「 外国人政策は国益を基本に考え直せ 」
『週刊新潮』 2024年6月27日号
日本ルネッサンス 第1103回
埼玉県川口市に集中しているトルコ国籍のクルド人をめぐる問題は広く報道されてきた。佐々木類氏の『移民侵略』(ハート出版)には、法律を守らず近隣の日本人社会のルールも守らない少なからぬクルド人の事例が報告され、不法就労と犯罪が増加中という厳しい現実が描かれている。2023年7月4日夜に起きた「川口市立医療センター」での傷害、暴動事件の詳細は、日本国内で発生している外国人問題への対処が緊急を要するものだと実感させる。
同市は人口約61万人、外国人は約4万6000人で全体の約7.5%(24年6月現在)、中国人もクルド人も多く、全国で最も外国人の多い自治体となっている。
6月13~15日にイタリアのプーリアで開かれた先進7か国首脳会議(サミット)では、移民問題が主要議題のひとつだった。サミット参加国は例外なく移民問題で苦しんでいる。中東もしくはアフリカからの難民を積極的に受け入れ、欧州諸国に事実上、万単位の難民を割り振ったドイツのメルケル首相は当初こそ寛容さと人権意識の高さを賞賛されたが、その評価はすでに反転している。
在住外国人はドイツが全人口の19%、英国14%、仏13%、伊は11%。外国人比率が10%超のこれらの国々を筆頭に、他の欧州諸国も移民政策の方向転換を図り始めた。外国人受け入れに伴う財政負担は重く、中長期的には外国人労働者は受け入れ国の経済に貢献するのでなく、むしろ負荷をかけるマイナス面が大きいとの分析がなされ始めた。加えて社会的軋轢、犯罪増加、対立の深化、安全保障上の懸念を多くの人々が実感し始め、難民や移民を排除する方向へと欧州は転換中だ。
川口市の外国人問題の特徴は前述のように外国人比率7.5%という高さに加えて、仮放免中のクルド人が多いことだ。クルド人は全世界に約3000万人いるとされるが、国家はなく、多くがトルコやシリアで少数民族として暮らす。日本・トルコ間はビザなしで短期(3か月)訪問が可能なことから、1990年代以降トルコ国籍のクルド人の来日が急増した。そして3か月が過ぎても不法滞在を続ける人々が多出した。
「入管当局の落ち度だ」
入国管理局(入管)は彼らを収容したが人数は増え続け、収容されたクルド人が次々と難民申請を始めた。申請中、日本国は彼らを強制送還できず、難民審査には現状で最低2年はかかっている。
審査を申し出た人々の大半は母国で政治的迫害を受ける恐れがあるという条件に合致していない。しかし、日本国が難民申請を却下すると、彼らは又すぐに申請する。こうして収容人員がふえていった。そこに武漢ウイルスによるコロナ禍が発生。入管当局は収容所内でクラスターが発生するのを恐れて、収容者の仮放免に踏み切った。
21年12月末の統計だが、送還を忌避する不法滞在者は3224人で内、約3分の1の1133人に犯罪歴があった。3224人中2546人が仮放免されたが、その内約4分の1の599人が逃亡し行方が掴めていない。川口市には仮放免中の外国人約700人が滞在しており大半がクルド人だ。
入管当局者は佐々木氏に「仮放免という形で、必要以上に釈放してしまった。これは完全にウチ(入管当局)の落ち度だ」と認めている。
実は入管当局の間違いはこれだけではない。彼らの判断の誤りによって現在の深刻な外国人問題が発生したと言ってもよい重大な事実がある。98年、入管当局は突然永住許可の要件を大幅に緩和した。それまで日本在留20年で許可されるのを10年に短縮したのだ。永住許可制度が外国人にとっていかに好都合か、日本にとってどれだけ大きなリスクになり得るかを知る必要がある。
永住許可制度では外国人は国籍は母国のままで日本に永住できる。日本国籍がないので政治家にはなれないが、その他は日本人と全く同等の権利を与えられる。政治活動や政権与党批判も自由だ。家族の呼び寄せも可能だ。そして一度永住許可をとれば、更新手続きなしで一生暮らせる。結果、永住許可が厳格に管理されていた当時は8万人程だった対象者が23年6月末で88万人に達した。基準の緩和によって11倍に増えたのだ。その中で一番多いのが中国人である。
今、日本にとって最大の脅威である中国は有事の際に中国政府が国防動員法を発令すれば、在日の中国人が決起することもあり得る。それ以前に彼らが触法行為を行ったとして、都合が悪くなれば中国大使館に逃げ込むことも可能だ。外国人問題は安全保障に関わる問題であることに留意しなければならないのだ。
永住許可制度と定住制度
なぜ入管は98年に突然ルールを緩めたのか。当時の記録を調べても国会で同件が議論されたことは一度もない。メディアも報じていない。国基研は入管当局者に現状と事情について聴取したが、当時は大きな潮流の中でそうしてしまったという曖昧な回答しか得られなかった。外国人受け入れという国の根幹に関わる重大事が国会審議なしに現場の裁量で決定されていた。入管の責任は重大だが、外国人を何のためにどう迎えるのかについて国家としての哲学を示すのが政治の責任であろう。
こうした状況下でいまわが国は欧州の失敗に学ぶことなく外国人労働者をふやし、愚かにも欧州の間違いをそのまま踏襲しようとしている。前述の難民申請の件について政府は今回、申請は基本的に2回までに制限するという法改正を行った。しかしこれで十分ではない。枝葉の問題も大事だが、外国人労働者問題についての発想を根本的に変える時だ。
外国人を受け入れるのは第一にわが国の国益のためだという哲学を確立する必要がある。同時に日本に来る外国人にとっても幸福な結果になるよう、双方にとって良い結果を生み出す決意を固めなければならない。
これまでは単に外国人労働者を安い賃金で働かせるという安易な外国人政策だった。安い労働力を眼前の利益のために入れるのでなく、中長期的に見て日本の国益に資する外国人をこそ迎え入れる発想が大事だ。「日本は外国人に選んでもらえない」との悲観的な声があるが、「日本はどの外国人を入れるのか、選ぶことが大切」という発想に転換するのだ。
その上でまず急増を続ける永住許可者を抑制することだ。わが国には永住許可制度と定住制度がある。更新なしに続く永住許可とは異なり、定住制度は自由な活動を許しながらも6か月から5年までの在留期限をつけて、更新の際に国益の観点から日本政府が不許可にすることができる制度だ。
永住制度を廃止して、定住制度に一本化する道を切り拓くときだろう。この大きな枠組みを確立し、地方自治体に任されている外国人労働者問題解決の具体策にとりかかるべきだ。