特別対談 岡田克也民主党代表 「 『小泉さんは魔術師ですから』 『では岡田さんは何ですか?』 」
『週刊新潮』 '05年8月25日号
日本ルネッサンス 拡大版 第178回
櫻井 お忙しくなりましたか。
岡田 今、大阪から戻ったんですが、飛行機の中では熟睡でしたね。
櫻井 睡眠不足ですか。
岡田 いや、そういうわけではなくて、街頭演説の後は寝るのが一番ですから。
櫻井 闘いは準備は万端ですか。
岡田 万端ではありません。突然の解散ですから。とはいえ、解散に備えて準備はしてきましたので、相対的には他党よりも進んでいると思います。
櫻井 それにしても、民主党の支持率は普段高くて自民党を超す時もあるのに、いざ選挙の今、ダブルスコアに近いほど下がっています。なぜでしょうか。
岡田 国民の関心は今、例の“刺客”の問題など、自民党内のドタバタに向いています。そうした中、小泉さんが苛められ、闘っているという構図で見ているのです。それが自民党の支持率上昇、民主党の支持率低下に繋がっていると思います。ただし長くは続きません。自民党内の面白おかしい権力闘争で投票するほど、
日本人は愚かではありません。最終的にはしっかりとした判断をすると確信しています。
櫻井 しっかり判断さえしてくれれば、民主党の得票に繋がるとお考えですか。
岡田 そう確信しています。
櫻井 そのためにも民主党の政権構想をアピールしなければなりませんが、民主党は郵政民営化反対ですね。
岡田 あの法案に反対なんです。
櫻井 小泉首相は郵政民営化を争点にしようとしています。その中では、民営化には賛成だけれど、法案に反対というのは、有権者にはわかりにくいでしょうね。
岡田 民営化に賛成とは言っていません。ただ、民営化に賛成か反対か、小泉さんに上手くそうした絵を作られてしまったと思います。
櫻井 作られてしまったというのは、戦いの第一歩で後れを取っている。
岡田 きちんと説明しなければいけないと思います。
櫻井 では、説明して下さいますか。法案のどの部分に反対しているのですか。
岡田 小泉さんの法案はビジネスモデルとして成り立たない。例えば郵貯銀行、250兆円規模はメガバンクの数倍規模になるわけですが、これまで貸し付けの経験は全くない。ある銀行のトップは「我が行は戦後60年かけて取引先との信頼関係を作り上げ、ノウハウと人材を育て、ようやく数十兆の規模になった。それが、ゼロからスタートして、我々の数倍規模の資金運用など出来るわけがない」と言っていました。私も同感です。出来ないビジネスモデルで始めたら、どこかで必ず破綻する。破綻すれば国民の資産は失われ、税金を投入せざるを得ない。成算のないビジネスモデルで進めるべきではありません。
「郵貯・簡保の規模縮小を」
櫻井 では郵貯にはどんなビジネスモデルを考えていますか。簡保はどうですか。
岡田 郵貯・簡保は、民営化ではなく縮小すべきだと考えています。現在、貯金の限度額は1,000万円。かつては300万円でした。それが自民党政権のもとで500万、700万と短期間で拡大してきた。それを再び700万、さらに500万にする。上限が半分になれば、250兆円の郵貯はグンと減ります。そのお金は他に行かざるを得ない。別の金融機関に預けるか、個人国債や株を買うか。いずれにしても、民営化しなくとも100兆円単位のお金を民間に移すことが出来ます。小泉改革では07年から10年間の移行期間を経て17年までに完全民営化するとなっています。10年以上かけて上手くいくかもわからない、当てのない旅に出るわけです。それよりも預け入れの上限を下げるという我々の案の方がずっと簡単で、実現の可能性は高い。
櫻井 その線で民主党の足並みは揃っているのですか。
岡田 もちろん。民主党は郵政法案審議に先立って党の統一見解をまとめました。この中に規模の縮小が明記されています。昨年の参院選と一昨年の衆院選のマニフェストでも段階的縮小を明記しています。これが我が党の考え方です。
