「 日韓外交、全ての基点を国益に置け 」
『週刊新潮』 2023年5月18日号
日本ルネッサンス 第1048回
大きな戦略図で見れば、日米韓の協力態勢の強化が日本の国益であるのは明らかだ。中国、ロシア、北朝鮮は核、そして極超音速滑空ミサイルをはじめ種々の迎撃不可能なミサイルを開発し、増産を急いでいる。ロシアと北朝鮮の背後には中国がいて、台湾侵攻の日が迫る。その状況下で、韓国が中国やロシアへ接近するのを阻止しようと日米両国の努力が続く。
韓国の尹錫悦大統領は4月26日、バイデン米大統領との会談で、米国が韓国の防衛に関する核の拡大抑止を強化するかわりに、韓国は独自核の開発を諦めて核不拡散条約(NPT)を厳守すると確約した。
ハーバード大学教授、グレアム・アリソン氏は右の米韓合意を「アメリカの国家安全保障戦略の最も意味ある成果のひとつ」と激賞した。北朝鮮から存亡に関わる脅威を受けている韓国が、米国のより確かな核抑止体制の下に入るのは当然だとする考えだ。その流れを受けて、当欄執筆中の5月7日、岸田文雄首相がソウルを訪れ首脳会談をこなし、共同会見に臨んだ。韓国との関係改善の戦略的重要性を踏まえて日韓両首脳は前向きの姿勢を打ち出したが、朝鮮半島情勢においてだけでなく台湾有事の際に、その動きが安全保障上重要な意味を持つことになる尹氏について、過度に楽観的にも否定的にもならず正しく知っておくことが大事だ。
朝鮮半島の専門家で元日本経済新聞記者の鈴置高史氏が語った。
「尹氏は場合によっては自前の核を開発すると言っていた人物です。それがアメリカの核の傘できっちり守ってもらうことに同意した。しかし独自核開発とNPT体制遵守は尹氏にとっては二者択一ではない。NPT体制遵守の先に独自核の開発があると考えるべきです」(5月5日「言論テレビ」、以下同)
米韓首脳会談後、尹氏はハーバード大学のケネディスクールでの講演において、本当は独自核を作りたいのではないかと問われこう答えた。「作ろうと思えば1年で作れる。しかし政治や経済など考えるべき要素が多いため、簡単にはいかない」。
尹氏の本音は独自核の実現にあると見るのが正しいだろう。愛知淑徳大学教授の真田幸光氏もこう語った。
「民族の核」
「尹氏は核だけでなく、長距離弾道ミサイル開発の野望も持っており、そのために宇宙開発にも相当、力を注いでいます」
韓国は今年2月、超小型衛星システムの開発を、国を挙げて行い2030年までにおよそ1兆5000億ウォン(約1500億円)を投じると発表した。また、仮に独自核を持つとすれば、潜水艦発射の弾道ミサイルに搭載するのが最も効率的な使い方だと言われている。そのため、潜水艦の能力向上にも貪欲である。22年4月18日、韓国軍は潜水艦から弾道ミサイル(SLBM)2発を連続発射することに成功した。核の搭載及び発射が可能な垂直発射管を備えた新しい潜水艦の建造も続いており、彼らが保有する23隻の潜水艦を含めて、能力向上を加速させている。
各種世論調査では国民の約70%が核保有を支持するなど、韓国人は独自核に非常に前向きだ。その理由について、真田氏の指摘が興味深い。
「ほとんどの韓国人は北朝鮮が自分たちを核攻撃するとは想定していません。従って韓国の核の標的は日本及びアメリカです。アメリカのコントロールの下で韓国が動かされていることへの不満は親米派の中にも強いのです」
あくまでも一般論だとしたうえで、鈴置氏も指摘した。
「『朝鮮民族の核』がほしいという根源的願望が彼らにはあります。北朝鮮が初めて核実験をした06年、ソウルは異様な興奮に包まれていました。南北対立の中での北の核実験ですから警戒するかと思ったら、タクシーの運転手さんから首相経験者まで喜んでいた。わが民族が遂に核を持った、というわけです」
保守派の中にも北朝鮮の核を「民族の核」として歓迎する声があった程だから、左翼勢力が北朝鮮の核イコール韓国の核だとして歓迎したのは当然なのだろう。中には北朝鮮の核と韓国が建造する原子力潜水艦を組み合わせれば立派な核保有民族となるという声さえあったという。
ここで急いでつけ加えたい。韓国では保守と左翼が烈しく対立し、世論は真っ二つだ。北朝鮮の核歓迎の対極で強く警戒する人々もいる。半年ほど前の22年11月15日、「中央日報」紙上で元合同参謀本部議長の崔潤喜(チェユンヒ)氏がざっと以下のように指摘した。
・現在の南北間のきわどいせめぎ合いは北朝鮮の7回目の核実験を防ぐ駆け引きだ。・北朝鮮が戦術核を確保した瞬間、自由自在に核兵器を利用して威嚇と挑発をする。・韓国は米国と共有する多様な抑止力に加えて、韓国独自の能力と意志で使えるカードを持つべきだ。・最も信頼できる抑止力は戦略原子力潜水艦だ。
強い側についてきた歴史
崔氏は北朝鮮が韓国より30年も早い1960年代から潜水艦を建造し運用してきたこと、韓国も潜水艦を確保するために努力したが、米国の反対で叶わなかったことを指摘したうえで、北朝鮮は現在70余隻も潜水艦を保有しており、たとえ原始的で初歩的な艦だとしても軽視してはならないと警告する。北朝鮮は21年初頭に原子力潜水艦の開発を宣言しており、10年以内に目的は達成されると見て、韓国は北朝鮮の核の脅威に対応するために、原子力潜水艦を至急、確保する必要があると同氏は強調するのだ。
このように揺らがない国防への信念を持つ保守勢力と、北朝鮮や中国にべったりの左翼勢力が半々なのが韓国だ。尹氏自身、本音はどちらか、はっきりしない。
昨年8月、米下院議長のペロシ氏が台湾訪問後に訪韓した際、尹氏はソウルにいながら電話会談だけで済ませた。米国は激怒したが、尹氏は中国を恐れてペロシ氏に会わなかった。CNNに台湾有事の際の韓国の行動を質され、尹氏は北朝鮮の挑発に対処すると答えた。つまり、台湾有事では韓国は当てにできないことが曝露されたのだ。しかし、バイデン氏との会談の結果、台湾海峡における力による現状変更は許さないと、それまで恐れていた中国を非難した。ウクライナ戦争についても、ウクライナに軍事支援する方針に変わった。
朝鮮国の歴史は、常に強い側についてきた歴史である。現在も米国と中国の力を秤(はかり)にかけて判断しているのだ。価値観や信条がないからいつでも豹変する。これは朝鮮民族の生き残り戦略で、彼らには至極理に適ったことなのだ。韓国が核を持つ日も来ると考えた方がよい。その場合、日本はどうするかを考えながらつき合うことだ。信頼はせず、しかし、日本の国益上必要なのであるから、尹氏の前向きの姿勢を受け入れ、冷静に見るのがよい。