「 世界の厄介者、北朝鮮を育てた中国 」
『週刊新潮』 2022年2月10日号
日本ルネッサンス 第986回
北朝鮮が前例のない頻度でミサイルを発射し続けている。狙いのひとつは米国を交渉の席に引きずり込み、なんとしてでも国連の対北制裁措置を解除させることだろう。
2017年9月、北朝鮮はそれまでにない大規模な核実験を行った。広島の核爆弾の約10倍、160キロトンの水爆弾頭の実験だった。同年11月には大陸間弾道ミサイル(ICBM)も発射した。国連が北朝鮮に厳しい経済制裁を科したのは当然だ。朝鮮問題の専門家、西岡力氏が語る。
「安倍首相とトランプ大統領が主導した国連制裁が、いま非常に効いています。北朝鮮の窮状は衝撃的です。今年1月に列車とバスが中朝間を往来しましたが、中朝貿易が再開したとはいえず、北朝鮮の物不足を解消するには程遠い。その結果、北朝鮮では紙幣印刷に必要な紙も印刷資材もなくなっています。そこで北朝鮮当局は国産のペラペラ紙で『中央銀行トン票』と呼ばれる臨時のお札発行に追い込まれました」
トン票については以下のような注意がなされている。
「紙質が良くないことをよく理解して丁寧に清潔に利用し、汚したり破損させたりせず、愛国心を発揮して少しでも長い期間利用せよ」
食糧危機も深刻である。21年には、1月、2月、6月と3回も立て続けに朝鮮労働党中央委員会総会を開き、食糧危機克服の緊急対策を論じた。にも拘わらず、昨年は軍や党幹部への食糧配給も断続的に止まった。
断崖絶壁に立つ金正恩氏の連続ミサイル発射の意味はまず、この苦境を打開するために米国と交渉したいということだろう。同時に一連のミサイル発射という強硬手段は、米軍に対する恐怖心の現われでもあろう。
前述の17年9月3日の水爆実験から3週間後、トランプ大統領(当時)はグアムから戦略爆撃機B‐1Bを北朝鮮に向かわせた。F‐15C戦闘機など十数機に守られ、巨大な図体の爆撃機は正恩氏がそのとき滞在していた北朝鮮の東海岸にある元山沖で模擬空襲演習を行った。米軍は正恩氏殺害も可能だった。トランプ氏は元山沖での演習に「金がかかる」などと不満を述べたが、マティス国防長官は「大統領に核兵器使用を勧めなければならない状況に備えて」「苦悩した」と語っている。状況は非常に緊迫していたのだ。
米国の怒りが本物だと感じた正恩氏は、その後、核及びミサイルの実験をピタリとやめた。
そしていま米国は西太平洋に空母5隻を展開中だ。それを正恩氏が気に病んでいないはずはない。追い詰められた正恩氏が逆に強気に出る可能性を指摘するのは元防衛大臣、小野寺五典氏だ。
「バイデン政権の対北政策には、トランプ前大統領のときとは違って宥和的な姿勢はありません。正恩氏は自分の力を見せつけるためにグアムに届く中距離ミサイルを撃ってみせたのだと思います。北京五輪の後にはICBMの発射実験もあるかもしれません。その場合、米国はウクライナを狙うロシア、北朝鮮、中国を相手に三正面の戦いに直面することになります」
ウクライナが屈服するとき
昨年8月末、バイデン氏はアフガニスタンからの米軍撤退を実現した。中東と中国の二正面作戦は出来ないために、中東から撤退して中国に集中するためだった。しかしわずか5か月で情勢は大きく変わり、二正面を超えて三正面の戦いの危険性が高まっている。
ロシアのプーチン大統領のウクライナ戦略がどうなるかはわからない。08年の北京五輪のときも、14年のソチ冬季五輪のときも、プーチン氏は他国を侵略した。今度もウクライナ軍事侵略に踏み切る可能性はあるだろう。そのとき米国は、いま論じているような対ロシア経済制裁だけで乗り切れるか。NATO諸国からもっと強い行動を求められるのではないか。米国が動かなければウクライナはロシアに組み敷かれる。米国が何もせずウクライナが屈服するとき、中国は好機到来と考え、台湾にあらゆる面から圧力を強めるだろう。日本存亡の危機でもある。
中国がどれ程性悪な国か、知っておきたい。09年の出版で、トーマス・リード、ダニー・スティルマン両氏による『核の急行便』から引用する。
ちなみにリード氏は米国空軍の長官を務め、レーガン政権下で国家安全保障会議のスタッフだった。氏は、戦わずしてソ連を崩壊に導いたレーガン政権の対ソ政策立案に貢献した。スティルマン氏は原爆の研究で知られるロスアラモス研究所に28年間勤めた核の専門家だ。
同書は結論の部分で中国、とりわけ鄧小平の役割を特記している。鄧によって核兵器は第三世界に拡散されたというのだ。鄧はまず、パキスタンに核技術を与え、アルジェリアの砂漠地帯に秘密の原子炉を築きプルトニウム生産を試みた。サウジアラビアには核兵器のみ搭載可能なミサイルを売った。北朝鮮の核開発を黙認し、石油欲しさにイランの核開発計画にも目をつぶった。核だけでなく大量虐殺が可能な生物化学兵器の拡散に、鄧は最も熱心だった。
中国の犯行
06年、北朝鮮の核実験を受けて、国連では北朝鮮の港に出入りする船を臨検すべしという声が起きた。それに中国は断固反対した。そのうえ、国際規約で禁じられている物資や製品を核拡散諸国が北朝鮮で調達する際、中国はそれら諸国の航空機が中国上空を飛行する便宜を図った。
米国がイラク戦争に突入する直前、中国はイラクにミサイルの部品を送った。またミサイル誘導装置に必要なソフトを「子供用のコンピュータソフト」と偽ってイラクに供与した。パキスタンの死の商人、カーン博士には核兵器に関する情報をひとまとめにして教え、カーン氏はそれをリビアやイランなどに売った。その他多くの事例は割愛する。
リード氏らは、中国の犯行だという痕跡さえ残らなければ中国はニューヨークやワシントンへの核攻撃にも反対しない可能性があると結論づけている。
三正面の戦いで米国の苦戦は当然だ。日本がなすべきことは少しでも早く日本の力を強くすることだ。日米間には菅・バイデン両首脳の共同宣言、日米の「2+2」などでの合意がある。いずれも台湾の安全と日本の安全は事実上重なるとして、日米で中国に抑止力を効かせるという確約だ。万が一、抑止が無理なら「対処する」とも合意した。対処するとは、行動を共にする、軍事的に扶(たす)け合うということだ。ミサイルが飛び交う戦いが予想されるとき、ミサイル防衛での対処は無理で、打撃力の強化が必要だ。核で恫喝する中露北朝鮮に対して、わが国の非核3原則を2原則へと一日も早く見直すことだ。戦争抑止の最大の力が核戦力であることを認識したい。