「 支持率など忘れ、国益実現に集中せよ 」
『週刊新潮』 2023年11月16日号
日本ルネッサンス 第1073回
当欄でも度々引用してきた書籍に『China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」』がある。中国が建国100年の2049年までに米国を軍事、経済、その他あらゆる面で凌駕して、世界の覇者になるという野望を暴いた同書は世界的ベストセラーとなった。
その著者で政治学者のマイケル・ピルズベリー氏を招いてシンクタンク「国家基本問題研究所」が11月3日、セミナーを開催した。主題はズバリ、世界最大の脅威、中国共産党政権とどう戦うかである。
氏は今年3月、米最大規模のシンクタンク、ヘリテージ財団で二十数人の中国研究者らの論考をまとめて「新冷戦に勝つ――中国への対抗策」を公表した。136頁の報告書には取るべき政策100項目以上が書き込まれたが、少なからぬ部分はこれまでにも報じられてきたものだ。国基研のセミナーで氏が語った。
「現実を直視することが非常に大事です。我々と中国はすでに冷戦、つまり戦争に突入していると認識することです。米国は冷戦を欲していないと繰り返すことは無意味です。なぜなら中国共産党は見えない形で何年にもわたって我々に戦争を仕掛けているからです」
米ソの冷戦と米中のそれは無論、様相が異なる。「新冷戦に勝つ」でピルズベリー氏らが強調したことのひとつが、中国の戦い方はソ連とは異なるという点である。彼らは力で外国政府を転覆させるより、地球の覇者になるという地政学的目的を達成するために相手側に経済的威圧を加えたり、カネで買収する方法をとりがちだという。多くの国にとって中国が最大の貿易相手国という現状を踏まえれば、経済力を梃子(てこ)に世界を米主導から中国主導へと反転させる彼らの戦略は容易に想像できるはずだ。
対ソ冷戦では自由世界は米国主導で団結した。輸出規制を含む厳しい規制も実行された。ソ連にその実力以上の大金を費やさせた軍拡競争で彼の国を崩壊に追いこんだ。そのいずれの手段も今や中国には余り効果がない、と報告書は分析する。
米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)が今年10月に発表した中国の通信機器大手、ファーウェイのスマートフォンに関する衝撃の事実はその代表的事例であろう。
「皇室の基本をきちんとしたい」
その新型スマホには7ナノメートルの半導体が搭載されていた。米商務省が昨年10月に14ナノ以下の先端半導体や製造のための装置、ソフトウェアの対中輸出を禁じ、同分野で優れた技術をもつ日本とオランダもこの規制に加わったというのに、である。
規制策を決めても実際にそれを守り、実行しなくては元も子もない。「議論はもう十分なされた。あとは実行あるのみだ」という氏の警告はまさに的を射ている。
一連の決定事項を実行できなければ米国は対中新冷戦に勝てないと氏は明言する。では日本はどうか。米国が新冷戦に勝てなければ、日本にとって事態はより深刻である。日本は米国より幾倍も幾倍も努力して、中国の侵略を受けないように力を貯える必要がある。その基本は何といっても日本国がやる気を起こして、米国に一方的に頼る現状を脱し、一人前の独立国になることだ。
岸田文雄首相にその気概はあるのか。岸田氏は安倍晋三元総理と異なり、意思表示が明確ではないために、何を考えているのかよく分からない、やりたいことが何なのかもはっきりしないと批判される。私もそう感じている。しかし、9月に行われた内閣改造に際して、首相が政調会長の萩生田光一氏に下した指示は、首相のやる気を示している。
「まず総理から皇室の基本をきちんとしたい、ついては皇位継承問題に道筋をつけるようにという指示がありました」と萩生田氏。
かねて皇室問題の重要性に留意してきた萩生田氏だが、改めての首相の指示は意外だったという。皇位継承の安定化については安倍、菅両政権下で基本的方針がつくられた。今はそれを実行する段階だ。岸田氏は公約に皇位継承の安定化を謳い、男系男子による継承の重要性について発言してきたが、岸田氏の意思表示のスタイルゆえか、特に同件を重視しているようには見えなかった。だからこそ萩生田氏には意外の感であったのだろう。だが萩生田氏は言う。
「岸田総理は同件を特に重視しておられて、今月10日には党則79条に基づいて総裁直轄の会議体を、麻生副総裁をトップにして発足させます」
首相は10月30日の衆院予算委員会でも「喫緊の重要課題であり、党として議論に貢献する」と語った。
戦後、日本全体が祖国の歴史を忘れ去ったかのように、日本が日本らしい国であり続けることに冷淡になり、皇室をここまで脆弱な体質にしてしまった。わが国の国柄の基本に皇室の存在があることを認識すれば、皇室を支える基盤を盤石にするための方策、取り組む課題は文字どおり山積している。中でも皇位継承の安定化こそ喫緊の事案だ。
岸田降ろしの気配
岸田氏はそのことを忘れず政調会長に具体的に指示した。大事なことを忘れずに実行しようとするその姿勢は、少なくとも評価すべきだ。加えて岸田氏は萩生田氏に問うた。
「憲法改正のことだが、4項目から絞るとしたらどういう順番が最善か」
周知のように自民党の憲法改正案は4項目のセットだ。➀自衛隊の明記、➁緊急事態条項、➂参議院の合区解消、➃教育環境の充実である。
萩生田氏は自衛隊の9条への明記を真っ先に挙げた。ウクライナ侵略戦争、ハマスのイスラエル攻撃、北朝鮮の核の脅威、中国の果てしなき軍拡、核の拡散へと向かう国際社会。安全保障環境がこれ程厳しくなっている中で、日本国民の安全保障問題、自衛隊の役割の重要性などについての理解は深まっている。国民の命を、日本国を守るためにも自衛隊の明記は最重要事項であり、その次が緊急事態条項だと萩生田氏は応えた。
岸田氏は、「自衛隊違憲論は国民の間で減少傾向にある」と答えたそうだ。きちんと説明して議論を尽くせば理解を得られるということだ。
「現在、私は官房長官とほぼ毎日、こうした課題について語り合っています。議論は少しずつ、煮詰まってきたと思います」と萩生田氏。
岸田内閣の支持率は下がり続けている。このままでは解散・総選挙も実施できないかもしれない。公然たる岸田批判が党内から起きてしまういま、岸田降ろしの気配は否定できない現実だろう。となれば、岸田氏はやるべきことをやるしかないのである。やるべきこととは、この大動乱の世界情勢の下で、日本国を日本国として守り抜くための全ての施策である。自己の名誉も人気も考える必要はない。支持率も忘れてよいのだ。一心不乱に国益を実現する道を歩むことで、道は必ず開けてくる。