「 『メディア規制』に秘められた親『金正日』路線 」
『週刊新潮』 '05年2月17日号
日本ルネッサンス 拡大版 第153回
特集 「韓国」最新レポート (前編)
「冬のソナタ」と「ヨン様」ブームで日本人の韓国に対する印象は大層和らいだものになっている。しかし、韓国の現状はそのようなイメージとは程遠く、「無血革命」「左翼革命」と呼ばれる一連の“改革”が進行中だ。
時代に逆行するこの改革の柱は、盧武鉉大統領が目指してきた言論改革法、私立学校改革法、過去清算法、国家保安法廃止法の4つの法案から成り立っている。
言論改革法は後に詳述するように昨年大晦日ギリギリに成立済みで、厳しい政権批判を続ける三大紙を標的にしたものだ。
私立学校改革法は左派労組の全教祖(日教組の韓国版)を私学教育の中心に置くことを目的としたものだ。
過去清算法は過去の反民族、反民主主義的言動を糾明するもので、そうしたことを社会全般に公表することで、本人のみならず、家族、子孫に社会的制裁が及ぶことを、事実上黙認する内容だ。その延長線上に反日の動きも生まれかねないと懸念されている。
国家保安法は長年金正日総書記が廃止を求めてきたもので、北朝鮮から侵入するスパイや工作員の取締りの根拠となってきた。その法律の廃止は金正日の意志に沿うが韓国では70%が反対である。
一連の“改革”に先がけて成立した言論改革法は、まさに時代錯誤の言論取締法だ。自由な言論を規制する一方で、韓国の親北朝鮮路線はとり返しのつかないところまで進み、韓国社会を北朝鮮化させるものだと懸念されている。盧武鉉大統領は韓国社会を一体どこに導こうとしているのか。
「新聞などの自由と機能保障に関する法律」と名づけられた言論改革法では、「読者の権益を保護する諮問機関として読者権益委員会を置くことができる」(第9条)、「(新聞などの)定期刊行物事業者は編集委員会を置くことができる」(第18条①)「編集委員会は大統領令の定めにより事業者を代表する編集委員と勤労者を代表する編集委員で構成する」(第18条②)などとなっている。
日本に対しても厳しい論調を展開することで知られる『朝鮮日報』論説主幹の姜天錫(カンチョンソク)氏がその内容を語った。氏は同社入社後、社会部記者を皮切りに育った生え抜きである。
「読者権益委員会や編集委員会を置くことが出来るという法律がなぜ必要なのか。しかもそこに大統領の息のかかった人間が入ってくる可能性もあるのです」
姜氏は昨年の総選挙前に、野党連合が過半数の議席を獲得、大統領の政治路線に修正を加えていける力をつけることが健全な韓国政治のために望ましいと、コラムで書いた。ごく普通の政治論評だが、この件で氏は検察の取り調べを受けた。
「こんなことで裁判にかけられるとしたら、この国には言論、表現の自由は存在しないということです。検察は散々、私を取り調べたうえで、嫌疑なしとして解放しましたが、だからといって済む問題ではない。現在の韓国では盧武鉉政権に批判的な言論は弾圧される仕組みなのです」
露骨な統制と懐柔
盧武鉉大統領は明確に言論統制を狙っているのだ。彼はたしかに民主主義を口にする。しかし目的は北朝鮮のように政権批判のない統制色の強い社会への転換ではないか。盧武鉉大統領も金正日のように独裁的な立場を欲しているのではないか。その証拠に、今回の言論改革法にはもうひとつ変なところがある。盧武鉉政権に好意的な言論には御褒美が用意されているのだ。まるで北朝鮮の法律のように思うのは第27条の「新聞発展基金」の条項だ。同基金の管理・運営は文化観光部(省)の委員会が担当し、国会議員が推薦するメンバーなどが入ることになっている。
キリスト教系の『未来韓国新聞』発行人の金尚哲(キムサンチョル)氏が厳しい表情で語った。氏はソウル大学大学院を首席で修了、法学博士であり、弁護士でもある。
「親盧武鉉大統領の論調を展開するマイナー新聞に優先して基金を振りわけるもので、露骨な買収工作と言われても仕方がありません。新聞発展基金の支援を受ける結果、言論が歪曲されることを、私は心配しています。経営の苦しい新聞社は、返済の繰り延べや、新しい借り入れのエサに魅きつけられがちです。銀行の大部分は政府の強い影響を受けていますし、そのうえ、現金を渡す役割の基金まで作られたのです」
