「 脱原発の独、未来は問題だらけだ 」
『週刊新潮』 2023年4月27日号
日本ルネッサンス 第1046回
欧州の盟主を自任するドイツが4月15日、稼働中の最後の原子力発電3基を停止した。同国は2003年以降、16基を停止させ、今回、完全に脱原発を果たしたことになる。
欧州では1970年代に反核運動と反原発の動きが結びつき、デモは左翼イデオロギー闘争の色彩を帯びた。その中で緑の党が生まれ、彼らは現在、社会民主党ショルツ連立政権の一翼を担う。
79年の米スリーマイル島原発事故、86年の旧ソ連チェルノブイリ原発事故を受けて、ドイツ政府は2000年、脱原発を決定した。メルケル政権が稼働延長に傾いた時期もあったが、11年の福島の原発事故で事態は一変した。彼女は直ちに古い原発の停止と、全原発の22年12月までの停止を決定した。ショルツ政権はそれを引き継いだが、ウクライナ侵略戦争でエネルギーの不足と価格高騰が起きて、脱原発の時期を今年4月まで延期していたのだ。
以前は反原発を多数が支持していたドイツ国民だが、今回の措置を是としたのは26%にとどまった。世論調査会社ユーガブは稼働継続を求める人々は65%、そのうち無期限稼働を求める人は33%だと発表した。
国民の3分の2が稼働継続を望んだが、ショルツ首相は、「再生可能エネルギーによる電力で、45年までに温室効果ガス排出をゼロにして気候中立と産業改革を実現する」として、脱原発を断行した。
ドイツのエネルギー政策はこれから苦難の道を辿ると見て間違いないだろう。再生エネルギーに膨大な予算をつぎ込みつつある日本は、恐らく失敗に終わるであろうドイツの事例から学ばなければならない。
ドイツは最後の3基の原子力発電で全電力の6%を生み出していた。今後その分は再生エネルギーで補うと言うが、当座は現在ドイツ全電力の30%を占める化石燃料の石炭火力発電に頼ることになる。石炭火力発電はウクライナ戦争勃発でロシアからのガス輸入が途絶えた結果、去年1年間で8%ふえた。そこに原子力発電停止で生じた前述の6%分も補わなければならない。だがドイツでは化石燃料による発電を38年までに全廃する。それに先立ち、30年までに全電力の80%を再生エネルギーで賄うという。
中国が握る鉱物資源
ショルツ氏が指摘している。
「わが国はこれから数年間にわたって、毎日4~5基の風力発電機を建てなければならない」
高さ100メートル以上にもなろうかという風車を日々、4~5基も建てるというのだ。ドイツは22年の1年間で551基の巨大風車を建てたが、今後数年間、毎年1460から1825基を建てることになる。そんなことができるのか。
多くは洋上風力になるが、コストは想像もつかない。国際エネルギー機関(IEA)の20年の試算では既存の原発を長期運転した場合、廃棄コストを入れたとしても1kW/hで3~3.5セントである。ガス火力の4.2~10.7セント、石炭火力の7.5~11セントよりずっと安い。風力発電の場合、原発とのコストの差はガスや石炭よりも大きい。そもそも風力発電のコスト自体が高い。加えて、ドイツの洋上風力の導入コストは欧州平均より35%も高い。
化学大手のBASFが昨年10月、恒久的に欧州での事業を縮小すると発表したように、ドイツの産業力は今後、弱体化していくだろう。
ブリュッセルのシンクタンク、「ブリューゲル」のエネルギー専門家、ゲオルグ・ザックマン氏はユーロニュースに、ドイツの目指す気候変動対策は原発稼働なしには達成できない、原発活用などの科学技術の選択肢を捨て去る度に、事態は一層厳しくなっていく、と語っているが、そのとおりの展開になりつつある。
ショルツ氏を筆頭にドイツ現政権は、原発稼働を続けることがロシアへのウラン依存を続けることと同義であり、ロシアのプーチン大統領との貿易を続ければドイツのイメージは失墜すると恐れていると見られる。原発を維持すればロシアに頼らざるを得ないと恐れるドイツはしかし、風力発電に傾けば今度は中国に依存することになる。
キヤノングローバル戦略研究所主幹の杉山大志氏は、再生可能エネルギーは莫大な鉱物資源を必要とし、そうした鉱物資源の多くを中国がおさえている点に注意を喚起してきた。
「石油、天然ガス、石炭などで生み出すのと同じ電力を、風力、太陽光で生み出そうとすると、銅などの鉱物は約300%、リチウムは4200%、グラファイト2500%、ニッケル1900%、レアアースは700%、今より多く使わなければなりません。また石炭などの化石燃料発電を太陽光や風力発電に置き換えると、1000%以上の鉄鋼、コンクリート、ガラスが必要です。太陽光パネルや風力発電装置製造に欠かせない前述の鉱物資源の多くは中国が握っています」
杉山氏は、脱炭素関連の鉱物資源市場における中国シェアの大きさは、石油市場におけるOPEC(石油輸出国機構)のそれに倍する規模だと警告する。
日独の違いを認識すべき
ドイツは窮地に立っている。中国の習近平国家主席が3月21日にロシアを訪問して、プーチン氏との“悪の連帯”のイメージを印象づけた直後、ショルツ氏は西側リーダーの中で北京に一番乗りした。イメージ悪化を恐れて中国での滞在時間は11時間と短かったが、氏の行動自体がドイツの弱さを象徴する。ウクライナ戦争は侵略だと言葉で強く非難しながら「侵略者プーチン」を支える習氏に、経済的連携強化を乞わざるを得なかった。
わが国はドイツの苦悩から学べるはずだ。まず日独の違いを認識すべきだ。わが国には優れた原子力産業がある。青森県六ヶ所村の核燃料再処理施設を完成させてウランとプルトニウムを取り出せば、原子力発電を動かすウランもプルトニウムも自前で賄える。ロシアにも中国にも頼らなくて済む。この優れた技術をきちんと守っていくことが大事だ。
ドイツの原発政策を半ば以上支配してきたと言ってよいイデオロギー的な反対を原子力発電にぶつけるのは無意味である。中国とロシアは着々と原発利用を拡大しており、中国は現在の51基から最終的に200基の原発を建設する。ロシアも中東への原発輸出に乗り出した。
英国は35年振りに原発建設に乗り出し、30年までに最大8基を新設する。原発大国フランスは6基の新設だ。オランダもスウェーデンも新規建設に向けて動き出した。スウェーデンは一旦原発を廃止し、再生エネルギーに切り替えたが、国民生活が成り立たないとして原発に回帰した。原発をはじめ、エネルギー政策の根本は国民生活と産業の安定であり、国益擁護である。わが国の原子力技術を守り育てることに力を尽くすときだ。