「 急ぎ、自力で守れる日本になれ 」
『週刊新潮』 2024年1月18日号
日本ルネッサンス 第1081回
上川陽子外相が1月7日、ポーランドを列車で出発し、ウクライナの首都キーウを訪れた。事前公表がない隠密行動でゼレンスキー大統領への表敬訪問の後、NATO(北大西洋条約機構)加盟が決定しているフィンランド、スウェーデン、さらにオランダ、米国など8か国を訪れるという。
岸田文雄首相の支持率が低迷する中、ポスト岸田の有力候補に上げられる上川氏には、ウクライナの現状をつぶさに見てほしいと思う。自力で自国を守れない点でわが国とウクライナはいわば立場が近い。ウクライナが経験している困難、困窮、戦いの中では日々、ウクライナ国民の命が奪われている。弱い国ウクライナが、強欲大国ロシアに攻められた悲劇は、中国の脅威に晒されている日本にとって他人事ではない。
現在ウクライナが窮地にあるのは、最大の支援国である米国が共和党の反対で600億ドル(約9兆円)のウクライナ支援に関する予算案を可決できていないからだ。バイデン大統領は、米国の支援が途切れればロシアが喜ぶだけで、ウクライナは戦争継続を諦めなければならず、敗北すると警告する。それでも共和党は応じないのである。
米国はこれから1年、およそ全てが大統領選挙に向けて激しく動き始める。米国内の動向を見ると、トランプ氏再選の可能性がふくらんでいる。ウクライナ支援の重要性を強調するバイデン氏とは対照的にトランプ氏は、自分が再選されれば1日でウクライナ戦争を終わらせると豪語する。つまり、ウクライナ支援を打ち切るということだ。
バイデン氏の民主党にはウクライナ支援の予算を通す力がなく、トランプ氏の共和党にはそもそも支援継続の意志がない。いずれもウクライナにとって荊(いばら)の道だ。
ロシアの侵略戦争は来月で2年になる。ゼレンスキー大統領らは米欧諸国にウクライナの空を守る戦闘機を要請し続けているが、要請は満たされておらず、ウクライナは制空権を失ったままだ。元空将の織田邦男氏は、どんな戦いでも制空権なしには勝利は覚束ないと断言する。ウクライナはすでにロシアの格好の餌食となっており、激しいミサイル攻撃を受け続けている。それでもウクライナの人々は本当によく戦っている。武器装備の圧倒的不足で、苦しい戦いが続いているにもかかわらず、今も国民の74%がロシアへの徹底抗戦を支持している。
プーチン露大統領は国際法も国際秩序も踏みにじりつつ、侵略戦争を最後まで戦い抜くと喧伝する。すでに30万人以上の兵が死んでいることをロシア国民は恐らく知らないであろう。斯(か)くしてプーチン氏は3月、見せかけの大統領選挙で圧勝する。
長引く戦いでロシア軍の武器在庫は底が見え始めているのか、プーチン氏は北朝鮮の金正恩総書記から弾薬やミサイルの供給を受け、見返りにミサイル技術を与えて緊密な関係を築いた。中国はこの間、一度もプーチン氏を非難していない。逆に原油・ガスの購入でロシアを支援してきた。ロシアは中国依存を高め、中国の影響圏に絡めとられてしまった。こうして中国のユーラシア大陸支配が進む。
ウクライナ敗北の余波
中露の連携に中東ではイランが、極東では北朝鮮が加わり、中、露、イラン、北朝鮮の「悪の枢軸」が出現した。日米英欧は彼らに対抗して連携を強めなければならない。
こうした中、ウクライナを訪れた上川氏はクレバ外相と会談し、日本政府の支援続行の立場を伝えた。対無人航空機検知システムなどのため、3700万ドル(約53億円)をNATOに拠出するという。
それもよい。が、ウクライナの切迫振り、米国の9兆円規模の援助予定額を考えればもどかしい。繰り返すが、ウクライナの敗北の余波はあらゆる意味でわが国を襲うことになる。日本の国益のためにも自衛隊の古くなった戦車、ミサイル、砲弾などを、鉄クズにして処分するのでなく、そのままウクライナに送れるように法改正すべきだろう。現地を訪れた上川氏は情勢の厳しさを明確に見てとったはずだ。その理解の上に立って日本国のなすべきことに徹するべきだ。
岸田首相は古くなった自衛隊の武器装備の移転について、従来どおりの慣行を守ろうとする。しかし今はすべてが従来どおりにはいかないのだ。100年に一度の地殻変動、とんでもないどんでん返しの連続だ。
日本の安全保障環境は劇的に変化している。新たに出現した状況の厳しさを思えば、日本の未来に直接責任をもつ政治家たちは夜も眠れないであろう。烈しい変化に合わせてわが国の法も、さらには憲法も変えなければ日本は無傷でいられない。
米軍需産業の衰退
長く平和ボケを続けてきた日本人に、ウクライナは自力で自国を守れない国の弱さと悲劇を十分に見せてくれている。日本国はウクライナのようになってはならない。繰り返すがそのために、ウクライナを支援し、ロシアを牽制するのだ。その気概の先で中国を牽制するのである。
ウクライナ侵略戦争、ハマス・イスラエルの戦争、さらに中国の台湾・日本への侵攻、全てで頼りにされているのが米国だ。しかし、米国の実情を知れば背筋が寒くなる。昨年12月、日本政府は米国ライセンスで国内生産する地対空誘導弾パトリオットを米国に輸出することを決定した。ウクライナ支援で減少した米国の在庫を補充するためで、バイデン政権は日本政府の決断を高く評価した。パトリオットの輸出を強く望んだのは米国側だった。背景に米軍需産業の衰退があった。
22年5月に、バイデン政権とロッキード・マーティン社は対戦車ミサイルのジャベリンの生産を24年までに倍増させると合意した。だが目標達成時期は26年に先延ばしされた。
米国は20年に対艦ミサイル、ハープーンを台湾に売却すると発表したが、納品は26年まで待たなければならないことが判明した。
米英豪の軍事連携、AUKASの取り決めで米国は豪州に原子力潜水艦を輸出することになった。しかし、米国の原潜建造能力が1年で1.5隻にとどまるため、豪州への売却はかなり遅れると見られる(WSJ、23年12月7日)。
中国は過去2年間で巡洋艦、駆逐艦17隻を建造したが、米国が同様の結果を出すには6年かかるとWSJは同記事で分析した。
米国の実態には驚くばかりだ。しかしわが国の実態はもっと酷い。何十年も国防の努力をしてこなかったために、軍事産業全体が縮小してしまっている。実態を認識して、忍耐強く立て直すしかない。岸田首相は軍事部門のそうした産業構築の努力をこれまた忍耐強く支えなければならない。