メディアの偏向が、今回の改革法によって一層進むと心配する点は、意外にもかつての左翼運動の闘士たち、386世代も同じだった。彼らは、30歳代で80年代に大学教育を受け、60年代に生まれた人々の意味だ。現在40歳代に入った彼らは、日本の全共闘世代だと思えばいい。かつて主体思想やマルクス主義に染まった彼らの一部は、転向し、いまや、保守主義の自由主義連帯という組織を作った。同連帯運営委員の洪晋杓(ホンジンピョ)氏が説明した。
「発展基金は文化観光部長官が新聞を選んで与えるのです。小規模新聞で盧武鉉政権に好意的な論調のところには、政府の広告費を優先して与えるなどの措置で懐柔します。その他、新聞報道についてこれまでは当事者しか訴えることが出来なかったのに、第三者も訴えることが出来るようになりました。私もコラムを書いていますが、その内容について誰でも訴えることが出来るようになった。まさに言論弾圧なのです」
洪氏は、あの手この手の飴と鞭の政策のなかで、盧武鉉政権賛歌を奏で続けているのが『ハンギョレ新聞』『京郷新聞』『ソウル新聞』などだと指摘した。
「知的騙しの構造とでも呼ぶべき偏向が韓国のメディア界には、すでに存在しますが、この法律によって、さらに拡大されていくのではないか。国民は政府とメディアに、前にも騙されたけれど、また騙されることになると危惧しています」
と金尚哲氏。『月刊朝鮮』社長の趙甲済(チョカプチェ)氏がつけ加えた。月刊朝鮮は元『朝鮮日報』の一部だった。だが、より自由な言論を実現するために独立会社となり、趙氏が代表となった。氏は1980年の全斗煥政権下の光州事件などで特ダネをとばし続けた記者で、韓国メディア界を代表する1人だ。
「金氏が語った政府と一緒になって国民を騙してきたメディアとは、新聞よりもむしろテレビだと思います。国営放送のKBS、MBC(文化放送)、SBS(ソウル放送)の3局は、かつて一度もメディアの責任と役割を果たしたことはないと私は思います」
こう述べて氏は与党「開かれたウリ党」の李哲禹(イチョルウ)という国会議員が事もあろうに北朝鮮労働党の党員だった件について語った。
「彼がれっきとした北朝鮮労働党員だったことは司法の場で明らかにされたにもかかわらず、与党が御用メディアの場を使ってそのことを否定した。新聞も大きくは扱わなかった。で、世論調査では50%以上の国民が『北の朝鮮労働党に加入していたなどは、拷問されて言わされたに違いない』と答えたのです。政権と御用マスコミが協力すれば、簡単に半分以上の国民を騙すことが出来ることの見本です」
人事権掌握で圧力
韓国のテレビ局が、政権の意に沿うために司法の判断をも真っ正面から否定することは珍しくない。一例が1987年の北朝鮮による大韓航空機爆破事件だ。犯人の金賢姫(キムヒョンヒ)は日本のパスポートで日本人になり済まして犯行に及び、逮捕され、全てを告白した。彼女に日本語を教えたのが拉致被害者の田口八重子さんだったのは周知のとおりだ。
しかし、盧武鉉大統領らは、親北路線をとる余り、拉致問題の解決には一向に熱心ではない。横田めぐみさんのものとされた遺骨が他人のものであったことについても「北朝鮮が間違えたのではないか」と述べたほどの北朝鮮シンパである。
政権の意向に沿うことが重要だと考える韓国のテレビ局であればこそ、その北朝鮮報道は甘い。典型例が2004年5月22日、小泉純一郎首相の訪朝に合わせるかのように2夜連続で報道された大韓航空機爆破事件の検証番組だった。
一言でいえば、あの事件を北の犯行とするのには余りにも多くの疑問があるという内容だ。金賢姫の告白も裁判も無視した番組だった。金賢姫の告白を疑うことは田口八重子さんの拉致事件をも疑うことだ。拉致事件を疑えば、拉致事件ゆえに北朝鮮に厳しい措置をとろうとする日本の政策も理解出来ないわけだ。必然的に日本への反感も高まっていきかねない。
現代コリア研究所の西岡力氏が強調した。
