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2022.03.03 (木)

「 日本再生、大学の講座制を廃止せよ 」

『週刊新潮』 2022年3月3日号
日本ルネッサンス 第989回

ノーベル化学賞候補者に名前が挙がる中部大学教授の山本尚氏が「日本人よ、感動できる人間になれ」と叱咤している。「感動を知っている子供は、必ずその後の人生で大きく成長できる。大人になってから、発明や発見をできる人になる。大きな仕事にも成功する」と、近著『日本の問題は文系にある』(産経新聞出版)の中で言い切っている。

家族、友人、国や社会、森羅万象に対して感動する心で接すれば、深いつながりが生まれるというのだ。感動を知らないようでは、およそ全てが想像を超える速度で変わっていくいま、対応できず、生き抜くことも難しい、だからこそ、日本人本来の豊かな感性に急ぎ立ち戻れと、山本氏は言っているのである。

氏は前著、『日本人は論理的でなくていい』で、日本人の強味はその情緒にあると主張した。日本人は日本人であることにもっと自信をもってよいと言うのだ。やわらかで豊かな感性こそ、学問、研究におけるすばらしい発想の母胎であり、そこから「日本再生」が始まると強調する。研究者としての実体験に基づいて氏は断言する。感性の豊かさなしに創造は無理だと。一例として、氏は、ノーベル賞受賞者の中で論理的な思考をする人とは遭遇したことがない、全員が情緒の人だと書いた。

氏のこのような感覚は歴史を遠く遡る。日本人の情緒と繊細な感性の育みは縄文時代に始まると、氏はとらえている。約1万年もの長い間、縄文人は穏やかな社会を維持し高度の文化を楽しんで生きた。私は実は、彼らの精神世界は日本の国柄の基(もと)いでもある神道につながっていると感じている。

たとえば死者に対する追慕の念の在り方である。縄文遺跡の集落の中で、死者の墓は生きている人々の暮らしの場の、すぐ身近なところに大切に維持されていた。1000人から1500人規模の村を何千年にもわたって守り維持した縄文人は死者と生者が一体となった精神世界に生きた人々だったと思う。縄文人の想いは、肉体は滅びても死者の霊魂はなお生者の身近にいて見守ってくれているという神道の死生観につながっているのではないか。

明治維新の精神

縄文の人々は、日本列島の豊かな自然の中で現代人も驚く程の扶(たす)け合い社会を創った。死者と共に生きるという死生観に加えて、自然を敬い、村落の仲間を大事にした。食文化においても手芸文化においても現代人顔負けの豊かな暮らしをしていた。

縄文人の村落を支える価値観は一人一人を大事にするという心優しい規範だった。このような人間性に溢れた共同体が日本列島で継続していたからこそ、聖徳太子の十七条の憲法も生まれたのではないか。

右の価値観は鎌倉時代に入り、「争うこと自体を否定する考え」としての「道理」という簡潔な原理原則として提示された。それこそ集団の一員として共に繁栄することを最優先する価値観だと、山本氏は説くのである。「道理」はその後、日本社会の基調となり、集団主義の力によって日本は幕末の危機を乗り越え、明治維新を断行できたと、氏は見る。

幕末から明治維新へと歴史が大展開する中で、一群の日本人が各々の役割を果たしながら駆け抜けた。余りにも惜しい若い命を散らした人物も、生き抜いて維新の偉業を成し遂げた人物も、すべての日本人が、21世紀の現在の国際社会の激変に匹敵する国難の中で、日本国のために死力を尽くした。

その中に、たとえば、越前国福井藩の橋本左内がいた。藩の奥医師橋本彦也(げんや)の一子である。左内は7歳で漢籍を学び始め、10歳で『三国志』全65巻を読破し、理解したといわれる。教養を積んだ大人でさえ、65巻の読破は難しい。

左内はまた清朝の思想家、魏源の書いた『聖武記』を読んで、アヘン戦争の実態を知った。英国がどれほど理不尽な戦いを仕掛け、搾取と暴虐の限りを行って清朝を追い込んだか。左内は、列強の脅威と無慈悲を知って、わが国は力をつけるためにも開国しなければならないと考える。その上でロシアと関係を結ぶべしという、地政学的戦略論も提言する。

左内の残した多くの書簡から彼の学びの深さに圧倒される。広く世界を見渡す炯眼(けいがん)に驚愕する。

左内は26歳の若さで、井伊直弼の安政の大獄で死罪に処された。26歳の青年の無念はどれほどだったか、思うだに胸が痛む。日本国にとってどれほどの損失であったか、惜しむばかりである。西郷隆盛は六つ年下の左内との交流なしには、自身の世界観は築けなかったと語っている。

限りなく学び、どんな困難にも臆さなかった左内。そんな人々がいて、明治維新へと大きく歴史は転回し、日本は列強の脅威を辛うじて躱(かわ)すことができた。こうした歴史に基づいて山本氏は、日本人は明治維新のときの精神に戻るのがよいと言うのである。同感である。

地を這うような停滞

そして令和のいま、日本はどうなっているか。過去少なくとも30年間、わが国は衰退を続けて今日に至る。日本も日本人も、本来の日本人らしくなくなってきた。学問、研究では力を落とし続けてきた。簡単に言えば日本最高学府の東京大学はいまや世界トップ10はおろか、上から35位に甘んじている。現実的なことを言えば、日本は段々貧しくなってきた。他のおよそ全ての国が右肩上がりの経済成長を遂げた30年の間に、日本のみ、地を這うような停滞を続けている。一人当たり国民所得では韓国にさえも抜かれそうだ。

その理由を山本氏は日本社会が日本らしさを薄れさせてきたからだと喝破する。大学教育、研究の在り方、研究者を受け入れる企業の在り方のすべてで、長い歴史を持つ集団主義社会の長所を活かすことを忘れてきたというのだ。個人として独創的研究で成果をあげてきた山本氏の言う集団主義の大切さとは、個人の才能を大事にし、全体のために活かすという意味であろう。

左内にたとえれば、藩主松平慶永は、わずか16歳の左内を大坂に送り、緒方洪庵の下で学ばせた。その後政治の局面でも取り立てた。左内はそのために死罪に処せられるが、有能な個人は埋没させない、天下国家のために活躍の場を与え、集団としての力を発揮するという考えだ。

山本氏は教育者、研究者として、日本はこのままでは衰退すると予言する。そうならないために、だから若い研究者を解き放て、現在の大学の講座制をやめよと主張する。専任教授、准教授、助教の序列に縛りつけ、創造性を潰すのをやめよという。博士課程及び大学院で学ぶ若き世代の全てに、欧米や中国のように給料を払って自由な研究をさせることで日本全体の力を強化せよという。全面的に賛成である。

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