「 チャットGPT、実は日本に親和的 」
『週刊新潮』 2023年5月4・11日合併号
日本ルネッサンス 第1047回
「チャットGPT」が急速に広まっている。「ITの神様」と呼ばれる伊藤穰一氏はチャットGPTを創ったサム・アルトマン氏を、過日、岸田文雄首相に紹介したご当人だ。伊藤氏は千葉工業大学で変革センターの所長を務めているが、学生たちにチャットGPTの使用を義務づけた。
「1週間前から始めたばかりですが、学生の能力を飛躍的にのばせると期待しています」と語る。
そもそもチャットGPTとは何か。GPTはGenerative Pre-trained Transformerの略だ。Generativeは「生成的な」とか「生殖力のある」という意味で、Pre-trainedは「事前学習済みの」の意、TransformerはAI(人工知能)の一種、アルゴリズムである。伊藤氏が4月21日、「言論テレビ」で語った。
「チャットGPTは、大規模言語モデルを有したAIです。大規模言語モデルは、ワープロでの仮名漢字変換に重ねて考えるとわかり易いでしょう。仮名文字を変換するとき、多くの漢字が出てきます。あれは日本語の文章を学習させて、この言葉の後にはこういう漢字が出てくるぞというのを統計学的に学んで、それを出してくるのです。間違いも少なくないけれど、キーを押している内に正しいのが出てくる。GPTはそれに似ています」
人間とのやりとりの中で、AIはある文章の後に何が続くのかを統計学的に出してくる機械、道具立てだというのだ。会話するというより、アルゴリズムに従って続きの文章を選び出し続けるイメージだという。
GPTの理解を進めてくれそうなもうひとつのイメージ、世界中の書物が全て揃っている大きな図書館を例にして氏は続けた。
「櫻井さんが司書に、あるテーマについて学びたいのですがと問います。司書は何冊かの書物を示してくれますね。でも彼は答えを知っているのではなく、誰かがこれまでに発表した著作の中から答えに辿りつく道筋を示す書物を探してくれるわけです。GPTのすることも同じなのです」
司書自身は答えを知らない。同じくAIも答えは知らない。
中露は猛然と活用する
「もっと言えば、AIはたとえば重力についても、数学についても知りません。ただ、『2+2=4』というのはどこかで見たことがあるね、そういえば『1+1=2』というのがあった。これを使えば2+2=4につながるんじゃないかという過程を辿る。だからかなり曖昧な部分はあり、堂々と間違える。想像でしかやっていないから」と伊藤氏。
「大規模言語モデルは、カチッと作られた構造的なルールではないのです。人間でも、人の話を聞いてそれを口写しに言う人がいます。自分が理解していないのに誰か偉い人が言ったからそれを繰り返す。GPTはそんなキャラです」と、氏は笑う。
大変な物識りのチャットGPTというAIにいま、プログラマーでも専門家でもない普通の人が無料で接触し利用できるようになった。プログラムを書けなくてもGPTを使える。全員がプログラマーになれる。そんな夢の時代の到来に米テスラCEOのイーロン・マスク氏が難色を示した。
「チャットGPTの頭脳の部分を一般公開すると、犯罪者が悪用して危険だと、彼は言っているのです。ただ何を公開してよいのか悪いのかを決める権利が特定の人やチームにあるのかという議論もなされています。それに彼自身、GPTの開発を半年間中断すべきだと言ったけれど、実は新しいGPTを創る会社をすでに設立していたのです」
世界の一部の国がGPTを活用しなくても、中国やロシアは猛然と活用する。相手方にあるツールをこちらが使えず理解しなかったら、全ての面で私たちの側はボロボロの敗者になると、伊藤氏は説く。
始まったばかりのGPTはまだ問いに対して変な答えを出してきたり、未熟な部分が多い。しかしGPTは日進月歩で成長している。
GPTの成長を促すために、人間は追加情報を入れることができる。善悪の価値基準も入れられる。GPTの頭脳に人類が蓄積してきた価値観、倫理、哲学などを注入し、さらに次の段階に進むための情報や知恵を追加することでGPTの思考系統を人間が調節できるというのだ。
最後は人間が決定するのであれば、世の中に存在する邪(よこしま)な心を持った人々とGPTの関係をどうするのか。ウクライナ侵略戦争ではAIが、殺戮性をさらに高めた怖ろしい兵器を次々に生み出している。
「善悪は同じくらいずつ、世界に存在しています。加えて人間が世の中の出来事をコントロールできているわけではありません。だから、僕たちはガバナンスとかメディアの役割を重視するのです。GPTも含めてAIは人間にジェットエンジンをつけるようなもので、凄い力をその人に与えますから、よい方向にも悪い方向にも凄まじいエネルギーが生まれる。そこで誰がAI、GPTをコントロールするかが重要になります。中国やロシアは国が、米国は民間企業がコントロールしています。ヨーロッパはためらっている。日本は米欧の中間的な立場ですが、日本こそ重要な役割を果たせると僕は考えています」
使いこなせるのは日本人
日本はIT技術の開発においては出遅れている。しかしこの技術を人類のために最善の形で使いこなせるのは日本人だと、伊藤氏は言うのだ。
「米欧社会はキリスト教、ユダヤ教の価値観で人間が上にいて、その下に動物と物と自然がある。AIやロボットなどを人間を圧迫する存在ととらえて感情的、宗教的に違和感を抱きがちです。日本は神道の国で人間は自然の一部としてとらえられている。ロボットも機械も、魂を持っていても不思議ではないという考えがあるんじゃないか。僕は哲学的、宗教的に日本人の方がAIの活用に向いていると思うのです。AIと社会が上手い具合に融合して、人間らしいガバナンスを保つことも、日本でなら可能じゃないかと思う」
伊藤氏は千葉工大で、MITダライ・ラマ倫理センターのCEOを務めるチベット仏教の僧、テンジン・プリヤダルシ氏と共同授業を行っている。そこでは哲学を学生に学ばせており、ソクラテス・メソッド、つまり学生たちに質問をし、考え学ばせる手法を用いる。
「GPTはこのソクラテス・メソッド、哲学的に考えるということが意外にうまいのです。僕自身、GPTに沢山質問をして貰い、回答し、考えを深めるという学びをしています」
理系の大学でチベット仏教の高僧と哲学について考え、教え、手応えを感じていると伊藤氏は言う。
「善悪ほぼ半々の人間社会を僕たちは善い方向に導きたい。そのために、日本の僕たちが日本本来の、皆で一緒に和をもってやっていこうという哲学、美学をAIにもたせることができれば、AIもGPTも怖くはないと思います」
それを実現するためのプログラムは今年6月頃にも発表されるという。楽しみに待ちたいと思う。