櫻井 つまり、民営化ではないと言うことですね。
岡田 肥大化した郵貯の規模を縮小し、確実に官から民へのお金の流れを変えるものです。民営化先にありきという前提で実現不可能なプランを進めるべきではありません。郵貯・簡保は国民資産の4分の1を占めています。失敗すれば日本経済を危機に陥れることになる。経営形態をどうするか、民営化するかどうかは時間をかけて検討すべきです。
櫻井 次に郵便事業のネットワークについて、どうお考えですか。
岡田 郵便ネットワークについては、国が関与してやっていくべきだと思います。
櫻井 公社の形でいくと言うことですね。
岡田 そうです。ネットワークをどこまで残すべきかは、納税者の判断だと思います。まずは今の形をなるべく残す方向で進めていけばいいし、現に必要としている地域もたくさんある。しかし、それにはコストがかかる。もし郵便事業が赤字になれば、税金で支えることになります。税金を幾らつぎ込むか、どの程度ネットワークを維持するかは有権者に判断を求めればいいのです。闇雲に全てのネットワークを残すという前提にも、税金は一銭も使ってはいけないという前提にも立つべきでない。
櫻井 官業は民業の補完に徹するという点から見て、それは矛盾しませんか。今も郵政公社は、民間に比べ非常に有利な条件です。法人税も事業税も払わずに、いわば国の保証付きで、コンビニと提携するなど、明らかな民業圧迫です。過疎地などの郵便局は残すべきだと思いますが、それ以外は公社として維持すべきものではないと思います。
岡田 税については、公社であっても負担すべきで、民間と同じ競争条件でなければならないとの考えも成り立ちます。また公社でやっていく以上、野放図な拡大を認めてはいけません。政府が言っているようなコンビニも、不動産リフォームの仲介も、損保だってどんどんやります、売りますというような、民業圧迫には反対です。認めるべきではありません。
櫻井 でも、国が関与して郵便ネットワークを維持することと、民営化に賛成ということは矛盾しませんか。
岡田 ですから政府案は問題なのです。完全に民営化された郵貯銀行が採算の合わない地方から撤退するのは当然です。衆議院の法案修正でネットワークの維持が保証されたとの見方がありますが、民営化すれば維持はされません。結局は民営化はなされずに官の肥大化を招くだけという法案になると予想しています。
靖国参拝と東京裁判
櫻井 今、靖国参拝問題などで、中国や韓国との外交に軋轢が生じています。岡田代表は靖国参拝はしないと言明しています。千鳥ヶ淵の戦没者慰霊碑に献花され、靖国参拝を拒む理由は何ですか。
岡田 遺族の皆さんの気持ちは痛いほどよく分かります。申し訳ないという気持ちもあります。しかし靖国神社にはA級戦犯が合祀されていますから、日本国総理大臣が行くことは避けるべきだと思っています。
櫻井 A級戦犯や東京裁判については、ここ10年ほどのうちにかなりの新しい研究成果が出てきています。周知のように、東京裁判を遂行させたマッカーサーでさえ「東京裁判は誤りだった」と語っています。彼の下にいた占領軍総司令部(参謀部第二部長ウィロビー将軍)も東京裁判を「有史このかた最悪の偽善だった」「この種の裁判が横行するなら、自分の息子には軍務に就くことを許さない」とまで言っています。東京裁判は国際法違反で、勝者が敗者を裁くこと自体おかしいという意見も多い。そこで、A級戦犯が合祀されているから、行くべきではないという根拠を伺わせて下さい。
