「 北朝鮮暴走、世界制覇を目論む中国 」
『週刊新潮』 2010年12月9日号
日本ルネッサンス 第439回
11月23日午後2時34分、北朝鮮が韓国の延坪島を攻撃し、民間人2人を含む4名が死亡した。北朝鮮の攻撃後、朝鮮半島情勢の今後の展開は予想し難いものがある。確かなことは、今回の攻撃は南北両朝鮮の安全保障問題を超えて、米中という二つの軍事大国をより一層の緊張と対立含みの関係へと押しやる可能性があるということだ。
米韓両国は11月28日から12月1日までの黄海での合同軍事演習に、中国の強い牽制と反対にも拘らず、踏み切った。原子力空母ジョージ・ワシントンを中心に米韓両国はイージス艦「カウペンス」、ステルス戦闘機F22、駆逐艦KDXⅡ、哨戒機P3C、空中警戒管制機「AWACS」などを動員し、艦載機60機を離発着させるなど大々的なオペレーションを展開した。
米国の圧倒的な軍事力の前で北朝鮮になす術がないのは明らかだ。にも拘らず、なぜ、北朝鮮は今回の攻撃に踏み切ったのか。この点について防衛省の専門家は、北朝鮮は、米国抜きの韓国との戦いに向けて周到に用意してきたとの見方をとる。北朝鮮は確固たる戦略をもって攻撃に踏み切ったのであり、北朝鮮の力や動きを無謀な攻撃だとして過小評価するのは危険だと語る。
「3月26日の韓国の哨戒艦『天安』の撃沈事件も今回の延坪島攻撃事件も、北朝鮮が米国抜きの韓国と通常兵器で戦うことを想定したものだと考えます。彼らは韓国が主張する海上の境界線、北方限界線を事実上無効にすべく、昨年1月から動きを加速させていました。昨年11月10日には南北の海軍が衝突し、北朝鮮は完敗しました。すると今年1月、彼らは陸海空三軍の統合演習をしてみせ、3月には哨戒艦『天安』を撃沈、11月には延坪島への攻撃に踏み切った。北朝鮮は、彼らなりの一貫した論理の中で、エスカレートしているのです。彼らは通常戦力だけで韓国と戦う時期が来ると信じていると思います」
米国の介入を受ければ、北朝鮮はひとたまりもない。北朝鮮が米国の介入を如何にして退け得るのか。通常戦力による戦いで朝鮮半島を統一するという考えに、一体どのような合理性があるのだろうか。
韓国の左傾化を切望
「彼らは、2015年12月に米韓連合司令部がなくなるのを機に、在韓米軍が縮小し、いなくなることに希望をつないでいると思います。李大統領の後に、盧武鉉政権のような反米左翼政権が二代続けば、在韓米軍の撤退は不可能ではありません。韓国の大統領選挙は2012年です。その意味で韓国が政治的にまたもや左傾しないという保証はないのです」
こうした事情を知悉する北朝鮮は、韓国の左傾化によって、在韓米軍を撤退させ、一方で自国が米国と平和条約を結ぶことを切望しているのだ。再び専門家が語る。
「大陸間弾道弾を作って、米国に到達する射程1万2,000キロのミサイルに載せることが出来れば、本土への核攻撃の危険を恐れる米国は朝鮮半島に介入することはないと、北朝鮮は踏んでいます。そのうえで通常兵器で韓国と戦って統一するつもりなのです。核で米国との戦争を抑止し、自主的平和統一を実現する。この戦略を三男の金正恩が引き継いでいると思われます」
今回の攻撃が北朝鮮の暴走なのか、または中国が暗黙のうちに認めたものなのかを判断する材料はない。しかし明らかなのは、北朝鮮が一貫して朝鮮半島の「自主的平和統一」を主張してきたこと、さらに彼らが1960年代から核に食指を動かし、80年代には、鄧小平の第三世界への核拡散政策に伴って明確に核開発に乗り出したことだ("The Nuclear Express" トーマス・リード、ダニー・スティルマン、ゼニス出版)。
核兵器保有は北朝鮮が決して諦めることのない野望であったし、いまや、彼らが「核保有」のもたらす政治的軍事的意味を最大限利用しようとしていることは間違いない。その北朝鮮を常に守るのが中国である。
米韓両国は北朝鮮の砲撃当日の11月23日に、合同軍事演習実施で合意した。中国外務省は、黄海での米韓軍事演習への反対を表明し、27日には楊潔篪外相が前原誠司外相との電話会談で、「北朝鮮と韓国双方が冷静と自制を保ち、対話を通じて問題解決すべきだ」と述べた。
3月の哨戒艦「天安」撃沈事件のとき同様、中国は北朝鮮を責めずにかばう。北朝鮮が攻撃した今回も、中国は南北双方に自制を求めるのだ。中国の安保外交戦略を事実上動かすといわれる戴秉国国務委員は、28日に李明博大統領と2時間会談し、6者協議再開を申し入れた。北朝鮮の謝罪もないとき、協議は無意味である。李大統領は、「現時点で開催出来る状況ではない」と退け、さらに「南北関係において、公正で責任ある姿勢で朝鮮半島の平和に寄与してもらいたい」と中国に要請した。
重要な政策転換
問題の核心をとらえた発言であり、米韓両国政府の意思疎通が極めて緊密であることを示していた。
中国は6者協議再開の申し入れを後退させ、28日、6ヵ国協議そのものではなく、それに向けた条件づくりのための協議を開催しようと再提案した。
ワシントンではホワイトハウスのギブス報道官が29日午後、述べた。
「朝鮮半島において自らの責任を果たし、安定を揺るがす行動を中止するという自らの義務を北朝鮮が果たすことの代わりに6者協議を開くことは出来ない。協議のための協議は認めない」「我々は中国が北朝鮮に不安定化への動きをやめるべく強く働きかけるよう、要請し続ける」
協議再開の申し入れは「ただの宣伝にすぎない」とまで述べたギブス報道官の言葉には、米国の中国に対する強い決意が見てとれる。弁明に走るかのような中国の一連の行動を、「スミを噴き出しながら逃げる烏賊」に例えたのは、シンクタンク国家基本問題研究所の副理事長の田久保忠衛氏だ。
「6ヵ国協議の話は本心を見抜かれないための提案でしょう。中国は昨年7月、重要な政策転換を決定しました。これまでは能ある鷹は爪を隠すとして、能力をひけらかすことなく、控え目に行動せよという鄧小平の教えを忠実に守ってきましたが、いまや爪を隠すのではなく、むしろ前面に押し出してでも、中国式の手法と価値観で世界を席巻していくべきだと決めたのです」
本気で北朝鮮の暴走を止めようとしない中国は、実は、現在の国際社会の秩序に挑戦を突きつけている。北朝鮮への宥和策もその一環だ。中国の政策転換は経済と軍事力の拡大路線を伴い、中国にとって友好的な国際世論を醸成するメディア戦略を備えるものだ。それは国際社会の力関係をダイナミックに変える革命につながるとの見方もある。中国の真意を直視し、備えることが大事だ。