「 “真性暗愚の宰相”が辞任表明 権力の二重構造は終焉するか 」
『週刊ダイヤモンド』 2010年6月12日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 841
「この人は真性暗愚の宰相ですよ」
6月2日、突然辞任を表明した鳩山由紀夫首相について政治評論家の屋山太郎氏が語った。氏はかつて、鈴木善幸首相に「暗愚の宰相」の冠をかぶせたことがある。今回は「真性」が加わった。なぜか。
「鈴木氏は、自分が国際政治や安全保障など、国政の根幹である案件について知識も理解も持ち合わせていないことを十分に認識していました。だから、官僚の言うことをそのまま口移しに喋った。まったく中身がありませんでしたから、僕は彼を暗愚と呼んだ。村山富市氏も同じです。昨日まで自衛隊は憲法違反と言っていたのが、一夜にして合憲に変わり、自衛隊員に国を守る崇高な任務に励めと訓示しました。見ていてばかばかしくなりましたが、日米安保条約も自衛隊も認めたという点で大きく踏みはずさなかったのは、官僚の意見を聞いたからです」
前二者の「暗愚」と鳩山氏の違いは、官僚の助言にまともに向き合うか否かだと、屋山氏は言う。
「鳩山氏は、自身の国際情勢認識がいかに現実遊離で無意味であるかにまったく気づいていない。加えて、政治主導だと言って官僚排除で凝り固まっている。これでは、大きな間違いを犯すのは避けられない。だから『真性』を付けたのです」
それでも、鳩山氏は8ヵ月余の成果を強調した。子ども手当の実施を誇り、普天間問題で沖縄の負担軽減への思いを涙目で語った。「日本の平和は日本人がつくり上げる。米国依存の日米安保を50年、100年続けていいとは思わない」とも、語った。国民は聞く耳を持たなくなったが、「宇宙人」の自分の言葉は、必ず将来、正しかったと理解してもらえると胸を張った。
この人は本当にわかっていない。真に米国への依存を減らし、自力で領土、領海、領空を守り、国民の安寧を守るというのであれば、まず、現実を見て、そこから問題解決に取り組まなければならない。それが鳩山氏には最後まで出来なかった。
たとえば、沖縄県与那国島上空を分断する防空識別圏である。防空識別圏は各国が領空侵犯に備えるために領空の外に設ける空域で、ここに侵入する機体は迎撃戦闘機の緊急発進の対象となる。与那国島は日本の領土なのに、その領空の真ん中まで、台湾の防空識別圏となっている。
鳩山氏は、台湾側はこれを簡単に修正してくれると夢見ていた。そこで、沖縄を訪れた5月23日に、仲井眞弘多知事に「早急に見直す」と確約した。
だが、5月29日、台湾外交部は、「台湾の主権と空域にかかわることで受け入れられない」「事前協議を欠いた一方的通告」だと拒絶した。
自分が願えば、他国はその願いを受け入れてくれると空想し、願いを実現するにはどんな手を打たなければならないかをまったく考えず、準備もしないのだ。この人は単なる夢想家に始まり夢想家に終わる人なのだ。
さて、新首相の下で民主党を立て直すとしたら、まず、鳩山・小沢一郎両氏の手法、つまり権力の二重構造を繰り返さないことだ。
政策には口出ししないと言って、小沢氏は普天間問題にいっさい介入しなかった。突き放して見つめつつ、鳩山氏が失敗すれば、別の人物を首相に担げばよいとの構えである。他方、自身は資金と公認決定権、つまりカネと人事権を握り、力を維持し、首相をも支配の下に置く。これはかつて田中角栄氏が「闇将軍」として政界に君臨したのと同じ手法である。
民主党の新首相は、たとえ小沢氏の影響を深く受けていても、表面的には小沢色を薄める努力をすると思われる。だが、国民はよく見ていることを忘れてはならない。権力の二重構造から脱することなしには、新政権も民主党も立ち直れないであろう。