「 株価暴落、財務省・日銀の大失策だ 」
『週刊新潮』 2024年8月15・22日合併号
日本ルネッサンス 第1110回
ブラックマンデーを超えて東京株式市場で株価が暴落した。8月2日(金曜日)に日経平均株価が2216円下落したのに始まり、5日(月曜日)にはさらに4400円超も下がり、3万2000円を割った。岸田文雄首相は円安懸念を表明してきたが、1ドル=142円台後半まで円が上がったことをどうとらえているのか。
市場激変を受けて、私はすぐに、今年1月から政府が鳴り物入りで始めた新NISA(少額投資非課税制度)を利用して投資した人達のことを考えた。運用益(売却益、配当、分配金)が非課税になる、だから貯蓄から投資へ軸足を移しましょうと奨励されてこの半年間で7.5兆円が投資された。金融庁の資料では、3月末時点でNISAの口座数は2322万を超えている。ざっと見て日本人の5人に1人がNISAで投資していることになる。40代が最も多く、50代、30代と続く。20代もかなり多い。若い世代は子育てと教育、中堅は住宅ローンや親の介護など、頑張らなければならない。そうした人達にNISAでの投資を推奨してきた岸田政権は、いま、事実上梯子を外しているのではないか。
NHK、朝日新聞、日本経済新聞などは、日本の株価下落は米国の株式市場で主要株価指数が大幅に下落したことが要因だなどと報じた。一連の報道は財務省の解説を鵜呑みにし、日本政府の政策の誤りから目を逸らしている。シンクタンク・国家基本問題研究所(国基研)の企画委員でアベノミクスの生みの親の一人、元内閣官房参与の本田悦朗氏が指摘した。
「アメリカ市場の影響に加えて、タイミングを考えれば、日銀総裁、植田和男氏の政策発表が大きな要因と考えるのが合理的でしょう」
植田氏は7月31日、政策金利を0.1%から0.25%に引き上げ、国債の新規買い入れを現行の月額6兆円から来年初頭の3兆円まで徐々に減額すると発表した。さらに「利上げが景気に大きなマイナスの影響を与えるものではない」、「引き続き金利を上げていくという考えだ。その際に0.5%の壁は特に意識していない」と語った。
負の影響
「0.5%を超える利上げもあると示唆したわけで、言わずもがなでしょう。タイミングも非常に悪かった。米国のインフレは少し落ち着き始めていて、FRB(連邦準備制度理事会)はこれ以上、金利は上げない構えです。そこに日銀が利上げし、更なる利上げの可能性にまで言及した。日米の金利差が縮まると、当然その分、投資マネーは円に向かい、円高が進みます」と本田氏。
安倍晋三総理の打ち立てたアベノミクスでここまで日本経済は回復した。だが、デフレ脱却は未だ完全ではないとして、本田氏が続けた。
「春闘の大幅賃上げがありましたが、実質賃金はこの26か月、ずっとマイナスが続いていました。実質GDPもマイナス成長です。しかし、日銀は賃金上昇は続くと期待しているのでしょう。たとえば副総裁の内田眞一氏は、来年、再来年で物価上昇率2%を達成できる、しかもデマンド・プル(需要の増加で物価が上がる)で自動的にデフレ脱却ができるとの立場です。それは楽観的すぎるのではないでしょうか」
日銀も財務省も、財務省の影響下にある岸田氏も円安を嫌う。だが、企業収益が増え、賃金が上がり株価が上がるサイクルを逆回転させる必要はないというのがアベノミクスを支えた元内閣参与の思いだ。そもそも日銀も財務省も気の遠くなる程長い年月、日本国と国民を低成長経済の凍りついた冷たさの中に放置してきた。安倍総理がデフレ脱却の旗の下、リフレ政策を推進したとき、彼らは強く抵抗した。安倍氏なき今、彼らは再び化石のようなPB(プライマリーバランス)均衡に回帰しようとしているのだ。
岸田氏はアベノミクスを含む安倍路線を継続すると語ってきた。その第一歩は、デフレからの完全脱却だが、今回の日銀・財務省の一連の政策決定を傍観した岸田氏からはデフレ脱却への思いは伝わってこない。
「言葉では安倍路線を継続すると仰っても、岸田さんは安倍さんとは違うことをやりたいと考えていると思います。一例が日銀審議委員の人選です。安倍さんはリフレ派の永濱利廣氏を推薦しました。岸田さんは高田創(はじめ)氏を選びました。財務省が推薦した方でリフレ政策に否定的な立場です」と本田氏。
国基研企画委員で産経新聞特別記者の田村秀男氏は、植田発言が米国はじめ国際社会にもたらしかねない負の影響を懸念する。会見で植田氏は「円安、輸入物価の上昇、物価の上振れリスク」に言及した。米紙「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)が社説で右の発言に関して、「植田氏は主要中央銀行の当局者の中で唯一、為替レートを懸念していることを認める存在となった」と論評した。為替を正すのは本来、財政当局の役割で、金融当局の介入は慎まなければならない。
国民に詫びよ
「トランプ氏は円安を強く批判しています。WSJは、米財務省が日本を為替操作国の監視リストに加えたことに触れ、トランプ氏の頭の中にある貿易問題が1980年代や1920年代のそれに結びついていると指摘、その上で第二次トランプ政権は為替問題を取り上げるだろうと結論づけています」と田村氏は指摘するが、80年代はアメリカが巨額の貿易赤字に苦しみ、プラザ合意で日本に激烈な円高政策を強要、日本の黒字を強奪した時代だ。1920年代はアメリカが世界大恐慌の引き金となった。
「植田氏は円安是正に気をとられ、金融当局が為替に触れるのはタブーであることを忘れているのではないでしょうか」と田村氏。
財政・金融政策は中々分かりづらいものがある。それでもはっきりしているのは財務省が約30年間もわが国の経済を成長させられなかったことだ。彼らの政策は根本から間違っていたのだ。結果として、主要国中、わが国のGDPだけが地を這い続け、他の諸国の右肩上がりに全くついていけなかった。橋本龍太郎氏に始まり、政権交代後の野田佳彦氏までおよそ歴代首相は皆財政均衡にこだわる財務省に従い、搦めとられ、経済成長を押しとどめてきた。
財務省も日銀もまず、自らの政策の誤りを直視せよ。国民に詫びよ。その上で国民生活を豊かにし、経済を強くする明るい展望を描け。
一例が前述の株価だ。4万円をバブルだという人がいるが、PER(株価収益率)は16~17倍で、適正とされる15倍と殆ど変わらない。バブルの時代、70倍前後だったことを振りかえれば、4万円を日本の実力以上だと考える必要も、慌てて円安是正に入る必要もない。もっと日本の力を信頼し、その力を伸ばし、国民生活を守るという発想をもて。