「 米イ戦の隙間で蠢く中国人民解放軍 」
『週刊新潮』 2026年4月23日号
日本ルネッサンス 第1192回
4月11日、パキスタンの仲介で始まった米国とイランの停戦交渉は一旦打ち切られた。焦点のひとつ、ホルムズ海峡の航行に関して、イランの革命防衛隊は人民元か暗号資産で一隻あたり約3億円を払えば通航させる仕組みを継続するとし、片やトランプ米大統領は不法な通航料を支払った船舶は米軍が拿捕するとSNSで発表した。米・イ交渉の行方は予測できない。
米・イ戦争に世界の耳目が集中している隙に、南シナ海で中国が蠢いている。西沙諸島のアンテロープ礁で大規模工事を始めたのだ。衛星画像がとらえたのは、完成済みの防波堤、ヘリパッド、灰色の屋根の建物や、滑走路に適していると思われる新しい海岸線だった。
サンゴ礁の軍事基地化に関して中国はここ暫く、新たな造設の動きを見せていなかったのだが、今、「非常に大きな島の、非常に素早い基地化」を久々にやってのけたと、米紙「ウォールストリート・ジャーナル」が4月3日付けで報じた。アンテロープ礁の基地は、南沙諸島・ミスチーフ礁の中国最大の前哨基地とほぼ同じ広さ、1490エーカー(約6平方キロメートル)もある。
西沙諸島は中国が約50年前にベトナムから奪ったウッディ島を擁する。中国はそこに海・空軍基地を建設し、極めて厚い強固なコンクリートで3000メートル級の滑走路も造成した。同島は中国が2012年に一方的に設立した海南省三沙市の中核を担う島とされ、南シナ海を統括する人民政府も立地している。
中国本土に近いその西沙諸島における新たな基地建設の意図は何か。元空将の織田邦男氏が解説した。
「南シナ海は南北に細長い海です。南に散らばるのが南沙諸島。その中の3つの岩礁には3000メートルの滑走路が計3本造られています。これらは南シナ海の制空権を守るためのものです。
今回基地化が判明した西沙諸島のアンテロープ礁は南シナ海の北部にあり、海南島にも中国本土にもより近い場所です。ここでの新たな軍拡の目的は、中国がいま最大の力を注いでいる核戦力を守ることだと考えます」
油断ならない国
中国が南シナ海を完全に自国領にしたい理由のひとつが、米国を狙う核ミサイルを搭載した原子力潜水艦を長期間沈めておくことのできる深い海があるからだ。南シナ海の北部から中央部にかけて深さ5000メートルの海域がある。中国は現在そこに晋級の戦略原子力潜水艦を潜行させている。南シナ海は中国の対米核戦略を支える極めて重要な海なのだ。
但し、晋級戦略原潜に現在積まれているミサイルは射程8000キロのJL―2と呼ばれるものだ。織田氏はJL―2には限界があると言う。
「南シナ海からJL―2を発射しても米国本土には届きません。ですから攻撃するなら彼らはどうしても南シナ海の外に出て、米国に近づく必要があります。米軍はそうした中国側の事情をよく知っていて、南シナ海の当該海域に攻撃型原子力潜水艦を2隻、配備しています。2隻はじっと潜んで中国原潜の動きを常時監視しており、中国原潜が動けば追尾を開始するのです。
追尾中に中国の原潜が米本土攻撃のための発射準備に入ると仮定します。そのとき、かすかですが音が出る。そのわずかな音を米軍はとらえ、そして攻撃態勢に移る。米軍は中国軍の米本土攻撃を決して許さない。核攻撃を巡る熾烈な争いが深海で続いているのです」
もし南シナ海で中国の原潜を見逃してしまえば、次の関門はバシー海峡だ。しかし万が一、ここでも見逃して追尾に失敗した場合、太平洋に出た潜水艦をとらえるのは至難の業だ。米国の安全に深刻な危機が訪れる。そんな事態に陥らないよう、米軍の警戒は否応なく厳しくなる。中国もまた米軍を出し抜くべく国運を懸けて外洋に出ようとする。
「中国の対潜水艦能力は米海軍に比べてかなり劣ります。アンテロープ礁の新基地建設は、戦闘機や対潜哨戒機を配備して、米海軍の攻撃型原潜の動きを妨げる能力を強化するためでしょう」と、織田氏は語る。
それにしても中国の動きは水のようだ。わが国に対しても同じだが、米国の外交、軍事、政治、経済などあらゆる分野で、少しでも隙が生じれば、中国は水のようにスッと入り込む。国際社会の関心が他に向けば、ここぞとばかりにその機会をとらえる。油断ならない国だ。
軍事力において最大の威力を持つのが核兵器だ。彼らは何としてでも2049年の建国100年までに米国を凌駕したい。そのための核戦力における米国猛追だ。中国も米国も包括的核実験禁止条約(CTBT)に署名しており、本来、いかなる環境下でも核実験をしてはならない立場だ。
イランへの軍事支援
しかし、ハドソン研究所で公表されている「China-US Focus」の4月10日号でリチャード・ワイツ記者が報じたのは、20年6月22日、中国がウイグルのロプノール付近で2度、核実験を行ったという情報だ。推定爆発力は通常爆薬約5トン分に相当した。中国側はこれら全てを否定したが、米政府が公表し、さらに中国が100トン以上の威力を有する核実験の準備を進めていると指摘した。加えて2030年代に、中国は核兵器保有量において米国を上回ると米国側は警告する。
アンテロープ礁での軍拡は潜水艦のミサイル発射能力を強化するが、中国はもうひとつの挑戦にも余念がないと織田氏は指摘する。
「JL―2の8000キロの射程では不足だとして今、1万2000キロのJL―3を開発中です。開発はすでにテスト段階に入っています。完成すれば、晋級原潜は太平洋に出ることなく、南シナ海から直接、核搭載のミサイルを米本土に撃ち込めます」
明らかに米国は戦略の見直しを迫られているのだ。現在、南シナ海の制空権と制海権は中国に握られている。米軍の第7艦隊が南シナ海に入れば、優位性が保たれるが、それなしには南シナ海は中国の支配する海になってしまった。
中国が米国に対立し、軍事的に対米優位を達成するべく米国の力を殺(そ)ごうとしている事例をもうひとつ、指摘しておきたい。4月11日、米シンクタンクの戦争研究所が発表したのだが、米・イ停戦期間中に中国が、破壊されたイランの防空システム再構築を支援する準備を進めているという。具体的にはMANPADSと呼ばれる肩撃ちの携帯式対空ミサイルを数週間以内に供与するとのことだ。
CNNは中国政府が兵器の出所を隠すため、第三国経由で輸送しようとする動きがあると報じた。米・イ停戦合意を仲介したパキスタンを中国が支えていることはつとに知られている。一方で停戦に関与し、他方でその停戦中にイランへの軍事支援を進めるのが中国だ。
わが国はどうする。課題は余りにも多い。何よりも現実を見ることだ。世界に核があふれその使用も論じられる今、少なくとも非核三原則を至高の価値とする考え方を捨て去ることだ。