岡田 もちろん東京裁判が万全だとは思っていません。ただし、我が国は無条件降伏をしていますから、異議を唱えられるのかという問題もあります。しかし、日本人が自らあの戦争の総括を何らかの形できちんとしたでしょうか。兵士だけでなく、内外の市民も空襲で、原爆で多くの命が亡くなりました。こんな愚かな戦争をしたことについて誰も責任を取らないとしたら、国として成り立たない。東京裁判は自ら総括しない以上、受け入れるべきです。より根本的には戦後60年経ってますが当時の資料をもう一度精査して、より真実に近い形の検証を行なう責任がある。責任のあるのは一体誰なのか。どこで誤ったのか。そこを明らかにしていくということが必要だと思います。
櫻井 日本は無条件降伏はしていないのです。日本が受諾したポツダム宣言でも無条件ではない。日本軍は無条件に武装を解除する、無条件はそこにかかっているんです。日本国の降伏は条件付きの降伏なのです。
岡田 見解の乖離ですよ。
櫻井 見解ではなくてこれは国際法に明記された事実です。代表が指摘されたように、日本自身が総括をしてこなかったことが一番の問題だとは、私も思っています。だからといって、日本人が戦争を反省していないわけではない。戦後60年の歩みそのものが、反省の証です。政治的発言もせず、顔の見えない日本と言われながら、お金で済ましてしまう自信のない関わりを国際社会と結んできました。
岡田 戦後日本が成し遂げたことはもっと誇っていいと思います。ただ、あの戦争を美化するとか正当化する人という、そういう人たちが一部いることも事実です。しかし時の首相や軍の指導者にも当然責任があります。そこをきちんと国として総括しなければならないと思っています。
櫻井 靖国参拝問題について、民主党内には幅広い意見があるのではないですか。
岡田 リーダーである私が参拝しないとはっきり言っております。
櫻井 そうした代表を選んだからには、民主党全体が同意見ということですか。
岡田 個々にはいろいろな意見があると思いますが、私の意見が民主党の意見です。そして小泉さんは、靖国問題での対応を誤ったと思いますよ。
櫻井 どのように?
岡田 つまり、今参拝すれば、日中、日韓関係は大変厳しいことになります。逆に参拝しなければ、国民は外国政治に負けて、総理が考え方を変えたと見るでしょう。どちらの選択肢も取り得ないという状況に陥っている。そうなる前に、総理として、より賢明な判断をすべきだったと思います。
櫻井 進むにも引くにも、首相は言葉が足りませんね。
岡田 一国のリーダーであれば、靖国に行くということはどういう影響を及ぼすか、そのことをきちんとわかった上で、それでも説得するというのであれば必死で説得すればいいんですよ。
櫻井 外交については代表はどうお考えですか。
岡田 日米同盟は重要ですが、中国や韓国との関係、アジアとの関係も同様に重要です。少なくとも小泉総理までの歴代総理はそういう視点で日中関係、日韓関係を考えてきたと思います。例えば日韓関係で言えば、日韓パートナー宣言(98年)。金大中大統領と小渕総理が、過去も大事だけど、未来志向で行こうということに切り替えた。それが今、また元へ戻ってしまうという印象を受けることは非常に残念だし、日本にも中国にも韓国にも利益にならない、と思っています。
櫻井 しかし、金大中氏はその後、未来パートナーというよりは対日批判を非常に厳しく打ち出しましたね。中国も、例えば日本の国連常連理事国入りに断固反対する。東シナ海の資源も中国のものだと言う。中韓両国の外交は決して友好的ではないと多くの人が感じている。だからこそ敵対する必要はありませんけど、日本自身の足場をきちんと持つという意味において、立場を表明しておく必要があるのではないかと思います。
岡田 私は基本的に信頼関係が必要だと思います。中国や韓国との、特にリーダー間の信頼関係。それが無ければ問題は解決しない。日本だってこれからもっと政治的に、常任理事国になって力を発揮していく。中国も経済的に大きくなっていくわけですから、色々な摩擦があるのは当然です。
櫻井 諄々と説いていけば、中国の指導部は日本の国連常連理事国入りについて、沈黙を守ってくれると考えていますか?
