「 実は日本はレアアース大国だった 」
『週刊新潮』 2012年7月26日号
日本ルネッサンス 第519回
本州から1800キロ、わが国の最東端に位置する南鳥島の排他的経済水域(EEZ)の海底で、膨大な量のレアアースを含む泥(希土泥)が見つかった。レアアースの濃度が1000ppmから1500ppmという非常に高品質な泥で、濃度が400ppmの水準にとどまる中国の鉱床より数倍、良質であることも判明した。発見したのは東大大学院工学系研究科加藤泰浩教授の研究チームだ。
教授室に加藤氏を訪ね、約90分にわたって話をきいた。46億年にわたる地球生成の謎に魅せられた根っからの地質学者が抱いている「日本のために役立ちたい」という熱い思いが伝わってきた時間だった。
加藤氏らは南鳥島の希土泥発見を発表する前に、フランス領タヒチの海底にも同様の希土泥が眠っていることを、昨年7月、英国の科学雑誌『ネイチャー・ジオサイエンス』に発表した。氏は中国漁船による尖閣周辺の領海侵犯事件で中国政府が希土を日本恫喝の材料として利用したことに危機感を抱き、中国の希土独占状態を崩さなければならないと決意。すでにその4年前から本格的に始めていたタヒチの希土泥の調査研究を加速し、猛烈な努力を重ねて日本チームだけで『ネイチャー・ジオサイエンス』に寄稿した。
日本人だけで世界の一流科学誌に英語の論文を書くのは大変なことだが、海底の泥に資源としてほぼ無限の可能性があることを初めて明らかにした加藤氏らの論文は無事審査を通って世界に発表された。彼らは中国の希土独占に挑戦し、成功したサムライチームである。
論文では南鳥島の件は伏せた。
「南鳥島の件については5年も前から経済産業省に報告し、探査・研究への支援を要請しました。国家的プロジェクトに位置づけ、十分な調査を行い、中国がそれと気づかない内に開発が軌道に乗っていたという形をとれればいいと思ったからです」
「僕は日本が好きなんです」
加藤氏らは経産省の支援を待ち続けていた。その間も国際社会は、希土全体の97%を産出する中国に依存し続けた。中国は唯一の供給国の強みを利用して、供給する見返りに最先端技術の中国への移転を要求するなど、希土を戦略物資として活用した。切羽詰まって中国への技術移転を進める日本の企業も少なくない。
資源国の中国に技術国の日本の技術を奪われたら日本は無力化し、それはあまりにも、未来世代の日本人に申し訳ない。そう考えて加藤氏は経産省の支援を熱望したが、経産省は1ミリも動かなかった。氏はさらに発奮した。研究者としてここで出来ることのすべてをやろうと決意したのだ。
「僕は日本が好きなんです。日本のために力を尽すのは当たり前です」
加藤氏は民間企業の資金援助を得て南鳥島の海底探査を進め、良質かつ膨大な量の希土泥の存在を確認するに至った。加藤氏らの熱い想いが日本に福音をもたらしたのだ。
南鳥島の水深5600メートルの海底に広がる希土泥は、陸上の鉱床の中の希土に較べて、いくつもの利点がある。まず希土泥には鉱床よりもはるかに多くの重希土が含まれている。
16種類ある希土は大別して軽希土と重希土に分類されるが、とりわけ重要なのが重希土で、ハイブリッドカー、電子部品、光ディスク、エコロジー関連技術等も、また最新軍事技術も重希土なしには成り立たない。21世紀の未来産業にとってなくてはならない重希土の宝庫が海底の希土泥だ。
陸上では希土の抽出に必ずついて回るトリウムやウランなどの放射性元素が、海中の希土泥にはないのも大きな利点だ。陸と海でのこの相違は希土の生成過程の相違から生まれる。陸上の希土は、マグマの活動によってさまざまな物質が濃集して出来るが、そのとき放射性元素も濃集されてしまう。このため、米国にも希土の鉱床があるが、放射性物質、とりわけトリウムの扱いが難しいために、米国は採取していない。他方、中国は放射能など構わずに採取する。結果、鉱床のある内モンゴル自治区では住民への深刻な健康被害が報告されているが、そんなことは中国政府の眼中にはないのである。対照的に、海の希土泥は海水中の希土だけが濃集して出来たために、放射能の心配がないのだ。
もうひとつの利点は、海では希土の抽出が容易なことだ。希土は酸で分離して採り出す。これをリーチング(浸出)と呼ぶ。中国は硫酸アンモニウムという強烈な酸を、たとえば鉱山全体に大量に注入して、希土を溶かした酸が花崗岩の不透水層にぶつかる所に管を設置して採り出す。この手法では大部分の酸が河川や田畑に流出して環境を破壊する。中国の手法はそもそも大いに問題だが、海底の希土泥ではこんな手法は不必要だ。加藤氏が語った。
「海底の希土泥は美容用泥パックと同じ、キメ細かい粒子の泥です。そこに薄い塩酸を注入し、短時間置くと殆どの希土が抽出されます。抽出後は泥を水酸化ナトリウムで中和して海に戻せば、環境への負荷はありません」
「桁が違う」
まさに夢の泥なのである。その夢の泥がわが国の南鳥島の海に、大量に存在するのだ。南鳥島は周囲7.6キロの三角形の島である。自衛隊員と気象庁の職員が常駐しており、滑走路もある。中国も決して手を出せないしっかりした日本の領土だ。
試算ではその海で採掘船たった1隻で、1日1万トンの泥が採取出来る。年間300万トンとして、そこから日本の年間消費量の10%の希土が、そして最重要の重希土のひとつであるディスプロシウムの場合、年間消費量の20%弱が採れる。これらは現行価格で都合700億円に相当する。
埋蔵量は日本の消費量の200年分に相当すると報じられたが、「桁が違う」と加藤氏は言う。恐らくその10倍から100倍に上る量、2万年分も眠っている可能性があるという。
加藤氏らの発見はレアアースに関する世界情勢を大きく変える力となりつつある。だからこそ、独占体制を揺さぶられる中国ではメディアが加藤氏らの功績を「海底のレアアースは使えないし、とっくに知っている古いニュースだ」(中国経済網2011年7月1日)などと批判した。中国にとってどれほどの衝撃であっても、そんなことは気にしなくてよいのである。
世界有数の希土泥を自国海域に有する日本は、中国の傍若無人の振る舞いを抑止する力を得たのである。未来産業の旗手として世界戦略を構築する力が日本に与えられたことの持つ戦略的意味は非常に大きい。この僥倖を日本飛躍の土台とすべく、政府は国を挙げて加藤氏らを支援しなければならない。この貴重な資源を日本の未来に活かせないようでは、日本国の名が泣くであろう。