「 切迫する朝鮮半島の有事 民主党政権は“備え”を急ぎ考えよ 」
『週刊ダイヤモンド』 2009年9月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 806
ソウル発時事電が、9月13日、平壌の一般家庭向け有線ラジオ放送で、金正日総書記の三男の正雲氏が実名報道され、氏の資質や能力が賞賛されていると伝えた。金総書記が後継者の国民への認知、徹底を急いでいるのであろう。
金総書記が死亡や、さらなる重病で執務不能となるとき、北朝鮮は大混乱に陥ると思われる。1994年には、金日成主席の死で正日氏への権力委譲がスムーズに行われた。当時と今、状況はまったく異なる。正日氏は74年2月、33歳で「主体事業の偉大な継承者」として推戴され、党政治局員に就任した。以来、父親の死まで20年間、自身の権力基盤を固めた。
対して、正雲氏は今26歳、父親が権力基盤を固めえたのと同じ時間的余裕はない。経験もない。北朝鮮の疲弊し切った現状を、正雲氏が改善し、統率できるとは思えない。
歴史的に国際政治の利害が激しくぶつかり合ってきた朝鮮半島には、どの国も、大きな関心を抱いている。日清、日露の両戦争は朝鮮半島問題そのものだった。だからこそ、情勢がきわめて流動的な今、日本は取るべき戦略を策定しておかなければならない。
しかし、民主党にも、自民党にも、その種の研究や戦略が存在するとは、寡聞にして知らない。事の核心は、朝鮮半島の真の問題は中国だという点だ。中国共産党は一党統治制度を維持するために、内外で自由や民主主義の拡大を阻止してきた。北朝鮮の自由化も民主化も全力で阻止するだろう。彼らの戦略目標は、朝鮮半島に影響力を及ぼす体制をつくること、特に北半分には中国に従う従中政権を立てることだ。
中国の意図をどの国も無視できない。だが、日米韓など、自由と民主主義を尊ぶ国としては、そのまま受け入れることも出来ない。米軍は2004年、08年8月、そして今年7月の3度、北朝鮮有事の対応について、中国に協議を申し入れた。中国は応じず、米国は韓国と作戦計画を策定した。いわゆる「5029」作戦である。
朝鮮半島問題の専門家、西岡力・「救う会」全国協議会常任副会長は、5029作戦は、(1)クーデター、住民暴動、金総書記死去などで内戦が発生、(2)反乱軍が核、化学兵器など大量破壊兵器を奪取、(3)住民の大量脱出、(4)韓国人人質事件の発生、(5)大規模自然災害の発生などによる混乱を想定し、米韓両軍の兵力、装備の配備・運用まで、具体的に定めたものだという。
右の作戦に対応するために韓国政府は行政計画、「忠武3300」や「忠武9000」も策定ずみだ。
西岡氏は、忠武3300は、北朝鮮にいる韓国人の救出と、韓国に流入する難民を20万人と想定し、体育館や学校に収容する具体策だと説明する。ちなみに同計画は金日成主席が死亡した九四年に策定された。
忠武9000の別名は「応戦自由化計画」である。有事から全面戦争に突入するとの想定で、韓国による北朝鮮統治を実施するために、統一部長官を本部長とする「自由化行政本部」を北朝鮮に設置する内容だとされる。
一方、複数の情報は中国政府が中国軍派遣計画を策定ずみであることを示しているが、中国政府の戦略は不明だ。
日本にとって肝要なのは朝鮮半島における中国の力の増大を防ぐことだ。そのために、韓国による朝鮮半島全体の自由統一推進を支えることだ。
李明博大統領とオバマ大統領は自由民主主義と市場経済にのっとった平和統一のための統一ビジョンを発表ずみだ。日本はこれを支持し、同時に、いかにして米韓両国との協力で拉致被害者を救出するのかを、詰めておかなければならない。民主党政権は朝鮮半島有事に備えて、韓国による自由統一への支援、自由と民主主義を共有する国同士として、日米韓友好の土台固めの戦略策定を急いでほしい。