岡田 もう無理でしょうね。国民的に日本の常任理事国入りは許さんという風になっちゃいましたね。
櫻井 盧武鉉大統領、胡錦涛国家主席とも、岡田代表が日本国の総理大臣になった時、信頼関係は築いていけると考えていますか?
岡田 そう思います。
「政権が取れなければ辞任する」
櫻井 岡田代表は公明党とは組まないと言明した。これは今後も変わりませんか。
岡田 もちろん変わりません。公明党は自民党と連立政権を組む前提で選挙を戦っているわけですから。公明党が、選挙の結果によって、民主党と組んだりすれば、掲げた政策は全部嘘になってしまいますからね。
櫻井 公明党の冬柴鐵三幹事長は「民主党と組むこともある」と言っていました。
岡田 私は直ちにそれを否定しています。ありません。
櫻井 共産党と連立を組むことはありませんか。
岡田 ありません。自民党と公明党を見ていましてね、自民党はすごく依存体質になっている。選挙を公明党なしで、公明党支持者なしでは戦えないという状況に陥っている。そういう意味で自民党に明日は無い、自分の足で立てなくなっている。民主党はそうなりたくない。キチッと自前で戦える政党でなければいけない。
櫻井 自民も公明も民主も、政党は独自の存在であって欲しいですね。そうでなければ何故その党を推すのか、わからなくなってしまう。民主党が公明党とも、共産党とも組まない、とはっきり表明しているのは非常にすっきりした、好ましいポイントだと思います。しかし、差し当たっての“敵”は喧嘩上手な小泉首相です。
岡田 小泉さんは魔術師ですから。
櫻井 魔術師?
岡田 マジシャン。
櫻井 そのマジシャンに勝たなければならないですね。では岡田さんは何ですか?
岡田 私は正直に歩みたいと考えています。正々堂々と議論し、国民に対しても率直に訴えていきます。小泉さんと私の違いは、国民に対する見方。小泉さんは国民を操作の対象と見ている。マジシャンだから、魔法をかける相手。
櫻井 なるほど。
岡田 私は国民は賢明だと考えています。最後は間違わない。十数年の政治活動で培われたものなのです。
櫻井 岡田さんは自民党竹下派に始まり、自民党を割って出た後は幾つかの政党を経験なさってきた。その経験で学んだことですか。
岡田 というよりも、地元での活動ですよ。多くの支持者の皆さんに支えられ、育てられる中で、これは官僚時代とは全く違う。
櫻井 御曹司でいらっしゃるからあんまり揉まれていないというイメージが岡田さんにはあります。しかし民主党は現在175議席、目標の過半数獲得の目処は?
岡田 単独過半数は241議席以上。300の小選挙区の中で170議席を取る。比例は現在も70議席を超えていて、80近く行くと思う。それだけで250議席。
櫻井 目標は4割アップ。
岡田 ハードルが高いという見方もあります。しかし民主党は比例当選も含めた全ての議員が小選挙区で戦っています。前回、惜敗で当選した70人もこの2年間バッチを付けて地元で活動して、かなり強くなってます。今度は小選挙区で勝ち上がってくるでしょう。決して非現実的ではない。
櫻井 仮に選挙に負けた場合、どうなさいますか。
岡田 代表としての唯一最大の使命は政権交代です。政権を取れなければ、私は代表を続けるつもりはない。
櫻井 過半数が取れなかったら、代表の座を降りる?
岡田 民主党政権を実現出来なければ代表はやめます。
櫻井 一介の代議士にお戻りになる。
岡田 そうです。民主党で政権が取れるように支え役に徹したいと思います。
櫻井 小泉さんも退路を断った。岡田さんの同じく退路を断って挑むわけですね。
岡田 そうです。でも、小泉さんは、自公併せて過半数というのはどういうことですかね。
櫻井 首相のハードルより、岡田代表の方が遙かに高い。呉々もご健闘を祈ります。
岡田 頑張ります。ありがとうございました。