「 米中関係の「新常態」、日本よ諦めるな 」
『週刊新潮』 2023年12月7日号
日本ルネッサンス 第1076回
米軍が研究開発費34億ドル(約5100億円)を投入した輸送機C-17の技術を、中国がわずか270万元(約5850万円)で入手、つまり、盗んだ。費用は米国の1万分の1だった。
右の事件の深刻さを理解するためにまずC-17とは何かを知っておきたい。米軍の強さの秘密はその圧倒的な空輸力にある。空輸力の2本柱がC-130とC-17だ。
C-17輸送機は搭載量77.5トン、米主力戦車エイブラムスも丸々1両運べる。機体は大きく、戦車、軍用車輌からヘリまで収容可能だ。その割に離着陸に要する滑走路は戦闘機に必要な3000メートルよりずっと短い900~1000メートルで済む。舗装していない滑走路にも耐えられる。
その先端技術を人民解放軍(PLA)が丸ごと盗んで輸送機「運20」を誕生させた。運20は台湾有事の際に主要な戦力投射の土台となる。
中国人実業家、ス・ビン氏は米軍事産業の柱のひとつ、ボーイング社に狙いを定め、ハッキング・チームを組んで大規模ハッキング作戦を展開した。攻撃は2009年12月から10年1月に山場を迎え、遂に8万5000本のファイル獲得に成功した。氏は13年8月のPLA宛てのメールに、作戦は静かに展開し、成功した、中国にとって非常に有益な成果を得た、と書き送ったという。
また、米軍の戦闘機F-22の技術は、PLAの戦闘機「殲20」に、F-35の技術は「殲31」に使われた。さらに、米軍の無人機「MQ-9リーパー」はPLAの無人機「彩虹」の基本となった。
異次元の攻勢
11月14日、米国の超党派で構成される米中経済安全保障調査委員会(USCC)の年次報告書が公開された。報告書は米中関係の現在を「新常態」と定義し、米中競合は激化し続け、戦略的、制度的に厳しい状況が長期的に続くと明記した。過去の米中協議において、中国側は悉(ことごと)く協力を拒否し、たとえ協議したとしても、結論は常に、さらに話し合いをしようという時間稼ぎだったと書いている。中国は既存の国際秩序に代わる新しい秩序を作ろうとしているのであり、米国の主張や提言を受け入れる考えはない、これが国際社会の新常態であり、厳しい対処が必要だと強調した。
中国が国家的努力を傾注する宇宙及び水中における優位性の確立についても、深刻な危機感が伝わってくる。AI(人工知能)を全面的に活用し、検出と測距技術(LiDAR)を衛星に搭載して組み合わせれば水深500メートルまでの潜水艦を発見できる。そのような技術が現実になれば米軍の潜水艦における優位性は一挙に突き崩される。ゲームチェンジにつながりかねない状況があるというのだ。
中国による異次元の攻勢は軍事面にとどまらず、経済安全保障や人的交流のおよそ全分野にまたがる。そのためにこの3年、彼らは自国権益を守るための法制度を整えた。➀21年6月の反外国制裁法、➁23年7月の改正反スパイ法、➂同年同月の対外関係法である。
右の3本の法律は内容がかなり重なっているが、最重要点は中国国内法の域外適用制度を整えたことだ。外国の国家、組織、個人に対して、中国の主権、安全、発展の利益を守るためと称して、一方的に中国の法で対処する。身勝手で恣意的な法運用なのに、それを堂々と正当化する。まさに中華帝国への道である。
たとえば、香港、新疆ウイグル自治区における弾圧やジェノサイドに西側が抗議し、制裁を科した件について、中国は内政干渉だとして、反制裁、反干渉を唱える。報復措置として日米欧への入国制限、中国における資産凍結、活動や取引の禁止、または制限などを行う。これらの勝手な理論で、国際法を著しく侵犯していることに、彼らは痛痒を感じない。
日本人の拘束、逮捕、起訴問題はその分かり易い例であろう。正当な理由を公開することなく、日本人を拘束する。裁判で一方的に断罪し、有罪とする。悪法三法で中国の非常識な対外政策を正当化するのだ。
年次報告書は次に中国経済の展望の厳しさを分析した。経済を支える人材が教育政策の失敗故に育たないとの指摘はそのとおりであろう。国民全般に基本的教育が施されているわけではなく、都市と農村の格差も人材育成を妨げる要因だ。結果として最先端の技術を支える研究は所詮、外国で教育を受けた人々に頼らざるを得ないのが中国だと喝破した。では中国国内での教育の役割は何なのか。ウイグル人やチベット人に対する民族弾圧に活用されているとの指摘は米国の政治家たちの厳しい対中認識を反映していると思う。
習近平国家主席の経済政策はどの側面から見ても好ましい展開が望めない。だからこそ、いま対中抑止策の要としての経済安全保障政策をきっちり実行することが大事である。
核開発に転用の恐れ
現実はしかし、生易しくない。サンフランシスコを訪れた習氏は11月15日、米企業の首脳陣との夕食会に臨んだ。報道によると参加した経済界の重鎮は約300人、習氏が入場したとき総立ちで迎え、拍手が鳴りやまなかったという。基調講演後の食事会では、アップル社のティム・クック氏、ブラックロック社のラリー・フィンク氏、ブロードコム社のホック・タン氏らが習氏と同じテーブルについた。4万ドル(約600万円)の切符でこの席を購ったことからも彼らの中国熱がまだ続いているのが窺える。日本の財界も大きな違いはないが、ここは日本が踏んばるときだ。
中国で核兵器開発を担う国家機関が日本やドイツの工作機械を入手し、核開発に転用していた恐れがあると日本経済新聞社が独自調査で報じた。国家基本問題研究所の企画・研究委員である細川昌彦氏は、焦点は5軸の工作機械だと指摘する。工作機械の頭脳にあたる数値制御(CNC)装置で縦、横、高さ、回転、傾斜を正確に実現する。この最高水準の技術は日本とドイツにしかない。中国が入手した5軸加工機は全てドイツ製のCNC装置を搭載していたものだった。
「機密情報満載の工作機械が売ってはならない国に売られるのを避けるために、日本企業は10年以上前から移設を検知する装置を搭載してきました。申請場所以外で稼働させようとしても稼働できないようにする装置です。日本政府はこの検知装置の搭載を企業任せにしておくのでなく、西側全体の輸出管理制度に組み込むよう動くべきです。日本主導で中国への技術移転を防げます」
日本はよくやっている。米欧経済界に目立つ対中政策のゆるさを、日本主導で修正し、日本の国益につなげる絶好のチャンスが目前にある。