「KBSだけではありません。同様の番組をMBCもSBSも2003年に報じましたから、韓国の三大ネットワークは全て、大韓航空機爆破事件には疑問ありという立場です。韓国のテレビ局は北朝鮮のテロ活動を認めないのです」
なぜ韓国のテレビ局はこれほど、北朝鮮に甘いのか。姜論説主幹は、理由は政府が人事権と許認可権を握っているからだと解説した。
「KBSは理事会が社長を選びますが、理事会のメンバーは政府と国会が推薦します。間接的ですが、人事権は政府の掌中にあります。MBCの人事権も同様で放送振興財団が社長を選びますが、財団の理事は政府が選ぶ仕組みです。SBSは純粋な民間放送ですが、3年に1回の免許更新の際に政府は強力な圧力をかけました。盧武鉉大統領はテレビにとどまらず、この新法によって新聞支配まで確実にしようとしているのです」
韓国政府によるメディア弾圧の歴史は幾つかの山場を踏んできた。その内のひとつが金大中前政権による烈しい弾圧だった。
同大統領は自分自身と自分の対北朝鮮政策及び金正日への批判の封じ込めを狙って2001年2月から4カ月以上、国税庁などをフルに動員した三大新聞への税務査察を行った。同年6月末、3社を検察庁に告発、各社に800億ウォン(80億円)を超える脱税への追徴金を科した。社主及び経営者に対する締めつけは厳しく『東亜日報』名誉会長夫人は、同年7月14日、自宅マンションから飛び降り自殺をしたほどだった。
大統領の真の姿とは
その金大中政権下で言論弾圧の急先鋒を務めたのが盧武鉉氏だった。金大中、盧武鉉政権が2代続けて厳しいメディア弾圧政策をして北朝鮮批判を封じても、彼らの望む北朝鮮の歩み寄りなど、全く実現されて来なかった。むしろ歩み寄るのは常に韓国側という構図が明らかになった。そして2000年6月の南北首脳会談の開催のために、金大中氏が5億ドルの違法資金を金正日に渡していたことが明らかになったが、これは『月刊朝鮮』のスクープだった。
同誌の趙氏が語った。
「現場取材と検証を繰り返して確認した事実を、政権側は忌み嫌います。我々も憎まれます。けれど、それはむしろ我々の誇りです」
氏は盧武鉉大統領の義父の件についても語った。大統領の妻の父は南朝鮮労働党の幹部だった。南朝鮮労働党は北朝鮮労働党と一体の組織である。朝鮮戦争が勃発したとき、当初の3カ月ほどは北朝鮮軍が圧倒的に優位に立ち、釜山以外の地は彼らに制圧された。各地で“反動分子”とされた人々が多数殺害されたが、盧武鉉大統領の義父も11人を虐殺したとの事実が明らかにされた。この件が報じられると、盧武鉉大統領は「なぜ悪いのか」と開き直り、犠牲者への謝罪の言葉を口にするかわりに義父の件は濡れ衣だと主張したというのだ。ここでもテレビ局が盧武鉉大統領を擁護したと語るのは西岡氏だ。
「昨年暮れ、MBCがこの件をとりあげ、当時は左派よりも右派のほうが多くの人間を虐殺したという内容の番組を報道したのです。それにしても、過去清算法などで日本に協力したり反民族行動をした人々を糾弾する姿勢を見せながら、北朝鮮とそのシンパによる虐殺には目をつぶるのです」
韓国は、いま、北朝鮮との連帯を至上とするかのような価値観の持ち主が大統領を務めているのだ。このことの日本及びアメリカへの影響は大きい。月刊朝鮮、朝鮮日報、東亜日報などの言論での活躍はあるが、それでも盧武鉉大統領の北朝鮮政策の検証は不十分だ。メディア抑圧の効果はかなり浸透しつつあるともいえるだろう。韓国メディアについての新たな懸念は新駐米韓国大使に中央日報社長の洪錫炫(ホンソクヒョン)氏が任命されたことだ。1965年創刊の同紙の背後には三星財閥がついている。財閥グループとしては、政府との関係を決定的に悪くすることなく維持していかなければならない。そのために、洪氏の任命は中央日報が政府との協調関係に入ったことを示すものだとの分析もある。三大テレビ局に続いて三大紙の一角が崩れるとすれば、韓国の報道はさらに歪み、拉致、北朝鮮、軍事問題など全てにおいて論理的な判断は出来にくくなりかねない。日本としては冬のソナタに湧く純愛物語にばかり気をとられていてはならないのだ。