ。北朝鮮で金正日が横田めぐみさんら8人は死亡と伝え、謝る姿勢も見せなかったとき、小泉純一郎首相に、それでは日朝合意などしないで帰ろうと促したあの冷静さに通ずる指導者の資質である。
野田首相の大技は12月16日の総選挙を確定した。これを政界再編につなげなければならない。そのために国のあり方について大きな価値観の柱を立てることが大事だ。
究極の目標は、いかなる時代にあっても日本が日本として生き残るために、強く賢い自主独立の国を創ること、そのための憲法改正である。具体策として、経済と軍事の方向性を明確にすることだ。経済は経済活動を拡大するために国を開く。TPPへの積極的参加以外にあり得ない。原発は安全性を高めて活用することだ。
軍事については国防力強化への国家意思を表明し、防衛予算の2桁増加を実現することだ。明確な政策を掲げて選挙を戦い、その結果をもって、大同団結の実現に力を注ぐべきだ。