「 起こるべくして起こった住基ネットを悪用した“なりすまし犯罪”の巧妙さ 」
『週刊ダイヤモンド』 2004年10月23日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 564
住民基本台帳ネットワークのように、国民全員に番号を振って、その番号で個人情報を集中管理する仕組みは、必ず悪用される。そう断言するのは、番号で管理する個人情報の悪用は海外で掃いて捨てるほどの実例があるからだ。その一つが、なりすまし犯罪である。
他人になりすまして悪事を働く犯罪は、米国では年間100万件の規模で発生しているという。他人のソーシャルセキュリティ番号(社会保障番号)、通称SSNを入手して、その番号から持ち主の個人情報を取り出し、持ち主になりすますのだ。たとえば、クルマ、高級家具、宝石などを買い、ホテルやレストランで散財する。短期間に借金、詐欺などを働き、犯人は姿を消す。請求書は1~2ヵ月の時差で「持ち主」に郵送され、当人は身に覚えのない借金や買い物や散財に驚くのだ。
被害は金銭の損害にとどまらない。犯人が詐欺などを働いていた場合は突然、刑事事件に巻き込まれるのみならず、本人が疑われかねない。
こんな事件が、住基ネットを基盤として日本でも発生し始めた。10月1日、福島県原町(はらまち)市は、ある男の印鑑登録など一連の証明書は無効であると告示した。この男は住民基本台帳カードを不正に取得し、ある女性との結婚・婿入りを偽装したのだ。犯行は次のように行なわれた。
6月8日、男は新潟市役所に39歳の無関係な男性の偽りの転出届を提出、転出証明を入手。
7月9日、福島県原町市に転入届を提出、転入証明を入手。このとき、本人確認がなくても転入届を提出すれば交付される国民健康保険証を入手。同時に印鑑登録をして印鑑証明書も取得。印鑑登録には本来、本人確認の可能なパスポートなどが必要だが、それを持っていなかったため、共犯も疑われる原町市在住の26歳の男性が保証人として市役所に現れた。
男は次に、同県二本松市の女性に婿入りするかたちの婚姻届を出した。相手方女性の戸籍謄本は揃えていたが(なぜ入手できたかは調査中)、当の女性はまったく知らなかったことが後に判明している。こうして“婿入り”した男は、新しい姓で住基カードの申請を行なった。
原町市は男の本人確認のため、男の移転先住所に同日、書類を送付。3日後の12日、男は送付された書類を持参し、住基カードを受け取った。その直後の14日、今度は離婚手続きを取ったのだ。籍は抜いたが、新しい姓は元に戻さずに残した。こうして男は元の姓と異なる架空の別人になりすまし、消え去った。
別人となった男は、住基カードという新しい身分証明書を手に入れたことになる。さまざまな犯罪を行なう準備が整ったのだ。
そんな矢先の10月9日、男女5人組が逮捕された。二本松市で不正な転入届と養子縁組届を提出しようとした男らを捜査していた二本松署の働きである。原町市で偽装結婚をして別人になりすました男も、そのなかにいた。また、5人のうちの1人は不法滞在の中国人だった。
彼らは「カネの問題で、名前を変える必要があった」などと供述。原町市担当課長が語る。
「(市としては)決められた手順を守って対処しましたが、この種の犯罪は防ぎ切れません。住基カードが個人証明となる時代に、カードを悪用されると大変なことになります」
住基ネット不参加を貫く同県矢祭町の根本良一町長は、すでに同種の事件は被害者が気づかないまま各地で発生しているのではないかと語る。「この種の犯罪は実害が出て初めて表面化しますが、それでは遅いのです」。
今回の犯罪は日本人と中国人によるものだった。住基ネットや住基カードは、これからも世界の犯罪者グループから狙われ続けるだろう。