「 自民再生へ、志ある政治家よ立ち上がれ 」
『週刊新潮』 2024年7月4日号
日本ルネッサンス 第1104回
国会が事実上閉幕した6月21日の金曜日、午後9時配信の「言論テレビ」の準備をしていたときのことだ。Xで岸田文雄首相が橙色地の枠に黒々と「憲法改正」と書かれた画像を添付した投稿を発信した。驚いた。
瞬時にさまざまな想いが噴き出した。まず、「今更?」という興醒め感である。次に、「現実が見えない人なんだなあ」と、嘆息した。
憲法改正と言い続ければ改正が向こうからやってくると首相は考えているのか。唱え続けることに意義を見出すかのような発信は、憲法9条さえ守れば平和が保たれると唱える福島瑞穂社民党党首の非現実的教条主義に通ずるのではないか。
「憲法改正を自分の任期内で実現する」と最も熱心に語り続けたのが岸田氏だ。その氏が会期末に党首討論を設定した。目的は何か、と考えるのは当然だ。自身が言い続けた二つの大きな課題、憲法改正と皇位継承安定化の法整備を進めるつもりで、国会の大幅会期延長を切り出すのではないか、と私は期待した。そんなふうに期待させる発信を岸田氏はずっと続けてきた。
国会での勢力図から、眼前の好機を逃せば憲法改正は危うくなると、通常の現実認識能力を備えた人間なら当然理解できるだろう。発議に必要な3分の2の勢力を衆参両院で辛うじて保っているのが今だ。各種世論調査も改正に前向きだ。朝日新聞の調査でさえ、「憲法を変える必要がある」が53%、「改正条文づくりを進めるべし」が59%だ。逃してはならない好機が今なのだ。
党首討論で首相は、立憲民主党の泉健太代表を、立民が国民の意思にそむいて憲法審査会で不条理な妨害戦術を展開してきたことについて責めた。泉氏は自党が議論を妨げている事実はないと反論したが、それは偽りである。憲法審査会における妨害をはじめ、立民は憲法だけでなく、政治資金問題についても自分の落ち度を棚に上げて批判するだけで、問題を建設的に解決しようとはしていない。国民はその点をきちんと見ている。だから立民への国民の支持は広がっていない。
凡庸な表情
憲法改正には共産党も反対だ。この二つの政党は日本の国益よりも自らのイデオロギーを優先するのであろう。だからこそ、共産、立民の両党を相手にしても道は開けない。
憲法審査会には多数決のルールがある。自民党はそのルールに則って改正の条文をまとめるべきだった。首相はその方向で指導力を発揮すべきだった。条文策定には自民、公明、日本維新、国民民主、有志の会の5会派が基本的に合意していた。条文を確定させて国会に提出し3分の2以上の賛成で発議し、国民投票で国民の意思を問えばよいのだ。
会期末も迫り、一連の作業には時間が圧倒的に足りなかった。憲法に手をつけようと真剣に思えば、国会会期の大幅延長しか道はなかった。そうした状況下で岸田氏が党首討論をもちかけたのであるから、先述のように会期延長を心に秘めているのではないかと推測したのは当然だ。
憲法改正について日本維新の馬場伸幸代表が会期延長に言及した。馬場氏は強く主張したわけではないが、岸田氏には絶好のタイミングだった。即、応ずればよい。ここで立て、と私は拳を握りしめた。だが岸田氏は凡庸な表情で、なんと、やり過ごしたのだ。「憲法改正を国民に提起するのは政治の責任であり、先送りできない課題だ」と、幾度も繰り返した公約が木っ端微塵、雲散霧消した。
延長も解散もなし。その瞬間、もうひとつの首相公約、皇位継承安定化の措置も危うくなった。
2021年12月22日、政府の有識者会議が報告書を岸田氏に手交した。旧皇族の男系男子に養子縁組で皇籍復帰していただくこと、女性皇族が結婚後も皇族としての身分を保持し、夫と子供は民間人とすることの二点を軸に皇室典範を改正するという内容だ。
岸田氏は報告書を「皆様方が、我が国の成り立ちや皇室に対する真摯な思いに基づいて長期間、熱心に御議論を重ねてくださった結果」だと述べ、政府として、「報告書を国会に報告する」と語った。
ならば、最低でも右報告書を文章化して国会に提出するところまでやり遂げるべきだろう。そうすれば国会(衆参両院)は報告書に沿って議論し、法制化する。そのとき初めて日本の伝統を踏まえた形で皇位継承の安定化がはかれる。
なぜ先の国会できちんと区切りをつけるべきだったか。大きな理由が二つある。皇族の数が減少して、安定した皇位継承に不安を覚えざるを得ない現実があること、長い伝統である男系男子による継承を崩そうとする立憲民主党の野田佳彦氏らの動きがあることだ。
再選のチャンスは去った
野田氏は従来から女性宮家や女系天皇につながる案を主張してきた。日本の歴史上、先人たちが一度もしなかったことをせよという乱暴な論を主張し、日本の歴史と伝統をないがしろにする。立憲民主党と野田氏らに皇室問題での議論を逆転させないために早期の結論を出すことが重要だった。これまでに費やした長い時間を考慮してまとめる決断をすべきだった。
しかし、こんな政党ばかりではない。連立与党の公明党が先述の論点二つを踏まえた良識的な案を出した。憲法改正と同じく皇位継承の安定化について、立民、共産を除けば意見は大体まとまっていた。岸田氏の両課題をやり遂げるという意思表明が重要だったのだ。
だが、岸田氏はあっさりと国会を閉会した。大いなる期待外れだった。岸田氏に愛想を尽かす前に、少なくともここで氏の実績に触れるのがフェアというものだ。安全保障に関する戦略三文書、処理水の海洋放出、原発再稼働、経済安全保障に関しての適格性評価制度の創設など大いに評価すべきことは少なくない。これだけの実績にも拘わらず、氏は国民の信頼を失ってしまった。
いまや再選のチャンスは去ったと言ってよい。ならばけじめをつけることが大事だ。岸田氏は後進に道を譲り、自民党は9月の総裁選挙に向けて、党を挙げて人材を選び出す責任がある。世論調査で名前が挙がる政治家以外にも人材はいるのである。
今こそ想い出そう。安倍晋三氏は決して派閥の力で総理になったのではない。拉致問題でも夫婦別姓問題でも、派閥を超えて幅広く同志を集めた。経済、財政問題では強力な官僚群、財務省と対立し、経済を成長させデフレ脱却への道を拓いた。全て政策を軸とする仲間たちとの連携の結果だ。
だからこそいま、我こそはと思う人は手を挙げよ。新たな政策集団を創れ。若さゆえに、経験不足ゆえに、知名度不足ゆえに身を潜めている志ある政治家よ、日本を強く立派な国にするために立ち上がるときだ。