「 国益を考えない菅政権はいま 暴力集団に屈しようとしている 」
『週刊ダイヤモンド』 2011年7月30日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 897
菅直人首相は大震災の混乱の最中、自らが議長を務める行政刷新会議を主導し、4月8日、強い反対の声を押し切って中国人観光客への「マルチビザ」発行を閣議決定した。一度でも沖縄を訪れれば、3年間何度でも、最大90日間、日本訪問が出来るビザだ。
同ビザは7月1日に施行され、中国人にとって日本は自国同様、気楽に来られる国となった。大量の中国人を送り込み、その地に強い影響力を及ぼすのが中国の勢力拡大の手法である。であれば、この無防備な出入国政策の大幅緩和に、政権与党内からでさえ反対の意見が上がったのは当然だった。
国益を考えない菅政権の下では、いまや何が起きても不思議ではない。捕鯨問題もその一つである。
7月16・17日付の「ニューヨーク・タイムズ」紙が「鯨会議、保護海域をめぐって混乱して終了」という写真付きの大きな記事を掲載した。同記事は冒頭、「国際捕鯨委員会(IWC)は商業捕鯨禁止海域設定をめぐって大混乱して終わったが、それは日本とその同調国が(採決に必要な)定数割れを狙って退場したからだ」と書いた。
明らかに一方的な鯨保護の観点から、記事は、「会議では重要な論点がほとんど議論されなかった」と日本が協力しないからだとばかりに報じた。それでも「IWCは一つの前向きの結果を生み出した」として、加盟国が分担金を会場で現金や小切手で支払うことを禁止する決議案が採択されたことを報じている。
従来、IWCの反捕鯨国は、小さな国々が会場で「突然」分担金を支払うのは不自然だ、彼らの分担金を日本が支払い、事実上、票を買っているのだと疑ってきた。会場で現金の受け渡しをするなどのあからさまな手段を日本が取ってきたわけではあるまい。日本が長い年月と信じがたい努力を傾注して行ってきた科学調査こそが多くの国々を動かしてきた要因であろう。日本の捕鯨支持を是とする科学調査は、IWCの科学委員会では多数の支持を得てきた。それが政治的、感情的色彩を強くする総会になると、いつも、五分五分の論に後退させられてしまうのだ。
先の決議案に関しても、日本は反対せず、IWCは全会一致で採択した。にもかかわらず、世界中の読者に日本が疑わしい行為を行っているという印象を与えるような記事が書かれるのである。
一方、日本国内の報道はかなり異なり、鯨問題についての彼我の感じ方の相違が明らかだ。共同通信を除き、「産経新聞」も「朝日新聞」も、反捕鯨団体「シーシェパード」(SS)の妨害行為を抑止するための取り組みを全会一致で採択したことを軸に報道した。総会の混乱に関して「朝日新聞」は日本の退場に触れはしたが、米国など反捕鯨国の対日非難には触れていない。
日本の報道は、相手側の非難を十分に伝えない。同時に日本の主張を世界に発信するわけでもない。鯨に関しては、日本は「理」で迫り、米国などは「情」で迫る。その構図を打ち破る努力が双方にないのだ。
そうしたなかで、今年の捕鯨についての政府判断が迫られている。科学的見地に立った理論に加えて、捕鯨の文化的要素、さらに、捕鯨に関して日本はあらゆる面でIWCの決定、国際社会のルールを徹底して守ってきた点、道義上、批判される理由はまったくない点などを強調しなければならない。
にもかかわらず、民主党政権はなんと、今年の捕鯨を中止しようとしている。菅首相および鹿野道彦農林水産大臣は、IWCが全会一致で非難したSSにさえも屈服しようというのだ。国際的暴力集団にすぎないSSに屈服することは、日本はもはや国家ではないと内外に宣伝することだ。このような原則なき外交で国益が守られるはずがない。国家観なき人物の下で国家としての日本が崩壊しようとしているのだ。